第69話 夏祭り本番
「さて、もう出来上がってるからバリバリ運んでね! 自転車に乗せられるだけ乗せて。それであっち手伝って、残り少なくなったらまた取りに来て」
「わかりました、行ってきます」
俺は自転車の前籠と後ろ籠にたっぷりと唐揚げが入ったパックを入れて、俺自身も配達用のリュックを背負い、その中にポテトも詰めて走り出した。
今日は夜間学童保育所で行われる夏祭り本番だ。今日は配達なしにして店頭販売のみ。
ひたすら運んであっちで売って、こっちに取りに来るという仕事だ。
紗良さんがいるあっちの仕事をしたかったのに店長が「俺があっちだから」と譲らない。
そんな……大人がその態度……。
どうやら塀の中の仲間たちが一年に一度集まる日で、同窓会?? も兼ねていると品川さんに聞いた。
塀の中に居た人たちが集まるのも同窓会っていうのかな? 同じ窓を見てた人たちが集まればそれで同窓会?? わからない。
だから店は品川さんがひとりで回して、俺は料理を運ぶのがメイン。
時間はまだ16時半。夏祭りは17時から20時なので、早めにいって千本引きの予約だけ済まさないといけない。
俺は紗良さんが作ったぬいぐるみがどうしても欲しいんだ!
そう紗良さんに伝えたら口を尖らせて「あんまり……上手にできてないの……だから秘密にしててほしかったのに、品川さんが言っちゃったんだもん!」と嘆いていた。
すげー可愛い。紗良さんが必死に作ったけど上手にできなかったぬいぐるみなんて、すげーほしい。
意地悪とかそういう気持ちじゃなくて、ほしい。
そして確率はなんと恐怖の100分の3らしい。ええええええ……無理すぎる。もう一万円払うから全部俺に引かせてくれと喉から飛び出したけど、紗良さんに「みんな楽しみにしてるからダメ」と言われた。あああああ……バイトのお金つぎ込もうと思ったのに……!
とりあえず10本だけは引かせて貰おうとネバったけど、5本だけ! と言われた。
そんなの絶対当たらないじゃん。すねたくなるが仕方ない。
自転車を走らせて、紗良さんがバイトしている夜間学童保育所まで走った。
もうお盆直前で、街全体に提灯が飾ってあって、暗くなり始めている。夏の夜が始まる夕方が気持ちが良い。
夜間学童保育所のほうに向かうと、もうすでにたくさんの子どもたちが集まりはじめていた。
周辺の小学校の子たちも楽しみにしていて、町内会から駄菓子のプレゼントもあるらしい。
ばあちゃんがこのマンションを買って夜間学童保育所を作ると言った時、地元の人たちと色々あったみたいだけど、今じゃ良い印象で受け入れられていて、自治会長とかも顔を出すらしい。ばあちゃんはそういうのが本当に上手い。
みんな手に輪ゴムのようなものを付けていて、それには紙のタグのようなものが見える。
どうやら地元の子に配られる無料券らしく、それをみて反省する。
そうだよな……子どもたちが楽しみにしてるのに、俺が金払って全部引くとか全然ダメだ……三回に我慢しよう。
俺は自転車を駐輪場に止めて、唐揚げとポテトを持ってエントランスから中に入ると、その奥に中庭が見える。中庭といってもそんな豪華で整えられたものではなく、都心の隙間にある小さな空間で、正確にはマンションの中庭ではない。
そもそもマンションやビルの中を通り抜けないと入れない空間で、人が持っている土地の隙間みたいな場所だ。
周りのビルはすべてばあちゃんの会社の持ち物で、そうなるとこの隙間も自動的に使えるらしい。法律はよく分からない。
日当たりは絶望的に悪いけど、騒がしくしても、ビルに入っているのは風俗店ばかり。うるさいとキレる人もいない。
むしろ前は住み着いてしまう人がいて大変だったけど、今は居なくなったと自治会長に聞いた。
「おお、すごい、ちゃんとゲートが作ってある」
中庭の入り口には『夏祭り』というゲートが作ってあり、手作りの花などで可愛く飾られている。
子どもたちが手書きしたのだろう、看板にはスイカなどの絵も描いてある。紗良さんも描いたのかなと自然と探してしまう。
「陽都くん」
「紗良さん、えっ……」
声をかけられて振り向くと、そこには浴衣姿の紗良さんが立っていた。
薄い紫色で襟元には藤の絵が見事に描かれている。それに黒い帯に赤い紐。なにより髪の毛は高い場所に結ばれていて、かんざしからは藤の花がゆらりと揺れている。
メイクは控えめだけど、アイシャドウも紫系で、唇も艶やかだ。
俺はあまりの美しさに言葉もない。だって紗良さんは係で働くから浴衣が着られないと言っていたのに。
紗良さんは俺のほうに近付いてきて、
「最初の一時間だけね、着てもいいって。ヨーコさんとか、結乃ちゃんと千歳ちゃんのママとかが着付けてくれたの。せっかく彼氏と夏祭りならって」
「あああああ……ありがとうございます……すごい……めっちゃ綺麗、すげぇ大人っぽい」
「結乃ちゃんのママが昔着てたので古いんだけどー……って言ってたけど……」
「いやもうすごくいいよ、すごくいい。わあ……髪の毛もアップにしてて、かんざしがいい。わああああ……」
俺はもう紗良さんの周りをぐるぐる回って歩く妖怪と化した。
首元のラインがすごくいい、前から見ても後ろから見てももうすごい、めちゃくちゃに色っぽい。
それにいつもは出てないおでこがでているんだ。前髪が斜めにしてあって、イヤリングも紫色。
めちゃくちゃ可愛い、すごい。
そこに居たヨーコさんやママさんたちに頭を下げまくってお礼を言った。そして持ってきた唐揚げとポテトを店長に投げつけて、紗良さんの元に戻った。
品川さんからは『一時間だけよ? あとで死ぬほど働いて?』とLINEが入った。頑張らせていただきます!!
ベンチに座っている紗良さんはオレンジ色の提灯の光でものすごく艶っぽい。
正直変身ランキングの上位に入る。やっぱり俺の紗良さんはすごく可愛い。それに最近紗良さんはやっぱり変身する回数が減っていて……いや、変身する必要がないから当たり前なんだけど、それでもやっぱり毎日変身した紗良さんを味わっていた俺からすると常に足りなくて。
それでも漫画喫茶とかでイチャイチャするのは最高に幸せだからいいかと思ってたけど、やっぱり変身はいい!!
「……そんなに?」
どうやらほとんど口から出ていたようで、紗良さんは呆れ顔だけど、艶っぽい紗良さんに呆れながら見つめられるのも良い。
俺はさっそく買ってきたリンゴ飴を紗良さんに差し出した。これは最近流行っている切ってあるリンゴ飴で、食べやすくて美味しい。
それに夏祭り用にキンキンに冷やされていて、カリッと飴が固くてリンゴが冷たくて美味しい。
紗良さんは一口たべて目を細めて、
「冷えてて美味しい。リンゴ飴ってこんなに美味しかったのね」
「このお店のヤツはマジで美味しいんだよ。すぐに売りきれそうだから先に」
「もっとリンゴがまんまるでドーン……みたいな感じだと思ってた」
「昔はそうだったらしいけど、俺も食べたことない」
そしてお祭りお約束の具が入ってない焼きそばを食べて、たこ焼きも半分こした。
紗良さんは「浴衣汚さないかな」と心配しながら「どうして外で食べる焼きそばっておいしいのかな」と目を細めた。
俺は何をしても嬉しそうにはしゃぐ紗良さんを見て、もうあれもこれも持って来たくなって困ってしまった。
そして紗良さんと手を繋ぎ、千本引きに向かった。
本当はもっとゆっくりしたかったけど、一緒にご飯食べてる時点で周りを子どもたちが取り囲んで「陽都、紗良ちゃん好きだね」「陽都メロメロだね」「紗良ちゃん可愛すぎて陽都にもったいない」「陽都なんで普通の服なの、空気読めない、いますぐ脱げ」とか言われまくって、脱走したのが本音だ。
そうだ俺は紗良さんにメロメロだ。紗良さんが浴衣着てくれるって知ってたら一眼レフ持って来たのに!!
もう今日はiPhone14に死ぬほど頑張ってもらうしかない、撮影用のだけど持ってて良かった~~。
俺は夏祭りの会場を歩く紗良さんを写真と動画で撮影した。最近撮影技術だけは本当に上がったと思う。
上がったと思うけど、それは関係なく……やっぱりすごく紗良さんは美しい。
俺は横を歩く紗良さんの手を握って、
「来年は受験生の夏になるけど……バイトじゃなくて……ふたりで花火とか見に行きたいな。浴衣の紗良さんを独り占めしたい」
「行きたい! またこの浴衣借りて陽都くんとふたりでゆっくりしたいな。でも……脱げないよ? 着られないから」
「!! いやいやいや、いやいやいやいや、何をおっしゃっていらっしゃいますやら」
日本語が壊れた。そんなつもりは毛頭……チャンスがあれば。
いやキスしたいだけ……それだけ……それだけです、はい。
ちらりと横を見るといたずらっ子のような目で俺のほうを見て、紗良さんは首を長く見せた。
ああああ……首筋にキスしたい……ああああああ……撮った動画と写真で一年修行して来年に挑むしかない、ロングストレンジチャレンジだ……。
そして千本引きのコーナーに行くとツインテールにしている女の子……結乃ちゃんがお店に立っていた。
「紗良ちゃんと陽都がきたーーーー!!」
結乃ちゃんは俺が何度かここに来た時もいた、元気な女の子だ。結乃ちゃんのママが浴衣貸してくれたとなると感謝しかない。
が、勝負だ!!
「3回お願いします!!!」
「はい、まいどお。紗良ちゃんが作ったクマ……クマかあれ? ……引けるかな~~。もう20個売れたけどまだ出てないよ」
「!! 確率アップ!!」
「あ、そうか。そうそう」
俺の後ろにも小学生の子たちが行列を作って待ってるし、もうリミットの1時間だ。
引きたい引きたい引きたい、紗良さんの手作り引きたい……!! 俺は3本の紐を選んで、結乃ちゃんに見せた。
「オッケー。じゃあ引っ張ってーーー!」
「お願いしますっ!!!!!」
1本目はビーズで作ったキーフォルダーだった。うん、可愛い。可愛いけど違う。
2本目はデコケース? ハードケースがビースでデコってある。どうやら今時らしく推しを入れるもののようだ。紗良さんの写真でも入れるか。
3本目、もう最後だっ……と引き上げたら、ビーズアクセサリーだった。
ああああああ……外してしまった……あああああ……でも仕方が無い、そういうもんだ……。
俺は景品を鞄にいれてショゲショゲと歩き出した。
すると紗良さんがツンツンと俺を引っ張って、ベンチのほうに連れて行った。
そして小さな鞄から、包みを出してくれた。
「!! これって」
「家に帰ってからね、作ったの。最後に作ったから、たぶん一番上手だと思うけど、でもやっぱり千歳ちゃんが作ったのが上手で、だから家で……あーーー!!」
家で見て欲しいと言われるより早く俺は包みを開いていた。
中には入っていたのはピンクのクマちゃん……妙に愛嬌があってどこか変な感じがするけど、それでもむっくりとした身体と手がすごく可愛い。
紗良さんを見ると口を尖らせて、
「家で見てほしかったのにーー! 下手でしょ?」
俺はそれを手に持ったまま自然と紗良さんを抱き寄せた。
「……もう縫い方が紗良さんって感じ。ひとつひとつが丁寧で、きれい。そりゃちょっと不器用なバランスな感じはするけど、この縫い目が丁寧なところが俺はすごく好き。すげー嬉しい。ありがとう」
「……えへへ。良かった。えへへ~~。可愛いでしょ? おそろいだよ」
そう言って紗良さんが見せてくれたのは……俺に渡してくれたのより……数段……たぶんシーサーだ、魔除け。
なるほど、俺にくれたのはすごく進化したやつみたいだ。もうそれも含めて嬉しい。
俺はチュと素早く紗良さんの頬にキスをした。紗良さんは蕩けるような笑顔で俺の頬にキスしてくれて、良い匂いがした。
ああ、夏祭り最高かよ。
そして2000円つぎ込んだ腕相撲大会では一度も勝てず、店長に鼻で笑われた。あの人ほんと大人ですか??
久しぶりに会った礼くんは友達を引き連れて三人かがりで襲いかかっていたが、最強王者たちは一ミリも動かなかった。
六年生のバスケ部だよ?!
やばい……夏祭り危険すぎる……!!
俺たちは短いお祭りを最高に楽しんだ。
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