第37話 辻尾くんは私の!
「中園くんがプロゲーマーになったの知ってる?」
「あ、写真見たー。
「あのポーズ許されるのイケメンの特権だから」
体育の授業は、A組B組合同で行われる。
女子は体育館でバレー、男子は外でサッカーをしている。
体育館からはサッカーをしている男子が見えて、そこで中園くんがゴールを決めたみたいで女子たちはみんな集まってこっそり見ている。
先日ついに中園くんが現役高校生プロゲーマーになったらしく、お母さんの情報をみるためにしているTwitterにそのツイートが流れてきた。
海外の有名チームらしく、さすが人気者という雰囲気だった。
でも首痛ポーズって……?
同じクラスの女子で一番仲がよい
「これ。これが通称首痛ポース」
「首が痛くて気にしてるみたいな……?」
「違うのよ吉野さん。二次元もジャニーズもイケメンはこのポーズするの」
「どうして?」
「イケメンの表情を付けやすいからじゃない? ほらこう……憂いてるみたいな。ふふんカッコイイだろ、俺」
「なるほど……?」
なるほどと言ってみたものの、よく分からない。
でも辻尾くんと一緒にいる時間が増えたので、中園くんには少し慣れてきた。
それに他人にあまり興味がないようで、私が何をしていても気にしない。
人目を気にする私に無関心はありがたい。
「所属チームの動画見たー? めっちゃかっこ良くなかった?」
そう言って話に入ってきたのは、熊坂さんだった。
中園くんの話をするとやってくるのは熊坂さん。
みんな「おっと」という空気になって一瞬黙る。
この前、中園くんは教室で「映画部は穂華さんの動画作るために一時的に集まってるだけだ。何か手伝ってもらえそうな事があったら声かけるよ」と言った。
なんというか、これまた絶妙だとクラスの女子の中で中園くんの株が上がった。
あそこで「お前なんなんだよ、うるせえよ」とか突き放さず「何か手伝ってもらえそうな事があったら声かけるよ」って、上手に生殺し。
熊坂さんは「やっぱり私は中園くんの特別なの。もうすぐ告白されるわ」と言っていたけど、中園くんは今朝「あれは優秀な虫除け」と言っていた。
つまり熊坂さんが騒いでいるかぎり自分のところに面倒な女の子が押し寄せてこないから、あれで良いらしい。
虫除けとの言葉通り、熊坂さんは中園くんの話をしているとどこからともなくやってきて「自分のですけど?」という香りを放っていく。
そしてみんな手を出さないのだ。
中園くんはどっからどうみても辻尾くんや平手くんと部室で遊んでいるときのほうが楽しそうで興味がなさそうだけど……。
熊坂さんに気を遣ったA組の女子が、話題を変えるように声を張り上げた。
「中園くんといつも一緒にいる辻尾くんも体育祭の時足早くてすごく無かった?!」
「あ、ああ、わかる。あれだよね、中園くんといると目立たないけど今時珍しいくらいのフツメンだよね」
「あれじゃん、B組の動画作った子でしょ、辻尾くんって」
「インスタの見たー! あのアイドルのすみれちゃんがイイネしてたんだよ」
「えー?! ワリとガチじゃん。うちのダンス部も撮影してくれないかなー」
「撮影うまいよねー辻尾くん。私も最近フォローしたんだけど」
と楽しそうに話しているのが聞こえてきた。
中園くんからの話題逸らしとはいえ、こうして辻尾くんの良い話が上がってくるとどこかうれしい。
そうなの、すごく真面目で優しくてね、動画を作るのがすごく上手なの。
と同意する反面、どう考えてもこれは「辻尾くんの良さは私だけ分かってれば良い」という心の真ん中がドヨドヨと黒い雲で覆われてきたのが分かる。
私たちはきっと暗黙の了解で、学校で彼氏彼女だということを言わない。
辻尾くんは私の立場を分かってくれてるし、それにものすごくちゃんと好きでいてくれる。
夜の電車の中で抱き寄せてくれた背中の手とか、私が抱きついたときに優しく引き寄せてくれた力強さとか、なによりこの前した自動販売機の横でしたキスは、直前まで同じアイスクリームを食べていたから、唇が冷たくて甘くて……すごく気持ち良かった。
辻尾くんは、私の彼氏だもん。
熊坂さんのように「近付かないで!」ってアピールできたら、そのほうが間違いなくストレスはたまらないのだと思ってしまう。
「映画部いいなあ~~。中園くん最近お昼も部室で食べてて全然教室にいないよ。私も行きたいー。穂華さんのためにって本当~?」
熊坂さんは私のほうを見ながら言った。
熊坂さんはどうしても中園くんと長く一緒にいる私と穂華が気に入らないようだ。
私は正直……ここまで好きな人に対して強く出られる熊坂さんを少し羨ましいと思ってしまうほどだ。
「穂華は私の妹の親友なの。だから手伝ってるだけよ」
「分かってるけど~~。あの穂華って子はどうなの? 中園くんにちょっと距離近くない? あの子中園くんのこと好きなんじゃないの?」
「穂華は……どうだろう。一応アイドルとして事務所に所属してるんだし、恋愛とか派手にしないんじゃないかしら」
私はとりあえずその場から逃げられそうなことを言ってみた。
熊坂さんは「恋愛禁止ってやつね。それならいいけど」と満足げだ。
たしかにふたりは最近仲が良いみたいに見えるけど、中園くんは恋に全く興味がないように見える。
恋多い人と聞いてるけど不思議ね。穂華はどうなのかしら? 私レベルの恋愛偏差値じゃ全然分からないわ。
「ごめん、サリー、サンドイッチ用のパンが無くなっちゃったから、三丁目通りのパン屋に取りに行って貰える?」
「わかりました。伝票にサインだけしてきます」
「そう! ごめん調理場手が離せなくて」
「大丈夫です」
私はお店用の大きなスタッフジャンパーを羽織って店の外に出た。
ものすごくスカートが短いので外にお遣いにでるときはこの膝下まであるジャンパーを羽織る。
バイト先は入れ替わりが激しくて、何も言わなくても動ける人がかなり減ってきてしまった。
だから私はある程度事情が分かっていて、買い物にパッといけるスタッフ……そんな位置になってきていた。
接客をするより向いてるし時給は高いからお遣いは全然楽しい。
店を出てパン屋さんのほうに移動していると、見慣れた顔……辻尾くんだった。
辻尾くんなのに、スーツを着ていた。
え? 私は思わず立ち止まって二度見してしまった。
辻尾くんと一緒にいる人たち……たぶんあれは……ホストクラブの人達に見える。ああいうお店で働いてる人達は独自のメイクをしてるの。
あと前髪が目の所で揃えられている。村瀬さん曰く「ニセ米津」。多いの、とても多いから分かる。
辻尾くんはその人たちと一緒に歩いているけど、背中にリュックサックを背負っていて、手にスマホを持っている。
あ……撮影かな? そういえばこの前そんなことを言っていた気がする。
撮影依頼が増えたんだって。
私は看板に隠れてこっそりとスーツ姿の辻尾くんを見る。
ホストさんに借りたのかな。パリッとしたシャツにネクタイ、それに三つボタンのジャケットが似合ってる。
髪の毛もなんかパリッとされて何か付けてない?! なんかいつもと髪型が違うんだけど。それにピカピカの革靴で、そんなの履いてるの見たこと無い。
そして店の中から出てきた女の子が辻尾くんの腕に触れた。
「……ちょっとお? なにしてんのお?」
予想よりドスが利いた声が私の腹の中から出てきて自分で驚いた。
辻尾くんは女の子を遠ざけて、ホストさんと女の子を並べて撮影を開始した。
辻尾くんのスーツ姿はかっこよくてもっと見ていたかったけど、パン屋さんに行かないと怒られてしまうので渋々そこを離れた。
「……ああ、吉野さん。はあ、疲れた」
「辻尾くん」
バイトが終わったあとの待ち合わせ。
もうなんなのあの服装、むううううと言おうと思っていたのに、辻尾くんは完全に疲れ果てて私の腕に抱きついて力を抜いた。
出足をくじかれて思わず優しく抱き寄せる。
辻尾くんは「ふあー……」と目を閉じて息を吐いて、
「……撮影だったんだけど、店内入るのにスーツ必須とか言われて着せられるし、暗すぎて上手に撮影できないし、ダメだ。今日の素材使える気がしない。めっちゃ疲れた……」
「そう、だったの……。実は私ね、お遣いに出てて辻尾くんのスーツ姿見たの」
「えっ?! マジで?! ええっ……俺、変じゃなかった? もうみんなに散々バカにされるわ、七五三とか言われてへこんでたんだけど」
私は辻尾くんの腕をギュッと掴んで、
「すっごくかっこ良かったよ。もう……あんなにカッコイイ服装でウロウロするのも、学校で活躍するのも、女の人に腕組まれるのも、全部ダメ!!」
ダメったら、ダメったら、ダメ!
予想より何度もダメと言ってしまったし、なんなら学校の事も女の人に腕組まれたの見てたことも暴露してしまった。
でもダメったらダメ!!
私の言葉に辻尾くんはキョトンと私のほうを見た。
そして顔を私の首のほうに近づけてきて、そこに顔を埋めて、
「……なにそれ、吉野さん……すげー好き」
「!! なにそれはこっちの言葉です!! もう……いいなあ、スーツ姿の辻尾くんとデートしたい……」
「え? マジで? また借りる……?」
「すごくかっこ良かったけど、違うの。私に見せてほしいだけで、街を歩いてほしいわけじゃないの!」
「吉野さんが好きだ」
「違うの、聞いて!! 今は話を聞く時間!!」
辻尾くんはその後なにを言っても「吉野さんが好き」としか言わず、困って……困らない。
私たちは手を繋いでいつもの駅まで一緒に歩いた。
私も大人っぽい服買ってみようかな。辻尾くんと歩きたいの。似合うかな?
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