第482話 正当なる王の剣

【東京都千代田区 首相官邸前】


「ふふふ……ふははははははは!ようやく相見えること、叶ったな。山中竜太郎よ。始まりの竜よ!!」

アレス神は笑いを堪えられなかった。敵の実力は前回、梅田ダンジョンで把握している。山中竜太郎は確かに強いが、今の疲弊したアレスでも油断しなければ勝てる。奴を殺し、首相官邸を破壊し、日本国民に絶望を植え付ける事が出来る。タコツボの復活は叶わなくなるのだ。そんなアレスの感銘も、敵手には伝わらなかったようだった。

官邸前の、破壊し尽くされた区画を舞台に山中竜太郎とアレス神は対峙する。

「僕もお前と会える日を待っていた。ゼウスに代わってその首を切り落とすためにだ。お前が馬鹿を始めなければそもそもこの世界が今の形になることはなかった。だがそれは結果論に過ぎない。お前にはしでかしたことへの責任がある。今ここでそれを果たせ」

「責任?ははは。そんなものは弱者の戯言に過ぎぬ。強き者がすべてを得るのがこの世界の本来の姿!!だから我らがすべてを取り戻すのだ」

「ならばこの世界の正常な姿を壊そうとしているのはお前たち円卓の方じゃないか?何しろもっとも強いことを証明したのはゼウスだからな。彼が地中海世界を力で征服したからこそ今の秩序がある。この世界は強さによって打ち立てられた。お前たちは不満をわめきたてているだけだ」

「平行線だな。いいだろう。あなたと私。どちらが正しいか証明してくれようぞ。この女を始末した後でな!!」

アレスは槍を振り上げた。狙いは倒れている闇の女帝。山中竜太郎の投石紐で阻止することはできない。先ほど撃ち込まれた弾は強力な魔法弾であったが、アレスの盾を突破するのは難しい。

それでも、敵手は態度を変えない。ただ、制止しただけだ。

「僕の生徒を傷付けるんじゃない。やるなら僕だけを狙え。さもないとお前は死ぬ」

「ほう?面白い。やれるものならばやってみるがいい」

「―――いいだろう。やってやろう」

その言葉を怪訝に思った時には既に、アレスの右腕は槍を振り下ろすところだった。

対する竜太郎が左腕の腕時計の中からのは、黄金色に輝く青銅製の剣。以前梅田ダンジョンで見たのと同じものなのが、戦神であるアレスには分かった。その輝きが、以前とは比較にならぬほどのものであることも。

一瞬でも躊躇していれば、本当に山中竜太郎の言葉通りになっていただろう。恥も外聞もなくアレスは、闇の女帝を貫くのをやめて防御に注力したのである。

それが、命を救った。

青銅の剣の輝きが最高潮に達する。光が伸びる。刃となった輝きが、

「―――ぬううおおおおおおおおおおおおおおお!?」

圧倒的な破壊力が、廃墟と化した官邸の南側を薙ぎ払っていく。真正の神にも等しいエネルギーが盾にぶつかっていく。これは何だ。一体何が起こっている!?

我知らず後ずさるアレス神。山中竜太郎の剣の輝きは、この神を三歩後ずさらせた時点で収束。消滅していく。

「な……その剣は一体?」

無意識のうちに漏れ出した疑問へ、敵手は答えを返した。まったく予想もしなかった名前を。

「―――正当なる王の剣エクスカリバー。それがこの剣のもっとも知られた名だ」

イシン王山中竜太郎は、高らかに宣言した。


  ◇


「馬鹿な……エクスカリバーだと!?」

エクスカリバー。中世ヨーロッパの伝説的な王アーサーが所持していたという魔法の剣である。アーサー王は百本の松明にも等しい輝きを放つこの剣を手に、470人のサクソン人を切り払ったとされる。その逸話通りの代物であるならば今の威力の説明は付くが、何故そんなものを山中竜太郎が。

「エクスカリバーは神に認められし正当なる王のために鍛えられた剣のはず。何故それをあなたが使えるのだ!?そもそもどうしてそれを手にしている!!」

「どちらも簡単に答えられるな。僕はニンスンの夫として、今もイシン市の正当な王位にある。何しろメソポタミアの神々からもお墨付きがあるからな。こいつを扱う資格は十分だ。梅田ダンジョンでお前と戦った時はまだ王じゃあなかったから力を引き出すことはできなかったが。そもそもこいつの素性を知ったのは6000年前の世界から帰って来てからだよ。雛子ちゃんが思い出したからな。

ここで第二の疑問への答えだ。こいつを雛子ちゃんが持っていたのは、こいつを鍛えたのが雛子ちゃんだからだよ」

「―――!!」

「彼女は無数の名前を持ってる。ユーラシア大陸だけじゃなく、世界中をほっつき歩いてたと言っていたよ。黒海東岸にもいた。アーサー王伝説の原型となったのはローマ時代、その地域から傭兵としてブリテンに渡った人々の神話だった。それこそがナルト叙事詩。その主人公ともいえる英雄バトラズの剣の元になったのが、こいつだ」

「なんと……」

「お前が200メートルならこいつでもパワー不足だったろうが、今のお前なら殺せる。

さあ。それでもまだやるか?僕の生徒を殺そうとするなら、それだけで大きすぎる隙だ。存分に突かせてもらう」

アレスは、三歩離れた闇の女帝へ目を向けた。踏み込み、槍を突き立てる。あるいは槍を投げつける。どちらにせよ大きな隙だ。山中竜太郎の技量ならば間違いなく突けるだろう。闇の女帝を仕留めるのは諦めるより他はない。

じりじりと、山中竜太郎は横に位置取りを替えて行く。アレスもそれに合わせた。視界の隅で男装の少女が闇の女帝を担ぎ、去っていくのが見えた。山中竜太郎の仲間か。今はどうでもいい。敵を倒さねばならぬ。

遠くからヘリの音が聞こえてくる。兵士たちの気配。戦闘用車両。自衛隊か。山中竜太郎の援軍が近付きつつある。自衛隊だけならばアレスの敵ではないが、山中竜太郎と組み合わされば話は別だ。時間はあまりない。

アレスは、前へと踏み込んだ。

二発目の輝きを突き出した盾で防ぐ。輝きを肉薄。槍を突き出す。はずれた。いや、いない!?輝きで目をくらましたこちらの側面へ回り込もうという動きを察知したのは気配からではない。長年の膨大な戦闘経験故だ。ほとんど予知能力ともいえる勘に突き動かされるままに剣を受け流す。この期に及んで気配を感じない。力でも運動能力でも神であるアレスが圧倒的に上だが、山中竜太郎にはそれを補う隠形の技とエクスカリバーがある。援軍が来る前に勝負を決めねば。

だからアレスは突っ込んだ。再び輝き。盾で防ぐ。槍を振りかぶる。狙いは山中竜太郎ではない。巨大な衝撃波を作り出す。それですら敵手は躱すだろうが構うものか!!

強烈な衝撃波が、周囲を薙いでいった。

梅田の時。山中竜太郎は衝撃波の隙間に潜り込んで攻撃をやり過ごした。今度もそうだろう。神経を研ぎ澄ませる。周囲の地形から生じる隙間を推定する。そこだ!!

突き出した槍は、剣によって受け止められた。この戦いで初めて、真正面から。二発目。三発目。もはや逃れることはできない。踏み込みながらのアレスの連続攻撃は十八連撃にも及んだのである。同じ数だけの防御が行われ、終いには山中竜太郎は十メートルも吹っ飛んだ。見事な受け身で身を守ったものの問題にはならない。転がったショックで剣を取り落していたから。

ダメージを負った敵手へ、アレスはゆっくりと歩み寄った。もう体力は限界に近い。

「見事であった、山中竜太郎よ。人間でありながらここまで戦うとは」

「賞賛には少し気が早い。まだ決着はついていないぞ」

「この体勢で何かできるつもりか、あなたは」

「まあ僕には無理だな。けれど僕には優秀な助手がいてね。彼女ならうまいこと連絡を取り合って誘導してくれてるはずだ。自衛隊をね」

「―――!?」

竜太郎の視線を追ったアレスは、自分が犯した致命的なミスに気が付いた。飛来した戦闘ヘリコプター、AH-1 コブラより発射されたBGM-71 TOWの姿に。もはや回避の余地がない事実に絶句。自分もろとも死ぬ気なのか、山中竜太郎は!?

そこまで思考が進んだ段階で、ミサイルは矢除けの加護を突破すると命中。アレスは爆発に呑み込まれた。


  ◇


「……いてててて……」

竜太郎は、何とか身を起こした。受け身を取ったとはいえ吹っ飛ばされたのは危なかった。その後のミサイルは更に危なかったが。

左手の腕時計を見る。そう偽装された、エクスカリバーの鞘を。

アーサー王伝説にはこうある。エクスカリバーは剣本体よりも鞘の方が重要だ。鞘を持つ者はいかなる攻撃を受けても血を流すことが無くなるという。もちろん限度はあるにしても、自分を狙ったわけではない対戦車ミサイルの爆発から持ち主を守ることはできたのだ。竜太郎はそこまで読んだ上でファントマに指示を下していた。自分が囮となるから、自衛隊にTOWでアレスを攻撃させろと。

竜太郎は立ち上がると、ヘリを一瞥。かなり遠い。そちらへ手を振った後、敵を探した。投石紐を構える。探し物はすぐに見つかる。

転がっていたのは、アレスだった。身体の大部分が木っ端みじんに砕かれている。胸より上の部分しか残っていない。それでもまだ、生きてはいるようだった。今なら、魔女特製の弾丸を撃ち込めば死ぬだろうが。

相手へ告げる。

「どうだ?人間風情にしてやられた感想は」

「……くくく……見事。実に見事である……こうもあっさりとやられるとは……」

話す間にも、アレスの肉体は崩れ落ちて行く。手を下さずとも命は尽きるであろう。

「もうすぐタコツボが復活する。大ダコも滅ぼされる。日本での勝利の事実が広まれば、世界中の人々が希望を持つだろう。そうなれば巨神戦争ギガントマキアは終わりだ。後始末は大変だろうが」

「ははは……生命を奪ったところで無駄だ。私が死ねば幾つもの災厄がこの都市に降りかかるよう手配しておいた。我が命を贄にして」

「何……!」

「戦いは二手三手先まで読んで行うもの。勝負はまだ終わってはおらぬ。

ではさらばだ……我ら円卓最大最強の敵手、山中竜太郎よ」

そしてアレス神は、さらさらと完全に崩れて消失した。あとに呪いの言葉を残して。

「……クソ!二手三手先まで読むだと?死んでも生き返れるから自分の命を粗末にできるだけだろう!!卑怯者め」

敵が打った次なる手に対処しなければならない。

悪態をついた竜太郎は、転がった青銅の剣を見つけ出すと拾い上げた。

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