第20話 その笑顔だけで

「それでは旗制作をはじめていきます」

「よろしゃーーース!!」


 クラスのお調子者、日比野ひびのがピョンピョンと飛び跳ねた。

 今日の三時間目と四時間目は学活で、旗を作る日だ。

 今日のために俺は数種類の水風船を駄菓子屋とオモチャ屋で購入した。 

 そして俺よりテンションが上がってしまった中園なかぞのと日比野が昼休みに延々と作って投げて、一番良い感じの商品を決定、俺が買ってきた。

 教卓の前に立っているのは黒いTシャツに黒いパンツを穿いた吉野さんだ。


「みなさん、大丈夫ですね? 汚れても良い服ですね?」

「おっけーでーす!」


 クラス中から声が上がる。

 今日は俺も夏の間バイト先で着ている黒いTシャツに、もっともボロボロなパンツを持って来た。

 中園も上下黒で、日比野は笑いを狙ってるのか、中学校の時の体操服だ。

 中園は手を叩いて笑い、


「お前、さすがに小さいだろ」

「育ってるな、俺。予想以上に小さくて腹が出るわ」

「見せんな!!」

 

 日比野が両腕を上に上げると貧弱な腹が出てそれを中園はチョップした。

 俺は作ってきたスライドをモニターに出す。

 すると吉野さんが丁寧に説明をはじめた。


「色彩を統一したほうがキレイなんじゃないかということで、青系統で作ります。中園くんと日比野くんが試した結果、投げつけると色の液体がドロドロとたれてしまうことに気がつき、だったら二階から水風船を落としたほうが良いのではないか……という結論に至りました」

「天才っしょ!」

 日比野は親指を立てた。

「な。俺たち昼休みに検証したからさ」

 中園も偉そうに胸を張る。

 いや……水風船を延々作ったのは俺と吉野さんなのだが?

 それをすべて壁に投げつけて用務員さんに怒られたのも俺たちなのだが?

 でも「水が垂れるってことは、色も垂れるから、それってダサくね?」と気がついたのは中園だった。

 本当にその通りだと俺と吉野さんは気がつかなかった。

 そして吉野さんが方法を思いついた。

「なので投げつけず、中庭に布を設置して、二階の理科室から水風船を落とすことにしました。思った所に落ちなくても、それも味かな……と思います。とりあえず色を付けてない水風船を落としてみましたが、良い感じに割れます」

「はやくやろうぜ!」

 クラスのみんなはウキウキと教室を飛び出して専門棟のほうに向かった。

 専門棟は広めの中庭に接している。そして理科室の蛇口もストレートだった。

 細口で公園のものより水風船を差し込みやすく、実験中俺と吉野さんは目を合わせて微笑んでしまったくらいだ。

 公園の少し太めの蛇口で散々水風船を割った吉野さんは涼しい顔で、水風船をひとつ取りだして、

「ではこれを蛇口にセットしてください。割れやすいので注意してください。割れてしまったらもう使い物になりません」

 と冷静に言っている。俺とふたりの公園ではあんなにパニックになっていたのに。

 そんなことを知っているのが楽しくて嬉しくて仕方がない。

「ちょっと吉野さん、これめっちゃむずくない?!」

 クラスの女子に呼ばれて吉野さんが駆け付ける。

「入り口を少しだけ広げて……水を数滴いれるだけでも扱いやすくなりますよ」

「あっ、本当だ。やだ吉野さん、こんなことも完璧にできるの?! さすが!!」

「いえいえ、辻尾くんや中園くんたちと作って練習しただけです」

 そう言って吉野さんは俺のほうを見て目を細めた。

 俺は静かに頷いた。練習したのは間違いない。

 俺は作業しながらあの日のことを思い出す。


 ふたりで練習した時、水風船が割れすぎて、俺も吉野さんも履いていた靴がビショビショになってしまった。

 俺はバイト先で靴を変えてるから、学校の革靴のままだった。

 革靴の中に水が入ると、きゅるきゅる言うんだな。

 靴下が濡れた状態で、革靴の中で足が少し動くと、そんな音がすること、俺も知らなかった。

 吉野さんがそれを横で聞いて「辻尾くんの足下から、変な音がするんだけど!」って笑ってた夕方、すごく楽しかった。


 吉野さんは理科室の黒板の前で色水が少しだけ溶いてある数個のビーカーを見せた。

「水風船を作ったら入り口を塞がず、ここにあるスポイトで色を取って、少しだけ水風船に入れてください」

 説明してるけど……みんな水風船を作る作業で大騒ぎだ。


「えーー?! ちょっとまって、全然水が入れられないんだけど!!」

「取った瞬間に割れた?!」

「ねえちょっと落ちた! 落ちたのってもっかい使えるの?!」


 慣れてない子(そもそも女子はみんな爪が長く、理科室の蛇口に水風船を付ける時点で破壊者多数)たちを、昔水風船でブイブイ言わせていた男子たちが助ける状態で、準備を進めた。数個出来てきたタイミングで吉野さんは窓際に立ち、下を見た。

「今回の旗制作で、平手くんがアイデアを出してくれました。最初に濡れないように油性インクで書いてテープでマスキングしておけば上から水風船落とした時に文字が出るんじゃないかって」

「おおおーーー! それかっこいいじゃん?!」

 クラスメイトたちが平手に向かって拍手する。

 実は水風船で実験していたときに、俺たちのところに平手が来て「先にクラス名だけ大きくマスキングしたらどうかな? そしたら上から書くよりかっこ良くなると思う」と言ってくれたのだ。ナイスアイデア!

 俺たちはとりあえず水風船投げつけて、その上からペンキとかで書けばいいじゃん? と思ったけど、マスキングか~。

 平手は美術部ということもあり、布が色に浸食されない液体? でクラス名を大きくマスキングしてくれた。


「ねえ吉野さん、もう投げて良い? 投げたい!」

「私もできた!」

「俺も!」


 準備できた子達ができあがった水風船を持って窓際に来た。

 そして窓の真下にある布向かって投げると、水風船は布の上でポシャンと割れて色水が広がった。

 それは水滴のように大きく、薄い水色ですごく可愛かった。

 落とした女の子は目を輝かせる。


「すごい!! めっちゃ可愛くない?! 動画撮りたいんだけど!」

「授業中なので、スマホの利用は許可できないです。でも委員会の辻尾くんが撮影しているので、それをあとで貰うことは可能だと思います」


 その言葉に俺は無言でコクンと頷いた。

 実はさっきからスマホで動画を撮影している。委員会特権というか、記録動画を残そうと思って。

 体育祭が終わったら、こんな風に作りましたよ……と動画が残っていたら良いと思ったんだ。

 クラスの女子たちが順番に投げ始めた。

 

「じゃあ投げるよ! はあああ??? そこじゃ無いっつーの!」

「布からはみ出してるじゃん」

「えーー?! もう一回、もう一回あり?!」

「ひとり三個まで投げられると思います」


 吉野さんがもうひとつ渡すと、クラスメイトの女子はそれを笑顔で受け取って次のを作り始めた。

 俺はただ黙ってカメラを回す。みんなが投げている動画を、なにより、それを見て微笑んでいる吉野さんを。

 ……というか、気を許すと吉野さんばかり撮影してしまうので、あとで編集しよう……。


「やだ、めっちゃ可愛くない?! もうすでに良い感じなんだけど!」

「あれさ、割れた水風船の部分に色が入らないから、ちょっとねえ、一回とめて、中庭でゴミ拾わない?! そのほうがきれいにできない?!」

「いいな!」


 クラスメイトたちは作りながら自然とテンションを爆上げさせていき、団結していった。

 一時間終わる頃にはみんな二個目を投げ終わっていた。なので皆で中庭に降りて飛び散った水風船の破片を集めた。

 掃除している間に少し乾燥させたほうが味もでるのかもしれない。

 近くでみると、青色に絞ったこともあり、美しいしずくが何個も落ちてきた模様が広がっていて、すごく良い感じだった。


「……きれいですね、雨が箱庭に集まったみたい」


 振り向くと吉野さんがゴミ袋を持って立っていた。

 俺は手に持っていた割れた風船をそれに入れて、スマホカメラを立ち上げた。


「吉野さん。現時点での状況を旗の横で語ってください」

「あ、はい。分かりました。理科室から水風船を落として30分。えっと、旗はたくさんの色水の雨がふってきたように彩られて……本当に美しい仕上がりだと思います」

 

 俺は無言で布の横に座るように示すと、吉野さんは戸惑いながら、それでも笑顔で布の横に座ってにこりと微笑んだ。


「……はい、オッケーです。作業に戻りましょうか」


 俺は録画を止めて、吉野さんと共に理科室に向かって歩き始めた。

 横を歩く吉野さんに一歩近付いて、


「(実は今の俺のスマホ。記録関係ない。個人的に撮影しちゃった)」

「!!」


 俺がそう言うと吉野さんは階段を上りながらギュインと俺の方を見て、こっそりと口を尖らせた。

 撮りたかったんだ、そんな吉野さんを。

 外面で頑張る素顔の吉野さんを。

 絶対誰にも見せないし、俺だけの秘密だ。

 少し乾くのを待ち、三個目を投げ、数日乾燥させてマスキングを取ると……そこには色とりどりのしずくの中に浮き出す2-Bの文字。

 すごくかっこ良くて良い旗になった。

 あとは本番を迎えるのみ!

 

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