第70話 絵の少年と、ひとつの光

 俺と平手は、さっそくパン屋について調べることにした。 

 まず村の一番近くにある藤木町役場に電話をかける。

 最初何も考えずに電話して、電話に出てくれた人は困惑、適当に「わかりません」で断られてしまった。

 いや、これは俺たちが悪い。何を聞きたいのか、ちゃんと整頓してから聞かないとダメだった。

 その後よく調べたら、藤木町は海がきれいで、自転車を貸し出して街を一周、ついでに商店街でお買い物しませんか? スタンプラリーもあります……と観光に前向きな街だった。これはちゃんと立場を言って、何をしたいか伝えたほうが、助けてもらえるかも知れない。

 Googleマップを見ていると、藤木町商店街観光事業所があった。

 ここでちゃんと聞いてみよう。

 俺と平手はふたりで聞きたいことをメモして書き出して、二度目のチャレンジを開始した。

 平手は電話が苦手だというので、真ん中に電話を置いてスピーカーにして、バイトで電話に慣れてる俺がまず話すことにした。


「もしもし。お忙しい所すいません。俺は辻尾陽都と申します。東京の高校に通っている学生で、さくらWEBというネットのテレビ局で番組を作っているものです」

『あらあら。こんにちは。取材? 嬉しいわ』


 電話に出たのは年配の女性の方だった。それにたぶん『テレビ局』という言葉が効いていて、話を聞いてくれそうだ。

 俺はそこから丁寧に説明をはじめた。

 

「さくらWEBの中で、高校生が番組をつくる企画がありまして、それで電話させていただきました」

『あらあら高校生なの。しっかりしてるわね。それでうちの街を取材したいの?』

「はい。そちらの街の近くに七年前まであった太田村の太田小学校に通っていた子がいまして」

『あらまあ懐かしい。私も太田小学校は覚えてますよ。兄の子が通ってましたし』


 その言葉に俺は平手を見た。

 平手は頷く。これは平手が話したほうがいい。


「すいません。お話、変わらせてください。俺は平手弘紀ひらてこうきといいます。辻尾くんと同じ高校二年生ですが、太田小学校出身のもので、今は東京にいます」

『無くなっちゃったもんねえ。もうこの前土砂崩れが起きてね、校舎も半分潰れちゃったの』

「あ……そうなんですか……そうか……」

『学校に関することだったら市役所のほうが分かるとおもうけど』

「いえ、違うんです」


 そう言って俺たちはゲームの中に廃校を作っていること、会いたい人がいることを話した。

 しかしゲームの中に廃校を作ると言われても年配の方には説明が難しく、困っていたら、途中から若い男の人に電話が代わった。


『どうも。電話代わりますね。水野みずのと申します。さくらWEBっていうと4BOX?』

 俺はそれを聞いて一瞬で安堵した。4BOXは若い人しか見ない番組なので、これを知っている時点でかなりの手間が省ける。

「!! そうです。そのさくらWEBです」

『へええ~~。見てるよ。ばあちゃんが助けてくれって手で必死に呼ぶから代わりました、商店街で酒屋してます』

「すいません、お手数おかけします」


 商店街で働いているというのは非常にありがたい。俺はどんな人を探しているかとか全部ぶっとばして、


「あの、そちらの街にパン屋さんはありますか。七年前に太田村に住んでいて、美味しいあんパンを食べた記憶があって、距離的にそちらの街で買ってきたのかなと思ったんですけど」

『この街にパン屋なんてシャレたもんは無いよ。なあ美佐子さん、パン屋さんなんてあった時期ある? あ、これスピーカーにするね』


 水野さんが気を利かせて電話をスピーカーにしてくれたおかげで、予想より多くの人たちが電話の周りに居るのが分かった。


『パン屋……あ、あのスーパーに焼きたてパンコーナーあるわよ』

『あれ出来たの二年くらい前じゃない?』

『あ。そうね。えー……どっかそんなのあったかな』

『うちの街で買ったって?』


 聞かれて平手が口を開く。


「太田村なので、最寄りの街はそこしかなくて。岸田町のほうも考えたんですけど、あっちは更に何もない気がして」

『岸田には絶対ないよ。家の人の手作りだったってことはないの?』

「パンが小さな紙袋にはいってたんです。パンを食べ終えた紙袋に絵を描いて遊んでいたんです」

『えー? じゃあ売ってるやつだね。太田村から行ける街なんてうちくらいだね。うーーーん、ちょっとまってて。役場に聞いてみるよ、出入り業者とかあるし』

「ありがとうございます!」


 そして観光協会の人たちに七年前の地図を送ってほしいとお願いすると、快く今の地図と一緒にメールで送ってくれた。

 メールがある時代で本当に助かる。開くとかなり細かく描き込まれた住宅地図で、商店街の店も一覧になっていたけど、そこに見えるのはフィッシングショップ、プロパンガスの店、酒屋、お寿司やさんなどで、パン屋の文字は見当たらなかった。

 俺は地図を見ながら、


「……無いな。街に無いとなると、もう手作りの線しかなくないか?」

「いやー……違うと思うんだよなーーー」


 俺と平手はパソコンを立ち上げて、Googleマップを開き、こっちの道からこっちの街へ行けないのかとか調べた。

 平手の廃校があった所は川の横にある小さな集落で、近くには棚田などもあり、道があるように見えて無いということだった。

 やっぱり藤木町で買ったとしか思えない。今度は口コミを検索しはじめた。

 藤木町+パン、太田村+パン……思いつく検索ワードを入れてどんどん調べる。

 藤木町にパン屋があればいいのになあというワードが大量に出てくるだけで、店の情報は出てこない。

 これはもう困った。手がかりがない。もう幽霊の線で話を広げたほうが収拾がつくかも知れない。

 疲れてソファーに平手と転がっていたら、そこに紙袋を持った穂華さんが来た。


「差し入れに生チョコ貰いましたー。パン屋さん無かったんですか?」

 俺は身体を起こして差し入れの生チョコを受け取って首を振った。

「無かった。観光協会があって街は思ったより大きかったけど、パン屋ずっと無いって」

 穂華さんは生チョコを口に入れて、

「フェイスブックは見ましたか? あそこは鍵かけておじさんおばさんたちがたくさん交流してますよ。うちの両親はあれしか見てないです」

「!! 確かにそっち方面のほうが情報があるかも知れない。そうだ平手、お家の人誰かアカウント持って地元の人と繋がってないか?」

「母さんがしてるかもしれない、ちょっとまって」


 俺たちはフェイスブックを全くしていないし、アカウントも持ってない。

 ただ知識的に50代くらいの人たちが繋がっているという印象がある。たしか父さんもアカウントを持ってて高校の同窓会とかはそこで誘われるって言っていた。

 平手が両親に電話すると、やはりお母さんがアカウントを持っていて、地元の人たちと今も繋がっているという話だった。

 最近は全く見てないし、そういうことなら好きに使っていいわよとアカウント名とパスワードを教えてくれた。

 平手がさっそくPCでログインすると、太田村で暮らしていた人たちのアカウントと過去の日記が大量に出てきた。

 みんな鍵を付けているから検索しても出てこない。ここで何か分かるかもしれない。

 まずはお母さんに了解を貰って記事をアップ。息子である平手弘紀が書き込んでいること、人を探していること。

 太田村で焼きたてパンを食べたこと、藤木町にパン屋は無かったこと。何か情報があったら教えてほしいと。

 すぐに何人か反応があり「調べてみる」という返答だった。ありがたい!

 そして俺と平手はリンクをたどり、鍵付きの日記を隅から隅まで読むことにした。




「おはよう、平手。何か見つかった?」

「おはよ。いや、マジで無いね」

「連絡は? フェイスブックに誰か書き込みしてない?」

「みんな結構調べてくれてるんだけど、パン屋の記憶はないって」

「う~~~ん……」


 あれから四日。俺と平手は延々とフェイスブックを読み、範囲を広げてワードを見つけて検索を続けたけど何も出てこない。

 書き込んだ記事にはたくさんのコメントが付き、観光協会の人たちと何度もやり取りをしたし、役場の人からも連絡があった。

 でもとにかくパン屋は無かった。それしか出てこない。

 もうここから探すのは無理だと諦めた頃、紗良さんが二枚の地図を持って俺たちの所にきた。


「あのね。昨日七年前の地図と、今の地図の尺図を合わせたの。拡大してぴったりに」

「さすが紗良さん。仕事が細かくてすごいね」

「それで無くなったお店とか、建物とか、ひとつひとつチェックしていったんだけど……ほらここ。病院の横にあった障害者施設がなくなって、高齢者用の施設になってるの」

「うん」

「私ね、お母さんにボランティアによく連れて行かれてたけど、障害者施設って、中に就労施設もあることが多いの。そこはお菓子を作ったり、パンを作ったりして、それを売ったりしてることが多いわ」

「!!!!」


 俺と平手は思わず立ち上がった。

 そんなこと知らなかった。

 紗良さんは続ける。


「それはあまり出回らないの。施設の前で売ったり、家族が買っていったり、どこかのお店の前で少しだけ置かれたり。だからパン屋さんって枠じゃないけど、焼きたてや作りたてのものを提供していた可能性はあるわ」

「調べてみるよ、紗良さん、ありがとう!!」

「いえいえ。違ったらごめんね、頑張って」


 そういって紗良さんは部屋を出て行った。障害者施設とかでパンを作っている可能性があるのか!

 全然知らなかった! そんなの紗良さんみたいにボランティアに連れて行かれてないと知らないことだろう。

 さっそく観光協会の水野さんに電話して確認すると、たしかにそこの障害者施設は焼き菓子やパン。それにクッキーを売っていたという。

 でもそれは病院の中だけで販売されていたから、誰も覚えていなかったのだと分かった。

 小さな点が見つかった!!

 俺と平手は飛び上がって喜び、悪いけど録画してなかったから紗良さんに同じ言葉を言って貰うためにカメラを持って駆け寄った。

 やっぱり俺の紗良さんは天才だ!!

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