第23話 体育祭ー動乱
「選手宣誓! 私たちはこれまでの練習の成果を発揮して、クラスの仲間や部活の仲間たちと力を合わせて最後まで戦い抜くことをここに誓います!」
三年生の生徒会長が宣言して、右手をスッと伸ばした。
長く縛ってあるハチマキがふわりと風に揺れて、ドンッと大きく太鼓の音が真っ青な空に響いた。
体育祭が始まった。軽く体操をして席に戻る。
俺の背中がバンと叩かれて後ろを見ると中園だった。
「よっしゃぁ。まずは何だっけ。俺何に出るんだっけ」
「中園。お前400だろ。もう移動じゃね?」
「え、俺朝から400走るの? さっきおにぎり4つ食べたのに大丈夫かな」
「どうしてそうなった」
中園は俺より足が遅いけど、クラスの中で遅いほうではない。
むしろ中学からずっとゲーム続きなのに、ここまで運動神経がキープ出来るなら、本気出したらもっと速いだろうに。
中園は首を回しながら、
「昨日も大会戦あって寝たの2時でさ、ずっとお菓子食べてたから朝満腹だったんだよな」
「フリーダムすぎる……」
「陽都一緒に昼飯食べられないの? 俺、お前の母ちゃんがつくるいなり寿司食べたいんだけど」
「実は『中園くんに』って母ちゃんから預かってる」
「神かよ~~~。炒り卵とゴマのやつ超うめぇんだよな~」
俺の母さんと中園の母親は小学校の時に一緒にPTA役員をしてからのママ友らしく、仲が良い。
中園の母親はバリバリのキャリアウーマンらしいけど、PTAも好きらしくて、頻繁に役員をやってると聞いている。
そこから俺の母さんにバレた情報は数知れず。それだけは恐ろしい。
俺たちが歩いていると、後ろからふわりと甘酸っぱい匂いがした。
この香水を付けているのは……振り向くと同じクラスの
「中園くん、サブグラウンド行くなら、一緒に行かない? 私も移動なんだ」
「熊坂おはよ。行くかー」
「一緒に行こう。ね、私デザートにプリン作ってきたんだけど、辻尾くんいないなら一緒に食べない? キンキンに冷やしてきたんだよ」
「あー、平手と食べようと思ってるんだけど、一緒でいい?」
「別にいいわよ、私が一緒でいいなら」
おっと「邪魔する気ならそれでもよいけれど?」というオーラがすごいな。
平手……ご愁傷さまや。
準備室で吉野さんとこっそり食べる予定の俺、ラッキーすぎる。
熊坂は「行きましょう」と中園の背中を引っ張りながら歩き出した。
告白目前って感じだな。他の女を寄せ付けないオーラがすごい。
熊坂はウチのクラスで一番美人な子だと思う。美人というか強い、強いというか強い。強いしか言えない。
真っ黒なロングヘアにつり目で強気な瞳、そして身長が中園と同じくらい高くてバレー部で、クラスで一番足がはやく学年選抜リレーにも出る。
何度か話しかけられたけど、中園のことしか聞かれなくて笑った。
噂によると一年の時から狙ってたらしいけど、同じクラスになるまで近付かないと決めていたらしい。
つまり今年は本気で狙うということだ。
熊坂さんもすごいけど、なによりそんなこと100も承知で雑にあつかう中園よ……。
常にモテるやつは余裕が違う。
「そっか、陽都くん、委員だから一緒にお昼食べられないんだね」
振り向くと横に平手が来ていた。
俺は平手に一歩近付く。
「平手。お前逃げたほうが良さそうだぞ。聞いたか? 熊坂さんこの体育祭で本気で中園落としにいくぞ。手作りプリンだってさ」
「断ると今決めたよ。熊坂さんのプリンなんて怖くて食べられないよ。知ってる? 塩田くんって熊坂さんのこと好きなんだよ」
「おいおい……しれっと恐ろしい話をしないでくれ……やめろ平手……」
「熊坂さんのプリンを食べることで塩田くんに二倍虐められて熊坂さんに睨まれる。食べるだけで二度死ねるデスプリンだね」
「まじこえーー!!」
俺と中園と平手は、あの水風船事件以来、仲良くなった。
ゲームオタクの中園と、アニメ好きの平手はわりと共通の話題が多いらしい。
塩田が熊坂さんを好きなのか……知らなかった。
うーん、関わりたくない。
「いけいけーーー! 点数稼げよーーー! 遠足で豪遊しようぜ!!」
塩田とお調子者の日比野は、クラス旗を振りながら応援席の一番前で楽しそうだ。
体育祭はゼッケンにICチップが入っていて自動的にポイントが加算されていく。
それが電光掲示板にリアルタイムで張り出されるから、まさに現代の体育祭。
本当に走り終わった瞬間にポイントが入っていくから見ててちょっと楽しい。
一年生、二年生、三年生と各クラスが表示されていて、一位になると秋にある文化祭の時に一番好きな内容を選ぶことができる。
毎年一番人気は飲食系で、5クラスの中で飲食系はひとつしか出来ないので、体育祭で一位になったクラスが自動的にその権利を得る。
文化祭で得たお金はそのまま年末の遠足でクラス使用できることもあって、その前段階である体育祭はわりと大切だ。
ここでクラス優勝しないと文化祭で金を稼ぐのはアイデア勝負になって一気に難しくなる。
「中園ぉぉー! お前一位だろうなあ~~~!」
塩田の声援で中園の順番がきたことに気がついて、俺も平手も立ち上がった。
スタートラインに出てきた中園は、俺と平手を見つけて親指を立てた。
そしてスタート。最初こそ三番手くらいだったが、余裕の一位で10ポイントゲットした。
そして次の順番でグランドの中に座っていた熊坂さんが中園に走り寄り、ハイタッチしている。
横目で見ると塩田がギリギリと爪を噛んでいて、それを「ほらね」という表情で平手がニンマリした。
なるほどのデスプリン……。血の味がしそうだ。
男子400mが終わって、女子400mになった。
すぐに立ち直った塩田がクラス旗を持って一番前に立つ。
「熊坂、頑張れよ!」
「頑張る!!」
そう言って熊坂は長い髪の毛をポニーテールに縛った。それを見て塩田は嬉しそうに旗を振った。
俺は熊坂さんより……列に並んでいる吉野さんを見た。
吉野さんも400mに出場する。
クラスでも人気がある吉野さんなので、クラスメイト全員が前のほうに出てきて声援を送る。
こうなると俺も前に出られるから嬉しい。
「吉野さんがんばれー!」
「吉野さんファイトー!」
俺も前に出て声を出してみる。
「吉野さん頑張れ!」
「よっし、がんばるよーーー!」
吉野さんはクラスの応援団に向かって大きく手を振った。
こうやってコソコソせず大きな声で応援できるのは正直楽しい。
いや……二人きりでコソコソするのはもっと楽しいです。
吉野さんはハチマキをキュッと縛り直してスタートラインに立った。そしてスタート音と共に一気に走り出した。
4月に計測した時より、全然速い……きれいなフォームで200mこえるときには5m以上後方を離し、そのまま余裕で1位ゴールした。
そして真っ先にクラスの方を向くんじゃなく……来賓席のほうを見た。
そこには拍手している花江さんと、妹の友梨奈さんが見えた。
吉野さんは丁寧に、それこそ親にする態度じゃない……お腹から90度に頭をさげてお辞儀した。
それはみんながはしゃいでいるグラウンドの中で、たったひとり異様な光景に見えた。
そうか。俺は単純に吉野さんを応援していたけど、吉野さんにとっては絶対に一番を取らないといけない400mだったのか。
「うおおお、熊坂さん頑張れーーー!」
吉野さんの順番が終わり、熊坂さんの番になった。
熊坂さんは男子に圧倒的な人気があるので、女子より男子たちが前に立ち大声で応援をはじめた。
塩田が旗を振りすぎて、前が見えないレベルの旗のふりっぷり。
正直朝からずっと振ってて、その体力がすごいと思ってしまうがさすが柔道部。身体は強いんだろう。
そして熊坂さんがスタートした。
順調に走っていたが、スタートして200m付近……横を走っていた女の子が転んだ。
「おい!!」
塩田が叫ぶと同時に、その子は熊坂さんのレーンに転がり込み、そのまま熊坂さんを巻き込んだ。
熊坂さんは避けようとしてジャンプして、内側のグランドに飛び込んで転び、悲鳴が上がる。
「熊坂!!」
塩田は旗を投げ出して、走って行った。
グランドには保険委員や白衣を着た先生たちが出てきて、転んでしまった生徒と、熊坂さんに駆け寄った。
転んでしまった生徒は両膝から血を流しているが、自力でグランドの外に出た。
熊坂さんは左の足首を下に付けない状態で、先生たちの肩を借りてぴょこぴょこと歩いている。
避けるときにジャンプして着地を失敗して捻ったのかも知れない。
グランド中がざわざわする中、他の生徒たちがゴールした。
「やっばい、痛いんだけど」
「熊坂!」
30分後、吉野さんや中園に抱えられて足首に包帯を巻いた熊坂さんが戻ってきた。
そこに塩田が駆け付ける。塩田はすぐにグラウンドに向かったが、グラウンドには今出ている人しか出られないらしく、追い返されたようだ。
あれで塩田はかなり熱いやつでは……と思ってしまう。塩田は熊坂さんの横に座り、
「大丈夫か?!」
「大丈夫じゃない。二週間後に地区大会始まるのに最悪だわ」
「病院は?」
「今日は土曜で休みだから月曜にいく。もう最低」
「あっちのほう日陰だぞ。席変わってもらおう」
塩田は別のクラスの日陰席に熊坂さんを座らせてくれないか……と交渉に向かった。
やはりあいつかなり熱いやつでは……? というか、そんな風に気が使えるならクラスにも気を使えよと思ってしまうが、熊坂さんのことをすげー好きなのはよく分かった。
中園が俺の横の席に戻ってきた。
「ぐえー。足の怪我とかツレー。俺、手を怪我したらヤベーって思い出したわ」
「おつかれ。確かに手を怪我したらゲーム出来ないんだな」
「な。考えたこと無かったわ」
みんなで熊坂さんの荷物を移動させているのが見える。
一緒に戻ってきた吉野さんが気になって横目で見ると、アクシデントこそあったものの、もう出番は終わったという余裕の笑顔で、美味しそうにお茶を飲んでいた。俺はスケジュールを確認して席を立った。
もうそろそろ一年男子障害物競走が始まるので、俺と吉野さんはグラウンドで手伝いがある。
俺が立ち上がると、お茶を飲み終えた吉野さんも立ち上がり、ふたりで応援席から通路に逃げ込んだ。
「吉野さん、速かったよ」
吉野さんは周りをキョロキョロみて誰もいないことを確認して俺に一歩近付いて、
「終わったぁぁぁ。もう絶対一位じゃないとダメだから、怖くて怖くて。あとはリレーだけど、前半走ればいいだけだから余裕だよ~~。あーー、良かった。終わったー、終わった終わったー!」
と笑顔を見せた。やっぱり来賓席からずっと見られるのはとんでもないプレッシャーだろう。
その力が抜けた笑顔に俺も安堵する。ふたりで階段を下りて委員会準備室に向かおうとすると、前から内田先生が走ってきた。
「いた! 吉野さん!」
「はい。おつかれさまです」
「熊坂さんが怪我しちゃったから、そこを走る係、吉野さんにお願いしてもいいかな」
と言った。
吉野さんは慌てて、
「え……でも、平川さんのがタイム速いですよね、新島さんも」
「平川さんは選抜リレーに出てもらうことにしたの。新島さんは最初から二回走る係だよ」
「熊坂さんってアンカーでしたよね……?」
吉野さんが呆然と呟く。
そうだ、そうだった!
熊坂さんはバレー部で足が速いので、アンカーだった。まさかそこに吉野さんが入れられるとは。
先生は笑顔で、
「400mのタイム全部見たんだけどね、吉野さん今日めっちゃ速かったよ。練習の時の熊坂さんと同じくらい! 今日の吉野さんなら大丈夫!」
それは吉野さんが頑張ったからで……。
吉野さんは茫然自失……言葉を出せないでいた。
やっと終わった。そう言っていたのに。
先生は悪びれない笑顔で、
「今日はお母様含めて皆さん来られてるじゃない? いつもの頑張りを見て貰えるチャンスだよ! 校長先生もそう言ってたわよ」
その言葉を聞いて吉野さんは一瞬で顔色を白くした。
内田先生のスマホが鳴り響いて「じゃあ、よろしくねー!」と去って行った。
遠ざかるスマホの音と内田先生の話し声。
その場には俺と吉野さんが取り残された。
俺は吉野さんに一歩近付いて背中に手を置いた。
今、吉野さんの気持ちを、状況を理解してるのは、世界で俺だけだから。
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