第459話 奥歯のスイッチを入れろ

巨大なパワーが、四車線分の幅を持つ陸橋を崩落させた。

神戸北署前の坂の先はそのまま大きな陸橋になっている。その下の長田箕谷線は片側2車線の幹線道路だが、もし平時であれば大惨事となっていただろう。大地震によって車が一台も通っていないことが幸いした。

破壊を為したのは、神を名乗る兄弟の一方が振るった槍である。

一閃するごとに生じる衝撃波はそれだけで軍勢を薙ぎ払える威力。そんなものを二人がかりで振り回しながら攻め立ててくるのだ。並みの妖怪であれば最初の一撃で塵と化していたに違いない。

東慎一は並みではなかった。形態転換フォームチェンジ時のバリアーを駆使し、あるいは補助サブカードの機能に頼り、あるいは重装甲で耐え、あるいは回避することで攻撃を凌いでいたのだ。神々を相手に。それどころか反撃にさえ出た。

腰から抜いた銃が、強烈な光弾を立て続けに放つ。

驚愕すべき光景はそこからだった。

恐慌デイモスに命中する。と見えた弾丸は静止。一発だけではない。何発もの銃撃が無効化されていたのである。

勝ち誇る神。

「ふはははは。どうした。私たちの首を晒すのではなかったのか!!」

「ふん」

東慎一の動きにぶれはない。冷徹に何手も先を読みながら戦っている。形態転換フォームチェンジを駆使した戦いとはそういうものだったから。

補助サブカードの挿入と共に、再び形態転換フォームチェンジ。生じたバリアーが敗走ポボスの槍を受け止め、それどころか押し返す。

「大したものであるな!!その防壁バリアーがなければお前はとっくに死していたであろうよ!!」

「だろうな」

野獣形態ランペイジ形態の軽快さを生かして転がる。そのまま跳躍して距離を取る。銃をもう一方の相手に向ける。

「ははは、まだ分からぬか、そんなものは我らには効かぬと。矢除けの加護を貫くことなどできん!」

相手の言葉を無視して引き金を引く。発射されたは、見事恐慌デイモスの甲冑に食い込んだ。

「―――何ぃ!?」

「相手を舐めるからそうなる」

ショックガンモードに切り替わった銃口から強烈な電流が発せられた。人間どころかアフリカゾウでもショック死するほどのパワーが、銃口から伸びるワイヤーを伝わって恐慌デイモスに流れ込む。

矢除けの加護は、攻撃者の手を離れた武器のみを対象とする。もちろんつながったままのワイヤーを阻止することはできない。

ワイヤーが切り離される。銃を腰に戻し、レーザーブレードを引き抜く。走る。狙いは敗走ポボスだ。

近接戦闘では残念ながら勝ち目はない。野獣形態ランペイジフォームではパワーが足りない。倍力形態パワーフォームでは動きが鈍すぎる。他の形態のどれもあと一歩が足りない。だから使うのは新しいカード。山中竜太郎に敗れる以前までは白紙だったそれは今、はっきりと絵柄が描き込まれている。使えるのだ。ベルトに挿入する。バリアーが発生した。敵の投げつけてきた槍を弾き返す。バリアーを通り抜ける。形態転換フォームチェンジが終わる。姿はたいして変わらない。基本形態の各部の装甲が展開し、内部機構が露わとなっただけだ。最も異なるのはベルトの形状だろう。より大仰なデザインへと変化していたのである。

東慎一は、ベルトに生じたスイッチを入れた。急速に周囲の動きが遅くなっていく。大気抵抗が極大化していく。まるで水中。いや、水あめの中にいるかのように動きにくくなっていく。ただでさえ暗い夜の闇がさらに深刻になっていく。体が軽くなり、浮かび上がりそうになる。足の裏をしっかりと吸着させる。敵神たちがスローモーションのように遅くなる。そうやって、音速を超える。更に早くなる。もはや誰も追いつけない。

東慎一は、3000倍速の世界にいた。加速形態アクセルフォーム。ごく短時間だけ超スピードで動くことを可能とする形態だ。

敗走ポボスの表情が驚愕に変わっていく。見えているらしい。さすがは神か。だが追いつかせない。

レーザーブレードが、胴を薙いだ。

火花が散る。傷はほとんどついていない。だが無傷でもない。ならば何度でも何十回でも切りつけてやろう。こいつが死ぬまで!!

巨大な慣性を制御する。加速形態は早すぎて急には止まれない。足が滑る。動きも繊細さを欠く。それでも二度。三度。動ける限り切りつける。相手に与えるダメージも増えて行く。何度も切りつけられた敵の生身の部分が大きく切り裂かれる。対応しようとしているようだが間に合わない。こちらの方が早い。

苦心の末、目に致命的な一撃を突き入れようとしたところで。

真横から飛んでくる槍の存在に、東慎一はようやく気が付いた。もう一方の敵神、恐慌デイモスが投じたものがようやく届いたのだ!!

槍をかわそうとする。足元が。上手く動けない。攻撃を諦める。レーザーブレードを地面に突き立てる。速度が大きく変化した。つんのめる。ようやく槍の軌道から離れる。

そこで、時間切れだった。加速形態アクセルフォームが解除され、基本形態ベーシックフォームに戻る。

東慎一は勢いのまま地面を滑り、レーザーブレードの制動でようやく止まった。

その視線の先では全身を切り刻まれた敗走ポボスと、そしてやや離れたところで跪く恐慌デイモスの姿が。

奴らの傷は浅くないが、こちらも消耗は極めて激しい。3000倍もの速度で動いたのだから当然のことだ。

だがその価値はあった。こうする間に、三井寺雪たちはタコツボを運び出せるに違いないから。

しかしまだ安心するべきではなかった。何故ならば敵は戦闘力を失ってはいなかったからである。

「おのれ……確かに大口を叩くだけのことはあると認めよう……っ!」「人間でありながらそれほどの力……どうやって手にしたというのだ」

ゆっくりと立ち上がっていく恐慌デイモス。全身の負傷をものともせずに次なる槍を構えた敗走ポボス。その威圧感が膨れ上がっていく。

「もはやお前を雑兵とは侮らぬ……っ!」「故に我らの最大の神力を持って葬り去ってくれようぞ……!!」

恐慌デイモスが前に出た。敗走ポボスが飛び下がる。何をする気だ?

そう思ったのも一瞬。距離感がおかしくなった。恐慌デイモスが二歩目を踏み込む。ようやく理解する。大きくなっているのだ。三歩目で身長が10メートルを超えた。強烈な蹴りが東慎一を吹き飛ばす。それでも巨大化はまだ止まらない。30メートル。50メートル。80メートル。100メートル。

そこまでたどり着いた段階で、ようやく恐慌デイモスの巨大化は終了したのである。―――身長100メートルの大巨人!!左右に住宅街が立ち並ぶ四車線の幹線道路も、この巨体を前にしてはあまりに小さすぎる。その事実を確認したときには東慎一はまだ放物線の頂点を通り過ぎたばかりだ。落下する。勢いのまま、道路のど真ん中に墜落。何度もバウンドしてようやく止まったのである。

敵を見上げる。恐慌デイモスの向こうには同じく100メートル、高層ビル並みになった敗走ポボスの姿もある。まずい。恐慌デイモスが足を振り上げた。

それは、一直線に振り下ろされる。東慎一目がけて。

腕を伸ばす。奴らに対抗する手段は一つしかない。しかしこれでは間に合わない!!

そう思った時、道端に乗り捨てられていた軽自動車の。トリニティのドアだ。その向こうから聞き覚えのある声と共に、細長い機械が飛び出してくる!!

「これを使え!!」

叫ぶゴンザの姿を認めた東慎一は、それを掴み取った。

手にした玩具を掲げる。スイッチを入れる。そして、叫ぶ。

「   !!」

足元から―——世界の裏側から、手が。とてつもなく巨大な、破壊の化身の左腕が。

それが、東慎一の全身を。姿を覆い隠す。

『ぬ―――ぬおおおおおお!?』

踏み付けた足を恐慌デイモスがバランスを崩した。巨体故のスローモーションがごとき動きでのである。

そうする間にも異変は終わらなかった。腕がさらに上がった。肘が露わとなり、その隣から頭部が出現し、肩までが現れ、胸部。腹部。腰部。脚部に至るまでが昇ってくる。

ほんの一瞬後には、それは顕現を終えていた。

巨人であった。

全身をダークブルーの皮膜とプロテクターに覆われた巨体はスマートで、なおかつ力強い。均整の取れた美しい肉体である。頭部は装甲で守られ、バイザーの奥に双眸が輝いていた。

これこそが東慎一のもう一つの姿。全高80メートルの輝ける巨人なのだ。

危地を脱した巨人は、腕を振りかぶると、ストレートのパンチを繰り出した。

核爆発もかくや。という超エネルギーが、恐慌デイモスの胸板に直撃する。体格では二回りも東慎一を上回るこの神は直撃を喰らって後ろに吹っ飛び、兄弟を巻き込んで道路にのである。

夜の市街地を睥睨し、百メートルほどの距離を隔てて敵と対峙する東慎一。いや、輝ける巨人。

神と人の戦い。その第二ラウンドが始まった。

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