第67話 オッサンの配信とシーサー熊

「紗良ちゃん、これなに?」

「クマちゃんよ」

「クマって耳丸くない? なんか尖ってフチにあるから……鬼みたいな犬? シーサー?」

「クマちゃんなの!」


 私はちくちくと縫っているぬいぐるみを抱えて叫んだ。

 もうすぐ夜間学童保育所の夏祭りがあり、そこで千本引きという屋台を出すと聞いた。

 それは紐をたらして、その中に景品を入れて蓋をする。それで引っ張り上げたものが貰える……というお店だと知った。

 私は子どものころお祭りというものに行ったことがない。小学校の頃、休みの日に遊びに誘ってくれるような友達はいなかったから。

 駅前で盆踊りはあったけど、お母さんに「行く?」と聞かれて断ったのを覚えている。

 ひとりで行っても仕方ないし、踊るのは好きじゃない。友梨奈が楽しそうに出かけて買ってきたスーパーボールが部屋中にころがって踏んで転びそうになったことしか覚えてない。

 だから今回の夏祭りで屋台が出て、景品を手作りできるなんて楽しい。

 私はミシンを使うのは得意で家庭科の評価も高い。書かれた通りに仕上げるのは得意だ。

 だからぬいぐるみも簡単に作れると思ったんだけど……でも何か……何かすごく変。

 綺麗に縫えてるのに変。横からのぞき込んだ結乃ちゃんが口を押さえて笑う。


「目の位置かな? なんだろう、なんでこんなに絶妙に変なんだろう。あぽ~~って感じなんだけど」

「あぽ……? どうしてだと思う? あ……結乃ちゃんが作ってるデコケース可愛い……」

「デコ大好きだもん! 水色で統一してるんだよ。ほらこのリボンは手作りなの」

「すごいわね。あ、分かった、色の統一が必要なのね」

「紗良ちゃん、この鬼全部ピンク色じゃん。そうじゃないよ」

「じゃあ何が悪いの?」

「センス」


 真顔で言われてうなだれる。本当にその通りだと思う。センスなんて物が私にあったら、こんなにカチカチとした真面目な性格じゃない。

 あ、わかった。このクマの写真をコピーして顔のサイズを測って、目の位置とかをミリ単位で出せば全く同じものになるんじゃないかしら。

 目とか耳とかつける位置がズレているから可愛くないのね。センスがないなら数字で解決するしかないわ。

 私は本を持って事務所のコピー機に向かった。その途中……床で眠っている千歳ちゃんを見つけた。

 千歳ちゃんはひとりで過ごしたい子だ。夏とはいえ床は冷たいので、私はタオルケットを持ってきて千歳ちゃんを包んだ。

 すると薄く目を開いて私を見て……反対側に身体を向かせてタオルケットの中に潜ってしまった。

 起こしてしまったかしら。

 私は横を静かに通り、本をコピーしてみんなが作っている所に戻った。

 作業を開始しながら少しだけ考える。千歳ちゃんは私がここに来るたびに床で眠っている感じがする。

 体調が悪かったりするのかな……? 少し心配している。

 でも千歳ちゃんは干渉を嫌う。私も同じだったからこそ、悩んでしまう。



 次の日は竜上生活にログインするために朝から中園くんのマンションに来た。

 夕方からバイトなので、ゲームをするなら朝からしっかりやりたい。

 朝から人様の家にお邪魔して良いのかしらと思ったけれど「俺眠り深いから」と言われて安心した。

 宣言通り、朝ここにくるのは三度目なんだけど全く起きてこない。深夜まで配信して朝方眠ってるみたいで、三時すぎに起きてくる。

 私はそんなことしたら身体が疲れてしまうけど、身体に合うなら言うことは無い。

 中に入るともう平手くんが来ていて、編集作業をしていた。軽く進展を話して配信ルームに入る。

 私がアニメの絵にならないといけないので、この部屋でしか作業ができない。未だにシステムがよく分かってないんだけど、とにかくこの配信ルームにあるパソコン前に座れば良いということは分かった。穂華は今日は忙しくて来られない。でも午後にはスマホからログインすると言っていた。

 配信も回数を重ねて少しずつ慣れてきたのでひとりでも大丈夫!


「でははじめます、みなさん、おはようございます」


 配信を始めるとすぐに何人かが来てくれてコメントが入る。


『酔っ払いなのに朝が早いオッサン、おつでござる』

『おっさんの話し方可愛すぎる、おい嬉しそうに顔ツヤツヤさせんな、キモいんじゃ』

『毎日10時きっかりに配信始めるの、おっさんタイマーやん、助かる』


 挨拶を返して椅子に座り直して気合いを入れる。

 今日する作業はもう昨日から決めていたのだ!


「今日は竜の涙を取りにいこうと思います!」


『がんばれーー』

『こっから先、水がないからね、必須やよ』

『おっさん、長靴作ったんか?』


 そのコメントを見て胸を張る。


「はい、見てください! ちゃんと朝の滴を入れてピンクのパステルカラーの長靴にしたんです! 見てください、かわいいー、すごい~~」


『おっさん、頬を上気させて喜ぶのやめてもろてええか?』

『あかん、もう俺にはこのおっさんが可愛く見えるんや』

『すまない、ホモ以外は帰ってくれないか』

『このオッサン、必要ない朝の滴を取りに行くために三回死んでます』


 そのコメントを読んで私は首を振る。


「必要ない? そんなことないですよ」


 長靴は竜の涙がある洞窟で必須だとコメント欄で知って、ゴムの木で作った。

 そして追加のコメントで朝の滴という染料を足して生成するとピンクになると知った。

 染料!! そんなものがあるなんて知らなかった。

 竜上生活で一番面白いのはアルバムシステムだ。木をゲットすると、木のアルバム。石をゲットすると石のアルバムが手に入る。

 写真アルバムのような形状をしていて、説明とある場所は書いてあるのだが、写真が無い状態になっている。

 そしてゲットすると、そこに写真が入るのだ。なんという達成感……!

 私のように生真面目な人間はアルバムに穴がある状態は許せない。テストで言う所の空白がある状態だ。許されない。フェイクでも良い、埋めるべきだ。

 木と石のアルバムはもうコンプリートしたんだけど、染料!

 それを聞いて、一番身近な染料の花をゲットしてみたら、染料のアルバムが出てきた!

 そこに朝の滴も載っていたのだ。でも可愛い色の染料は難易度が高く、何度も竜蜘蛛に殺されてしまった。

 でも、


「可愛さは、重要ですよ?」


『小首傾げて、よ? じゃないだよな、オッサン。気持ち悪いんだよな』

『可愛くてキモイwww』

『ちゃんとボックスに空き作った? 洞窟で捨てられないよ』


 口が悪いコメントも多いけど、基本的にはみんな優しい。それに私が進むことへのアドバイスもくれるのだ。たくさんの人とお話してるみたいで楽しい。

 今までは海岸沿いを移動してきたので水は必要なかったけど、ここから先は陸地内部になるので、水のキューブが必要。

 それは洞窟の奥深くにあり、最初の難関だと言われている。だから言われたものをすべて揃えて準備万端!

 私は意気揚々と洞窟に向かった。だって洞窟には洞窟専用のアルバムがあるってコメント欄で聞いたのだ。

 新しいアルバム! 欲しい! 何度か夜を迎えて山をのぼり、洞窟にたどり着いた。


「いくぞ、おーーー!」


 足を一歩踏み入れた瞬間、自動的にアルバムゲットした。開くと20Pもある、すごい! 私が手を叩いて喜ぶと、画面の中でもオッサンのネクタイがぷるぷる揺れて目が潤んでいる。私がどんな動きをすれば、オッサンがどう動くのか少し掴めてきていて、それも楽しい。

 洞窟の中で採掘をしてアルバムを埋めながら進んでいくと、突然足下のブロックがボロボロと崩れ始めた。


「はやややややや!! ちょっと、なんで、いやああああ!!」


『おっさんの悲鳴に潤う朝』

『おっさん、カワヨ』

『あ、これ竜蛇じゃない? あーあーあー』


「竜蛇ってなんですか?! そんなのだって長靴、あっ、私のっ、ピンクの長靴が、あーーーん!!」


『オッサンが三回死んで取った朝の滴が瞬殺である』

『おっさん、竜の蜜持ってない?』


「竜の蜜、持ってます!! だってあれがないと、種が腐っちゃうんだもんんんん」


『もんんんんじゃないんだよな、あれ持ってると竜蛇くるんだよ』

『基地に置いてこないと』

『しかしこのオッサン、ピンクの長靴が流れたことのほうが悲しそうである』


「三回死んでピンクにしたのに。あーーーっ、怖い、また来てる、もうだめ、帰ります!!!」


 ひとりでこんな大変なミッションしようとしたのが間違えてた!!

 私は結局すごく頑張って作ったピンクの長靴を無くして泣きながら基地に戻った。朝の滴取りに行くのすっごく大変だったのに……もう一回行かないと……。

 諦めて昼にログインする穂華を待つ間、小麦のアルバムを埋めることにした。

 これもコメントで教えて貰ったんだけど、深くて楽しい。


「水のブロックを最低でも13個持ってくる。水ブロックが13個あれば6.5ブロックの畑が作れる。計算によると6ブロックで作れる小麦の量は40。この40の小麦をパンにするために必要なバターは5。バター5を入手するために牛に食べさせる穀物ブロックの数は3。牛を連れて移動できないことを考えるとこの場所で最低でも60以上の小麦を作って……」


『このおっさん可愛い声してウンチクしか吐かない』

『穂華ちゃんまだですかーーーー!! コイツはただのアルバムバカだーー!!』

『動いてーー!!』

『牛は肉ブロックにしたほうが効率的。肉ブロックも竜蝉の脂につけておくと保存期間が2日から6日に伸びる。そしてこの脂漬けを置いておくと竜熊が出るのでそれを捕まえると良い。確率は……』


 と色んなコメントが入ってくる。その中のひとつに目がとまった。


『おはよ。今、私もこれみながら竜上生活してる。違うけど同じ世界にいるの楽しいね』


 なんだかそれは私が持っていない視点だった。

 このコメントを入れてくれた人は、私に会ったこともないのに、同じこの竜上生活のどこかに、今居るんだ。

 それは別に普通に生活している世界でも同じなのに、そんな風に考えたことはなかった。


「どこかで会いましょう」


 配信の楽しさ、分かってきちゃったかも。



 


 午後には穂華もログインしてくれて、かなり進んだ。

 そして夕方になりゲームを終えてバイト先にいくことにした。エプロンを着けて中に入るとまた千歳ちゃんが床に転がってウトウトしている。

 私は少しだけ勇気を出して横に座った。

 私もほっといて欲しかったけど、同じくらい気にしてほしかった。

 せっかく偶然にも同じ空間にいるんだし?


「千歳ちゃん、最近ずっと床で寝てない? 何かあったの? 体調が悪いとか」


 千歳ちゃんは私のほうをチラリと見て、ちょいちょいと指先で呼んだ。

 そして私の耳元で、


「(今夏休みでしょ? 学校のiPadが渡されたから、夜中に部屋でず~~~っとYouTube見てるの)」

「(ああ、なるほど……)」

「(だからここで寝てるの)」


 学校のiPad! なるほど。今はそれを部屋に持ち込んで遊ぶ子が多いから困るって他のママにも聞いた。

 体調が悪いとかじゃないだけで安心した。それはママには秘密に違いない。

 私は千歳ちゃんに近付いて、


「(教えてくれてありがとう)」

「(紗良ちゃん、心配性だから、仕方ないから教えてあげた)」


 そう言って千歳ちゃんはタオルケットにくるまって再び眠った。

 あら。小学校四年生に見抜かれてる私、単純すぎる?

 三日後にはYouTubeにも飽きたらしく、一緒にちくちくとぬいぐるみを作りはじめた。

 陽都くんに「どんなの作ってるの?! 俺にもひとつ作ってくれないかな。鞄に付けたいんだけど」と言われて黙ってしまった。

 どうやら品川さんが私が作ったものが千本引きの中にあると教えてしまったみたい。

 ううう……秘密にしてほしかった……修行がたりないのー!

 横を見ると千歳ちゃんがすごく上手に顔に綿を詰めていく。なるほど綿の詰め方もセンスの一部ね。

 どこに何グラム詰めるかも、表示してくれないと困るわ、分からない。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る