第66話 血を吸った人は誰だ

 夕方にバイト先に入った。

 夏休み中ということもあり、街に遊びに来る人が増えて店頭での注文が多く、俺は唐揚げを紙コップに入れる作業をしていた。

 品川さんは唐揚げが揚がるのを待ちながら、ノートを見てうんうんと唸っている。


「お店はヨーヨー、射的、腕相撲……」

「腕相撲?!」


 俺はその言葉に思わず振り向いた。

 腕相撲は普通屋台にはないのでは?

 品川さんはペンを回しながら、


「陽都くんあそこの夏祭り参加したことないんだっけ?」

「ないです。去年は用事があってバイトに入ってなくて、その前は唐揚げを運んだことがあるだけで、中まで入ってないです」

「そうだっけ。店長のお仲間たち……なんていうのかな、同じ臭い飯を食ったお仲間さん?」

「……塀の中の飯って本当に臭いんですか?」

「めちゃくちゃ美味しいらしいわよ。栄養バランスもばっちり」

「だったらどうして臭い飯」

「そう言うのがお約束らしいの。そのお仲間さんたちが開く店が最強腕相撲屋台」


 うちの店長はかなり鍛えていて、俺より身体が分厚くしっかりしている。紗良さんが元働いていたカフェの店長もボクシングをしてたと聞いた。

 ヤバイお客さんも多いので、強い人が責任者のほうが良いのは間違いない。

 品川さんはメモを書きながら、


「腕相撲は一回100円30秒勝負。小学生は三人まで一緒に飛びかかってオッケー。まあ今まで一度も負けたことないのよ、この人たち」

「え……俺がやったら……?」

「一回やってみるといいわよ。もうほんとすごいのよ、本当に動かないんだから。コンクリートか何かで固定されてるのかなって思うわよ」


 そこまで言われるとチャレンジ必須な気がしてくる。

 でも俺は走ることが少し得意なくらいで、力は全く無い。

 品川さんは揚げ終わりのタイマーを止めて立ち上がり、


「勝者賞金10万円だから、うちの礼も『今年こそ勝つ!』ってやる気満々だけど、まあ無謀よね」

「店長も出るんですか?」

「このために身体鍛えるんじゃないかしら? 一回交代制だけど、誰か負けたとか、聞かないのよね」

「すごい……」

「売り上げがすごいの。腕しか使わないから元手がかからないでしょ? 唐揚げみたいにお肉とか」


 確かに元手が高い唐揚げは、何個売ってもそれほど儲けにならない。

 腕相撲だけなら身体が資本だから無料なのか。でも鍛えるためにスポーツクラブとか入ってたら、その方が高い気がするけど店長はムキムキの二の腕(大人のお絵かきあり)を誇らしげに見せてくるから、まあ良いのだろう。

 品川さんは唐揚げを全部引き上げて、油を切り、


「それと千本引き」

「あーっ……なつかしいです。昔家の近くの屋台にありました。糸引っ張ってその先の景品ゲットするやつですよね」

「今景品をみんなで作ってるのよ。紗良ちゃんが作ったぬいぐるみがあるから引くといいわ」

「?!?! 紗良さんが作ったぬいぐるみ?!?!」


 俺はトングで掴んでいた唐揚げを落としそうになった。

 そんなのは聞いてないが?!


「すごく頑張って作ってるわよ。でもあれなんだろ?」

「本当に千本あるんですか? つまり100円×1000本=10万で確立100」

「やめなさい、大人げない!」

「どういうヤツですか? 針と糸で作ったの? どういうのですか?」

「紗良ちゃんに聞けばいいじゃない。子どもたちと頑張って作ってたわよ」

「あとで聞きます、欲しいです!!」


 紗良さんがぬいぐるみが好きなのは部屋に行ったから知っている。

 それに中園の所にあった巨大クマをずっと抱っこしてたのが可愛くて写真フォルダー3スクロールしてもその写真が出てくる。

 あの水色の巨大クマを抱っこしている紗良さんは本当に可愛い。

 品川さんは次のお肉を投入しつつ、


「そういえば中園くん、お家出たって本当? 夏期講習の面談の時にお母さんから聞いたんだけど」

「ああ……そうです。ストーカーがすごいことになっちゃって。この前新しい部屋行ったんですけど、会社の上で安心でしたよ」

「はああ~~。本当に今時の子は大変ね。芸能人と一般人の境界線がないもんね。私の時代にSNSが無くて良かったなあってしみじみ思うのよ。絶対晒されてたわよ、先生が生徒の子ども妊娠したって」

「注目されたら勝ちみたいな所あるから、SNSは地獄ですね」


 品川さんは夕方で上がり、塾の方に向かった。

 俺は配達を続けて、今日は紗良さんと帰らず、中園のマンションに向かうことにした。

 頼まれてものがあるのだ。




「ちょり~~~ス。陽都。持ってきてくれた~~~?」

「自分で! 取りにいけ!!!」

「俺が家に帰るとさ~~まだ見てるかも知れないじゃん。やっと減ってきたみたいだから。さっ! ご飯にしようぜ。今日は終電までOKなんだろ?」

「ここ終電で出たら家に帰るの1時になるから勘弁してくれ。母さんに怒られる」

「孤独で可哀想な俺の面倒みて怒られるはずないだろ? ほらほら、白米だけ炊いて待ってたんだよ。唐揚げ超うまそう」


 そう言って中園は俺をクマだらけの部屋に引きずり込んだ。

 前にこの家に来たとき、中園が「夏休みの宿題、全部家なんだよ。陽都、持って来てくれない? アレルギーの薬もなくなった」と言い出したのだ。

 それくらい自分で取りに行けよと思ったけど、家に居られなくなり出ていたのだし、ウチと中園の家は近く、駅にいく時の通り道なので頼まれてしまった。

 中に入ると相変わらずクマだらけですごい。なによりカーテンがなくても外から見られない窓らしく、夜景がすごい。

 中園は白飯を紙皿に山盛りだして俺を座らせた。

 ていうか、


「紙皿? 茶碗あるだろ」

「配信に食事映すときは皿使ってるけど、洗うの面倒なんだよなー。食洗機ないし。この部屋は基本スタジオだからさー」

 

 だったら一階に下りれば外食し放題なのにと思うが、一度会社を通るの面倒なのは理解できる。

 中園は店から持って来た大量の唐揚げのパックを開いて「いただきま~す」と旨そうに食べ始めたけど、パックに入れたままの唐揚げと紙皿の飯とか、こういう小さいことから『寂しい』が始まる気がする。

 俺は台所に行って、食器棚を開けた。そこには大量の皿が入っていたので、ご飯と唐揚げを移動。そして買って放置してあったインスタント味噌汁をお椀に出して、冷蔵庫に放置してあったサラダを出した。


「家では普通にしてたことをしないと、寂しいが加速するぞ。俺がくる時くらいちゃんとしようぜ。俺が洗うから」

「お嫁さんにしてくだしゃい」

「せめて旦那になれ!!!」


 結局中園は俺が持って来た四人前の唐揚げをほぼひとりで食い切った。学食のチキンカツ大盛りを平らげるんだから当たり前か。

 まあ俺は家に帰れば晩飯があるからそれでいいんだけど。

 中園は別に家事が嫌いなわけじゃないらしく、俺と一緒に茶碗を洗いだした。

 食器を拭いていると横に封を開けていない宅配便が見えた。この事務所は基本的に開封して中身しか渡さないから段ボールは珍しい。

 なんだろうと思ってみたら、中園は冷蔵庫からサイダーを出して飲み、


「それ。親父からの荷物」

「親父さん荷物なんて送ってくれるんだ。何? 頑張れ的な?」

「それなら良かったんだけどさ。なかなかエグいぜ」


 そういって中園が取りだしたのは、サイン色紙だった。

 中園はそれをソファーに投げて、


「どうやら俺には義理の妹ちゃんがいるらしいんだけどさ。その子が俺のファンなんだって」

「うげ。お前そんなこと頼まれんの」

「サインが欲しいって送ってきてる。俺、あの人が再婚したことさえ直接聞かされてないけどな」


 俺はそれを聞きながら、夏の合宿で見た指輪の日焼けを思い出す。

 そういうことなのは間違いないけれど、サインを頼んでくるのは相当空気が読めない。


「ほっときゃいいじゃん」

「これが三度目なんだよな。ほっといたら届いてないと思ったみたいでさ」

「受け取り拒否しろよ」

「次から止めてくれって言っといた。会社だとまとめて届いちゃうから止めるの難しいらしいね。てかさ、たぶん実家には届いてて、俺は見てないんだ。母さんが毎回受け取り拒否してたと思うんだよな。しかもそれ、親父の名前で届いてるじゃん? でも文字が親父の文字じゃないんだよな。これ義妹が勝手に親父の名前使って書いてる気がする」

「うわああああ……ひええええ……」

「だってこの前別荘行った時頼まれなかったもん。あの時頼めばいいじゃん? 何も言わなかった。だからそうじゃないかなーって。どうしよ、俺人気ありすぎて見知らぬ義妹さえ虜にしちゃってる」

 

 ケラケラと中園は笑っているが、どうみてもカラ元気だ。

 あ、そういえばと思って俺は鞄から小さな袋を取りだした。


「これ、品川さんから」

「え。なになに?」

「なんかお前が大変そうだから、苦難避けどうぞって」

「なにこれ数珠?」


 それは白い団子が10個連なった数珠のようなものだった。

 昼間中園の話をしていた時に品川さんが「中園くんにどうぞ。先週頂いたものだけど、これ効くから! 塾だと個別に物渡すの禁止だし~」と持たせてくれたものだ。

 宇津ノ谷峠うつのやとうげの十団子と言うものらしく、寺の住職が病気になり、血を吸い出せば苦痛がおさまることから、寺の小僧に血を吸わせていたらしい。

 そのうちに小僧は人間の血の味を覚えてしまい、ついには鬼と化して峠を通る旅人を襲うようになってしまったという。

 その鬼を退治して、この玉にした……って話があり、苦難避けとして有名なお守りらしい。

 品川さんは礼くんの父親の家族がかなり権力者らしく、礼くんが小学校に入った頃から「引き取る」と言われたようだ。

 でも品川さんは断固拒否。噂を聞いてこのお守りを持つようになってから、なぜか来なくなったらしい。

 今年の夏もらったやつは中園くんのストーカー払いに……とくれたんだけど。


「ストーカーよりそっちの一家に使ったほうが良さそうだな」

「……苦痛が治まるから小僧に血を飲ませたら鬼になった。そして他を襲う。……なんかウチの話みたいで効きそうだ。サンキュー! 今度塾で品川さんにお礼言う」

「おう。品川さんの話聞く限り効果ありそう」


 窓の外には電車が通る光の影。

 中園はサイダーを飲みながらずっとそれに触れて見ていた。

 何も言わずにぼんやりと暗いソファーに転がって。

 結局俺は作業をしていたとはいえ22時までネバられて家に帰ったら23時すぎてしまった。

 夜飯を食べるのがそんなに孤独なら、なるべく作業時間を夜にしようとなんとなく思った。

 

 

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