第21話 体育祭ー遭遇
いつもより早く鳴り始めたスマホのアラームをすぐに止める。
今日は体育祭本番だ。
起きてカーテンを開けると雲一つない晴天。
スマホで気温を確認すると昼の12時に22度予想。快適だ。
体育祭実行委員の俺は朝から作業があるので、他の生徒よりはやく学校に行く必要がある。
体操着の上に制服を着て一階にいくと、父さんと母さんはもう起きていて、朝食が準備してあった。
「おはよう、陽都。本番ね! 朝から見に行くから!」
母さんはもうメイクを済ませていて、大きなお弁当箱を渡してくれた。
いつもの二倍くらいある気がするけど、絶対腹が減るから助かる。
母さんは大きな水筒も机に置いて、
「言われた通り、お稲荷さんにしておいたわ。あとつまみやすいようにウインナーとかピック多めに付けて置いた」
「サンキュー」
「ご飯食べる時間も取れないの? すごいわね、実行委員は。ねえ、どこから辺りでどんな仕事してるか、教えてよ。見に行くから」
「結構移動するからそう簡単にわからないよ。とにかくお稲荷さんは助かる」
俺はお礼を言って朝ご飯を食べ始めた。
中学で陸上してた時から、走る日の朝は白いご飯と魚、そして豆腐の味噌汁にバナナヨーグルトが出る。
このセット懐かしいなあと思ってしまう。すぐにエネルギーになるものを。母さんはそういって大会の朝はこのセットを作ってくれた。
こういうのを見ると、本当に俺が走るのを楽しみにしてるんだなあと思って嬉しくなる。
母さんはプログラムをスマホで見ながら、
「二回走るリレー楽しみにしてるから! お父さん、スマホの充電池、もっと持って行ったほうがよくない?! どうせ最初に回しすぎて電池が切れるでしょう」
母さんはウキウキとリビングのほうに行った。
うちのクラスは他のクラスに比べて生徒数が少なくて、足がはやい人が数回走る。
クラスで1番はやい野球部のヤツは学年対抗リレーに出るから二回は走れず、三番目の俺が二度走ることになった。
母さんは「一回録画に失敗しても二回目があるってことね」と嬉しそうだ。
朝ご飯を食べてお弁当と水筒を持ち、家から出た。気持ちがいい天気で、大きく深呼吸した。
電車に乗ると、すぐにLINEが入った。吉野さんだ。
『辻尾くん、おはようー! 荷物は全部委員会控え室のがいいよ! ずっと居ることになるから』
『了解。弁当も?』
『そうそう。あそこクーラーきいてて最高なんだから。チョコもオッケーだよ』
『まじか。溶けないの?』
『あの部屋なら溶けない!』
俺はそれにオッケーのスタンプを送った。
陸上競技場の観客席は暑く、去年持ち込んだチョコはすべて液体になり、なんならグミも溶けていた。
駅前のコンビニでお菓子を買い足し、たぶん水筒は全部のみ切っちゃうし、自販機は午前中で売り切れになるから……とお茶も数本購入した。
常温でも水道水よりマシだろ。
集合時間より一時間以上早いが、もう保護者の人達が何人か学校周辺のカフェにいる感じがする。
大きな帽子や、運動系の服、そして母さんと同じくらいの年齢の人たち。それに年配の方も多い。
俺は信号待ちでスマホを取りだして、ばあちゃんのLINEを確認した。そこには昨日したやりとりが残っている。
『じゃあ、一般席ってほうに行けばいいのね』
『一般席も招待が無いと入れないからさ、今から送る画像を入り口で見せて』
『分かった。じゃあ行くわ』
『オッケー。プログラムも添付しとくから気をつけてきてよ。着物止めてよ!! 暑いからね!!』
へいへい……というスタンプで会話は終了している。
今日の体育祭はばあちゃんも誘っている。
こういう学校のイベントにばあちゃん、母さん、父さんが並んで見てたのは幼稚園の頃までだった気がする。
小学校の頃にはばあちゃんは別の場所で見てたし、連絡していたのは父さんだったみたいだ。
それをするのは今は俺の仕事。見に来てくれるならそれだけで嬉しい。
「ここが委員会控え室……おっわ、涼しい!」
競技場に到着して三階にある控え室に入ると、ものすごく涼しくて叫んだ。おあー、ここにずっと居たい~。
荷物を置くとドアが開いた。
「辻尾くん。おはよう!」
「内田先生、おはようございます」
「さっそく北口外受付のほう回ってくれる? もう人が並んでてすごいの」
「了解です」
俺は制服を脱いで体操服になり外に出た。そして北口のほうに走ってみる。
朝一番の感覚で今日の調子が分かるけど……うん、良い感じ、身体も軽い。
競技場三階からは下の道路が見えるんだけど、かなり並んでいる。
一般席はひとり招待状を持っていれば何人でも入れるし、日陰の席は限られているので、早めにこないと席が埋まってしまう。
ばあちゃんも早めに来られたらいいけど……と思って北口外に出ると、
「ういっす。陽都。お勤めご苦労さん」
「店長?! 来たんですか?!」
北口外、行列の一番前に、俺がバイトしてる店の店長がアウトドア用の椅子を置いて座っていた。
椅子にお茶のボトルがセットしてあり、日傘を差していて、バカンスにきたような余裕ぶりだ。
遠くから「なんかすごい人がいるなあ」と思ったけど、まさかの店長!!
店長は、スマホ画面を俺に見せて、
「綾子さんからコレ預かってるけど、これで入れるか」
「招待状……はい、大丈夫です」
「綾子さん日なたに長時間座らせられないから、誰にも任せられん。これは俺の仕事や」
店長は昔いろいろやらかしたらしいけど、うちのばあちゃんが見込んで救った人らしく、リスペクトが半端ない。
肩代わりした借金で家が買えるとばあちゃんは店長の背中をバンバン叩いてけど、何をしでかしたのかは知らないし、怖いから聞きたくない。
お勤めって、それって刑務所出てきた人に言う言葉じゃ無い? うーん、聞かなかったことしよう。
過去は何も知らないけど、俺にとっては第二の父さんみたいで尊敬できる人だ。
「ここら辺の席はずっと日陰です」
「了解や。そんでさあ……」
店長はツイツイと手を動かして俺を呼び、小声になった。
「(あの子も出るんか、紗良ちゃん)」
店長はこの前、写真騒ぎで吉野さんを救ってくれた。
その時に吉野さんがどうしてもお礼を言いたいということで、会わせたのだ。
店長はその時から吉野さんをすごく気に入っている。だから吉野さんがバイトしてる店もオーナーに「俺の知り合いの子やぞ」と言ってくれたみたいで、もう悪さはしないだろ……と言ってくれた。それは安心なんだけどさ。
俺は店長に一歩近付いて小声で、
「(出ますけど、知り合いなの、絶対秘密にしてくださいよ)」
「(そんなの分かってるわ。俺は妹が浮気されてるのを黙ってみてた男や」
「(……それは言ったほうが良かったのでは?)」
俺は少し呆れつつ笑ってしまった。
バイトしてることは学校のみんなも知ってるけど、どんな店なのかは秘密にしてるから、あまり話し込めない。
すぐに並んでいる人が招待状を持っているか、見せてもらいながら整列に入った。
学校の敷地だけじゃなくて、もう外にも人が並んでる。みんなを壁側に移動させていると、奥の方から吉野さんが走ってるのが見えた。
「辻尾くん! 一回どこかで人の列を折る必要があるわ。ポールが競技場の方にあるから持って来てもらって良い?!」
「了解」
俺は軽く走りながら競技場に戻ってポールを抱えて戻ってきた。
吉野さんが人を並ばせるのに適していると判断したのは競技場横の駐車場で、そこは今日は来賓用ということで使っていない。
列をそっち側に移動させて、ポールを置いて整列させた。
広めの駐車場なので、外に大量に出ていた人の列はキレイに収まった。
やれやれ……と思っていたら、実行委員用に渡されているスマホが揺れて『正面のがヤベーー』と連絡が入った。
俺と吉野さんは頷いて歩き出すと、後ろに車がとまった。
その車は黒塗りでかなり大きく、ニュースでよく見る偉い人が乗る車だとすぐに分かった。
助手席の窓が開き、美しい女性が顔を出した。
「紗良、おはよう」
「お母さん!」
助手席から顔を出しているのは、写真で見たことがある吉野さんのお母さん……
車から降りてきた花江さんはベージュのスーツはパリッとしていて高級感がありミディアムに整えられた髪の毛が美しい。
動きや身のこなしは丁寧で美しいのに気品があって……どことなく俺のばあちゃんを思い出していた。
そう……仕事をめっちゃしている女性特有の雰囲気がある人だ。
花江さんは運転手に向かって車を動かすように首をツイと動かした。
「さきに入ってて。私は歩いて入るわ」
「私も降りる~~~」
そう言って反対側のドアが開いて降りてきたのは、動画で見たことがある……妹の友梨奈さんだ。
俺の基準は全部吉野さんで悪いんだけど、吉野さんが変装している時によく似ている。いや、本音を言うと、そのものだ。
華やかさや目力、持っているものが圧倒的に強い感じ。吉野さんはそれをメイクで作り出してるけど、友梨奈さんは『天然』だ。
髪の毛はべージュに染めていて、胸元が大きく開いた服を着ていてミニスカートなのに下品さが無い。
「友梨奈も。朝から来てくれたの?」
「お姉ちゃんったら、起きたら居ないんだもん~~。何時に出て行ったの?! 夜明けと共に家を出るとか修行僧みたいだよ~~」
そう言って友梨奈さんは飛び跳ねた。
その明るさ……確かにあの動画の通りの人のようだ。
花江さんは一糸乱れぬまっすぐな黒い髪の毛を耳にかけて背筋を伸ばした。
「頑張ってね。お母さん楽しみにしてきたのよ。委員会も頑張ってるって話を聞いてるわ」
「良かった。今日は来賓席にいるの?」
吉野さんは花江さんと話し始めた。
その表情は今まで見た中でもダントツに『固い』。まるで刑務所にいるような厳しい表情で俺は少し驚く。
花江さんを見ながら髪の毛を耳にかけて、
「来賓席にいるわ。この前友梨奈とお付き合いを始めた
「可愛いでしょ? 最近のお気に入りなの。あ、藤間くんの車だー」
さっき花江さんが乗ってきた車が止まった所に、もう一台車が来た。
花江さんが乗ってきた車と同じ黒く大きな車の窓が開き、そこからスーツを着た初老の男性が顔を出した。
「吉野さん、おはようございます」
「あらまあ、藤間さん、おつかれさまです」
「どうもどうも」
初老の男性が挨拶すると、後ろのドアから高身長のスーツを着た男性が降りてきた。芸能人みたいにメチャクチャカッコ良い人だ。
そして笑顔を見せて友梨奈さんに駆け寄っていく。
「友梨奈さん!」
「わーい、たっくん、おつかれー!」
「あだ名で呼ばないで、ちゃんとお名前でお呼びしなさい、友梨奈!」
「いいんです、俺もふたりの時はユリッチと呼んでいるので」
「あらまあ」
そういって花江さんは笑顔を見せた。
「どうもおそろいで……こちらにいらっしゃると聞いて伺いました」
「校長先生、すいません、わざわざこちらにいらして頂いて」
「来賓席はあちらとなっております。会長も来られるそうです」
「あらまあ、わざわざすいません」
騒ぎを聞きつけたのか……うちの高校の校長が出てきて、花江さんと市議会議員さんは消えていった。
その姿を吉野さんはぼんやりと見守っていた。
美しい女性と、美しい男性、そして社会的立場がありそうな初老の男性と、吉野さんのお母さん。
そこには完璧な空間が広がっていて、和やかで優しくて……それを見て立っている吉野さんの表情は……どこも見ていない。
遠くを、この世界を、なんとなく俯瞰するような焦点が合わない目で、遠くをぼんやりと見ていた。
俺はその横顔を見て、そんなの絶対に違う、とただまっすぐに思った。
吉野さんはこんなことで卑屈になる必要がないくらいちゃんとしている人だ。
それに俺はあの高身長のイケメンさんみたいにスマートじゃないし、あんな風に女の人に接することは出来ないけど、それでも……吉野さんを大切に思っている。
俺は横にぼんやりと立っている吉野さんの手を強く握った。
吉野さんは俺のほうをハッ……とみた。
俺はもう一回、吉野さんの手を強く握った。
吉野さんは繋がれた手に今頃気がついて、繋いだまま、カクン……としゃがみこんだ。
引っ張り込まれるように、俺もしゃがむ。
吉野さんは地面に付けた繋いだ手を確かめるように強く、強く、握って、俺のほうを見て、
「……ありがとう、ぼんやりしてた。大丈夫だよ。出来ることをしよう」
そう口に出した瞳は、涙でうるんで見えたけど、それでも強くて。
俺はコクンと頷いて一緒に立ち上がり、正面口のほうに向かって走り出した。
なんとなく来賓席のほうを振り返りながら、あの親と妹、それに婚約者……なにより空気感。
逃げ出したくなるのも分かる……と思いながら走った。
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