第74話 記念日と変化

「お姉ちゃん、おめでとう~~~~!!」

「きゃっ、何?! こら、友梨奈。勝手に部屋に入ってこないで!!」

「まあまあプンプンしないで。だって今日はお姉ちゃんと彼ピッピ辻尾くんとのラブラブ一ヶ月記念日じゃん~~!」


 そういって友梨奈はスマホのアプリ画面を私に見せた。画面には可愛いハートと花柄の絵と共に『交際一ヶ月記念日』という文字が踊っていた。私はそのアプリをまじまじとみる。


「なにこれ。こんなアプリがあるの?」

「え、ちょっとまって。マジで? お姉ちゃんカップルアプリ入れてないの? それでよく記念日分かるね」

「記念日……?」


 私が不思議そうに言うと、友梨奈は目を大きく見開いて口をポカンと開き、


「ちょっとまって! 記念日してないの?! こんなの今や常識じゃん!!」

「え……すごいわね、ちょっとまって。これひょっとして……交際初日に入れるべきものなの……?」


 私は友梨奈のスマホに入っているアプリを正座して見てしまう。

 その名も『カップル記念日』というアプリで、開くと『カップルの選択』というものがあり、『たっくんと友梨奈』『辻尾くんとお姉ちゃん』という項目があった。

 私は眉間に皺を入れる。


「友梨奈が自分の記録を付けるのは分かるけど、どうして私と陽都くんの記録もつけてるの?」

「すぐ別れるから、私が付けてる中でも最短記録になるかなーって」


 その言葉に友梨奈の顔を見てしまう。どうしてすぐに別れるかなと思った私と陽都くんの日付を友梨奈が記録しているのだろう。

 友梨奈は自分のアルバムを開いて、


「ほらみて! 私は今日が80日なの! このアプリすごく便利だよ。いつも一緒に写真撮ってるとポーズって悩むじゃん? でもこのアプリはポーズ指定してくれるから、その通りに撮るだけ!」

「……ねえちょっとまって友梨奈。よく分からないわ。私と陽都くんの記録は消してくれない?」

「そう? ただお姉ちゃんみたいに真面目で堅物の恋が、どれだけ続くのか興味あっただけだよ。私だって80日続いたのはじめてだもん~この画面はじめてみた!」


 そう言って友梨奈はアプリの画面を見せた。

 そこには『過去の記録』とあり、『ユウジと友梨奈 41日の記録』『ダイチと友梨奈 23日』……と、どうやら過去に付き合ったことがある人の記録も全て残っていた。そして『トムとゆっちゃん』『オータとモア』など友達の記録も見えた。

 友達の記録も自分でするものなの? ワケがわからなくて困惑してしまうけれど、他の人の記録も入力してるんだから、姉である私の記録を入れる事も、友梨奈にとっては変なことではないようだ。

 友梨奈は過去の記録をスクロールしながら、


「でももうたっくんもダメかもなー。残念最長記録だったのに」


 たっくんは、匠さんという名前でお母さんが一緒に仕事をしている市議会の息子さんだから、婚約状態だと思っていたけれど。

 そんな人と別れるという選択肢があることに驚いてしまう。私だったらお母さんの仕事関係の人と付き合ったら、怖くて別れられない。

 私は慌てて、


「匠さんと何かあったの?」

「私さあ、たっくんの顔がすっごく好きで」

「……うん?」

「顔ってさ、ずっと変わらないじゃん。でも人って変わるじゃん。昨日好きだった人が町の中でゴミ捨てたら嫌いになるじゃん。そうやって知れば知るほどその人を嫌いになる。でも顔はずっと変わらないじゃん。私たっくんの顔、近年まれにみるくらい好きなんだよね」

「そう、なの……?」

 

 匠さんは何度か会ったことあるけれど、たしかに端正な顔立ちをしていた気がする……覚えようと思って見てないから思い出せないけれど。

 私のスマホがぶるると震えて『今日昼、バイトになっちゃった。夕飯には行くね、ごめん紗良さん!!』と陽都くんからLINEが入った。

 私はその画面を見て撫でる。そっか。今日はみんなで朝から作業だったけど、陽都くん夕方かあ……淋しいな。

 それを横で見ていた友梨奈が口を挟む。


「お姉ちゃん、ぜんっっぜん恋なんて興味無くてストイックでかっこ良かった。それなのに最近のお姉ちゃん、お姉ちゃんがお姉ちゃんじゃないみたいで、何か怖いよ、そんなのフツーじゃん。背中にファスナーが付いてて昭和のオッサンが入ってたり……?」


 そういって友梨奈は私の背中に人差し指でツツーッ……と触れた。

 くすぐったくて、言っている言葉に違和感があって、私は友梨奈の手を握る。


「何かあったの?」

「別に。てかさ私たちって自分で好きに生きてきたのに、ハッピーで幸せなメンタルを人任せにするのって、怖くない?」


 その言葉に動きを止める。私は今まで全く自分で好きに生きてきたと思えない。

 それに今、陽都くんにメンタルを任せているつもりはなくて、陽都くんがいるからやっとメンタルが安定してきたんだけど。

 説明しようと口を開くと、友梨奈はスクリと立ち上がり、


「さてもう友梨奈も行こうっと! まったね~~~!」


 そう言って勝手に出て行った。

 私はあまりの勝手ぶりに部屋で座り込んで動けない。分かったのは友梨奈が匠さんと上手くいってないこと。そして匠さんの顔が好きってこと。

 あと……友梨奈が怖いと思うほど、私がこの一ヶ月で変わったことだ。

 でもそれはきっと、全部陽都くんが横にいるからだ。陽都くんが私の全部を信じてくれるから、私は私を信じ始めた。

 それが『ハッピーで幸せなメンタルを人任せ』になるのかしら……分からない。





「おはよう、紗良っち!」

「おはよう。穂華。ねえ、友梨奈と最近会ってる?」


 今日は朝からみんなで中園くんのマンションに集まって、作業する日だ。

 丁度良かったと思い、仲がよい穂華に聞いてみることにした。

 穂華は日差しよけの大きな帽子を取りながら、


「会ってるよ~。彼ピと別れる二秒前っしょ」

「え……あ……本当にそうなのね」

「そうそう。なんかギャーギャー言ってきた? 友梨奈彼ピとヤバくなるとメンタル崩壊して地獄みたいなこと言い出すから、近付いちゃダメだよ」

「そうなの……? 知らなかったわ」


 私の中で友梨奈は完璧で欠点なんてない天才だから。穂華はパソコンの電源を入れながら、


「今まで紗良っち恋愛に興味なさそうだったから言わなかったのかも。友梨奈って、元々のキャラが強烈なのに、あの状態になるとマジ攻撃的だから草生える。私は毎回みて笑ってるけど!」

「……そう、なの」

 

 たしかに私は恋愛をはじめたのがついこの間で、陽都くんが本当にすべてはじめての人だ。

 そんな私に恋愛の話など友梨奈がするはずがない。知っていると思っていた友梨奈のこと……私、全然分かってないのかも知れない。

 友梨奈に「怖いくらい変わった」と言われて驚いたけれど、私だって友梨奈の何を知っているというのだろう。

 穂華はパソコンにログインして私の方をみた。


「さて、行きますかーー!」

「やりましょうか」


 私もパソコンにログインにして顔を上げた。

 友梨奈ことは気になるけれど最近私、配信してゲームするのがすごく楽しいの。それに今日は最終仕上げ……竜の息を取りに行く日だ。

 配信を開始していつも来てくれる人たちに挨拶して作業を開始する。

 穂華は「よっしゃあ」と気合いを入れて、


「もう竜蜘蛛に食べられるのイヤだから、オッサン頼むよ、寄り道しないでギュンギュンいくよ!!」

「任せて!」

「任せられるのかなあああ~~ねえみんなどう思う??」


 穂華が配信画面で問うと、すぐに何個かコメントが入る。


『オッサンを信用したら負け』

『穂華ちゃんだけが光』

『途中で竜菌を集めていたオッサンの罪はデカい』


「……まあそう言わないで」


 そのコメントに思わず咳払いする。すると画面内のおじさんも咳払いする。

 横で先を急ぐ穂華が私を見て叫ぶ。


「だよねええ?!?! オッサン、マジでもうアルバム諦めて!」

「だって、超レアなんだよ、この竜の歯の菌は! 無視できないよ!」

「そんなことしてるから四回目になったんだよ!!」


 穂華にリアルで怒られて唇を尖らせてしまう。

 先日はじめて竜の体内に入った瞬間に竜の体内用のアルバムをゲットした。これが最長の80ページもあるの。

 今まで洞窟の50ページが最長だったのに!! もう口の中の菌からすごい。竜の体内でゲットしたものは竜上生活が便利になるためのチートアイテムが多く、竜の歯で集められる菌はとくにすごい。菌ゆえに発酵に使えるのだ。この世界はパンでさえ一週間でダメになってしまうけど、菌を使ったパンにすると長く持てるのだ。

 今まで持っていた木に菌を付けるとキノコが出てくるとコメントで読んで叫んだ。キノコ!! すごく育てたい!!

 せっせと歯を集めていたら一回目と二回目はすぐ死んだ。

 穂華が来て三回目は喉まで来たけど、これがやたら長いし、特殊菌を見つけて集めてたら死んだ。

 一緒に動いている人との共有荷物で動いているので、単独行動は死に直結する。だから穂華にコッテリ怒られて四度目のチャレンジ中。

 進んでいくとコメントが入った。

 

『あ。それ右側に行くと竜の石あるよ。竜の石あると小麦の病気が一瞬で治るからオススメ』


 私はそれを見て叫ぶ。


「赤さび病にも効きます?!」

「おっさんに小麦のネタ振らないで!! オッサン小麦になるともう夢中になって前に進まないから」

「え? 右に行ってすぐです?」


『今の竜血の状態だとかなりギリ。赤さびにも赤かびにも効く』

『いらんよ、竜の石なんて。あれはアルバムマニアが欲しがるもの』

『俺が見るかぎり、このオッサンは近年まれに見るアルバムマニアである』


「おっさあああああんんん、もういくよおおおおおお!!!」

「ああああああ…………」


『穂華ちゃんがガチ切れである』

『横に穂華ちゃんが居て、オッサンを掴んで揺らしてるのが絵で分かるwww』

『四回目だもんなー』

『画面の9割がガチ切れの穂華ちゃんでウケるw』

『オッサンクソ揺れてるのに虚無で真顔すぎるwww』

『あとで誰かと来なよ』

『電車開通したら私が一緒に行ってあげる。竜の口笛持ってるから口元までジャンプできるし』


「えっ?! 本当です?!?! ID覚えましたよ?!?!」


『急に元気になった』

『どうして配信に来るIDとゲームのIDが同じだと思えるのだろう』

『いや、同じだけど。私も竜のアルバムコンプしてないから』

『竜の口笛持ってるってことは、かなりやりこみ民。コンプが趣味なフレンドにふさわしい』


 そんな会話をしている間に、竜の肺に到達した。


『もうちょっと。もうちょっとだから。そこで弁が開くの待つ!!』

『今閉じてるから、ちょい待ち。ランダムだよ』

『もうちょっと、もうちょっと!!』


 竜の肺の奥に、竜の息があるとは聞いてるけど、時間帯にランダムで開く仕様だとコメント欄で知った。

 だから時間をぴったりあわせていた。竜の血を身体に塗ってるけど、どんどん剥がれてきている。

 これが完全に剥がれると身体の周りをウロウロしている竜蜘蛛や竜蛇が一気に襲いかかってくる。

 あの瞬間は毎回驚くし、飛びかかってきて視界が奪われるのが恐ろしすぎる。

 じりじりと待っていると弁が開きはじめた。穂華か叫ぶ。


「!! オッサン、開いた、行くよ!!!」


 弁が開いてそこから竜の肺に入ると、中は木の枝のような血管が張り巡らされていて、そこの実のように竜の息があった。

 穂華が叫ぶ。


「あったあああああ!!」

「ほわああああああ、あったあったあったあった、これが竜の息だ、穂華やったーーーー!」

「オッサンんんんん!!! やったあああ!!!!」


『電車来るぞ』

『おめでとう!!!!!』

『四度目のチャレンジで成功かー。やっぱかなり大変なんだな』

『すげー!!! やるじゃん!』

『電車通したがる人少ないから』

『やりきったじゃん。すげーな!!』


 コメントに感謝していると、竜の息を持った瞬間にそのまま外に飛び出していく。

 逆にここまできて、更に奥に行きたい時に竜の息に触れた瞬間に外に投げ出されるということだ。竜上生活難しすぎる!!

 ミッションコンプリート! 私と穂華は配信を切って手を叩いて喜んだ。

 あとはこれを廃校まで運ぶだけで、あの場所に電車が開通して、たくさんの人が遊びに来てくれる。



 

「すごいじゃん、配信見てたよ、おつかれさま」


 配信を終えてリビングでご飯を食べていたら、平手くんが部屋に入ってきた。

 穂華はお昼ご飯のサンドイッチを食べて、


「もうマジで大変でしたよー。紗良っちがアルバムマジで好きすぎで!!」

 平手くんもソファーに座ってお昼ご飯を広げながら、

「あれキャラでやってるの?」

 私はおにぎりを口に入れて無言で手をふりふりした。

「違うの。ごめんね。アルバムって埋めてると楽しくて……昔本を読んで見た言葉をすべて辞書で探して、その言葉に蛍光ペンを引く授業があって、そのために本を200冊読んだのを思い出したわ」

 それを聞いた穂華が完全にドン引きする。

「考えられない……勝手に引いてもバレないから、好きに引けばいいじゃん……」

「やっぱり真面目ゆえの素か……辻尾くんが言った通りだ……」


 私はおにぎりを食べながら口を開く。

 朝の友梨奈の言葉を思い出したからだ。


「陽都くんは面白いからそのままでいいよって言ってくれたけど……変……かな、私」


 穂華は私の方をみて目を丸くして、

「ぜんぜん。紗良っち、辻尾っちと付き合いはじめてから面白くなった。ベリーナイス」

 平手くんも首をふり、

「今のほうが全然良い。四月の吉野さんには話しかけられなかった」


 ふたりは口々に「今のほうが良い」と言ってくれて安堵する。

 変わったのは間違いない。だってはじめて心開ける、大好きな人が出来たんだもん。

 でも心の奥に友梨奈のいった「ハッピーで幸せなメンタルを人任せにするのって、怖くない?」という言葉が残る。

 何も分からない。何も分からないけれど、今この瞬間も陽都くんが早くこないかなって会いたいなって思ってる。

 竜の息を取ったよって言いたい。そんな自分が好き。

 あっ、カップルアプリ入れてみようかしら。でも写真が……収支表を付けるためのレシートしか撮ってないわ。

 陽都くんに聞いてみよう。

 


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