第175話 ドラゴンスレイヤー

巨大な尾が、振り回された。

バスにも匹敵する太さのそれを竜太郎は。剣を突き立てる。空中で投げ出されるのを阻止した。

そうしてぶら下がったまま、勢いが停止する一瞬を待つ。走り出す。巨大な龍の蛇体上を。

龍は竜太郎を振り落そうとするがうまくいかない。奴の敵は竜太郎だけではない。四方八方から火炎を投げつけ、あるいは風で攻撃し、雷を放つ三名の天狗がいる。彼らは巧みに飛行の機動力を生かして的を絞らせない。胴体上にいる竜太郎が降り落されないのもその援護があってこそだ。

再び龍が。うねる巨体に剣を突き立てて耐える。龍も生き物である以上動きが止まる一瞬が必ずある。そのタイミングでまた竜太郎は走る。目指すは龍の喉元。そこには急所があるはずなのだ。

何度目になるか分からないタイミングで、剣を突き立てる。振り落とされるのを避ける。鱗を掴む。龍はこちらを厄介者と認識しているはずだった。しかし手は届かない。雷の吐息も。そこで竜が息を吸い込んだ。対する天狗たちは散開。構わず龍は吐息を放つ。凄まじい衝撃の余波が竜太郎にまで襲い掛かる。鱗を掴んだ手を放してしまった。剣が鱗を切り裂く。ずり落ちそうになる。鋭すぎるのだ!

地上までは遠い。しかし死ぬほどではない。そこでダメ押しとばかりに龍の体がくねった。とうとう剣が耐えかねたか、抜ける。落下。五点着地。転がる。そこへ振り下ろされてくる巨大な掌。それに向けて竜太郎は剣を突き上げた。命中。もちろん一瞬たりとも支えることなどできない。間一髪、柄が地面にめり込んだ。つっかえ棒となった剣の刀身ぶんの距離だけが開いた地面と掌の間を転がって抜け出す。剣を失った。真上からは竜がしている。走っては間に合わない。逃れるすべはない。

だから竜太郎は、先制攻撃を行った。投石紐を一瞬で準備すると、敵の急所に向けて石を放ったのである。

それは見事、龍の喉元。一枚だけ逆さになった鱗を突き破ると、その奥の柔らかい組織まで破壊したのである。


―――GGGGGYYYYYYYYAAAAAAAAAAAAAA!?


絶叫が上がった。

龍が大きく隙に走り抜けた竜太郎は大きくヘッドスライディングの体。すぐさま起き上がると背後へ向き直った。

ゆっくりと横倒しになっていく龍の巨体。それで終わらない。その場で大きく胸板をかきむし周り、体をくねらせて周囲を破壊し、地面を転がって苦痛を紛らわせようとしたのである。さしもの竜太郎もたまらず走り、安全圏まで転がり出た。

そうして地形に身を隠した彼は、ようやく龍に振り返る。

その時にはすでに、龍は事切れていた。

敵の撃破を確認した竜太郎は、ゆっくりと立ち上がる。

危なかった。竜太郎が撃ち抜いたのは逆鱗。龍の喉元に存在する逆さの鱗で、最大の弱点と言ってもいい器官である。敵もそんなことは分かっていたから常に頭を下げて喉に直接攻撃できぬように構えていた。だからこそ奴は、飛べるのに飛ばなかったのである。撃ち抜くためには竜太郎のようにギリギリまで真下に接近するしかなかったのだ。

龍殺しの成し遂げられた瞬間であった。

「見事であったな!山中竜太郎よ。お主の武功、この前鬼がしかと見届けた!!」

上空を見上げれば天狗たちの姿。彼らは三人とも無事だったようだった。

「助かりました!御恩は忘れません」

「はっはっは!気にするな。今の我々は戦友よ。また機会があれば酒を飲み交わそうぞ!」

そうして、前鬼は今風の行動をとった。ウィンクし、親指を立ててサムズアップしたのである。竜太郎も同じように親指を立てた。

そして竜太郎はずっと向こうに見える古墳に目をやった。あちらでも戦闘がすでに発生しているようだ。助けに行かねば。

そこで、竜太郎は体に力が入らなくなっている事実に気が付いた。跪く。今度こそ体力が限界に達したのだ。

「休んでおれ!限界であろう」

「ご厚意に甘えさせてもらいます。回復したら必ず追いかけます」

「うむ。その意気やよし。

では我らはあちらを助けてくるとしようか!」

飛び去って行く天狗たちを見送り、竜太郎はその場にひっくり返った。次に何を植えるのかは知らないが、戦いで畑の土はふかふかになっている。龍が暴れたせいだろう。布団代わりと言えないこともない。

そうして、竜太郎はしばし体を休めた。


  ◇


【奈良県桜井市 JR巻向駅】


やけに駅前は混雑していた。

夜。1時間に一本しかないような電車から降り立ったのは五人ほどのグループである。幼い子供もいれば頭の禿げあがった老人、妙齢の女性もいる。彼らが一つしかないホームから外に出ると、東の方からどんどん人がやってきているのだった。車も一方向に移動している。

彼らは一様に何かに急かされたかのように動いていた。たった今出ていった電車もほとんど満員だったのだ。

「マジかよ……!」

もう秋だというのにアロハシャツを着てサングラスをかけた若者はそうつぶやくと絶句。彼には見えていたのだ。東の方でそそり立つ、二体の巨大怪獣が。他にも多数の翼持つ人影が飛び交い、火炎や雷が時折光った。

「急ごう。助けなきゃ」

「待て待て待て。その前に最終確認だ。どれがどこから来た連中か確認しようぜ。さもないと同士討ちになる」

駈け出そうとしたセーラー服の少女を全身で止めた若者はスマホを取り出した。他の四人もそれを覗き込む。

「古墳で陣取ってるのは神戸コミュニティ、あっちで戦ってるのが比良山の天狗一族、他にもパラパラと参戦してるかもしれん、間違って撃つんじゃねえぞ」

「「応!」」

「よっしゃ。んじゃあ俺たちの参戦を書き込むぞ。いいな。―――よし。じゃあ出発だ」

五人組は、人の流れに逆らい戦場へと向かっていく。

二体の巨大妖怪が倒されるほんの少し前。彼らが、最初に現場に到着した奈良のコミュニティの増援だった。彼らだけではない。瞬間移動。自動車。自転車。徒歩。飛行。地下にトンネルを掘って。様々な手段で多くの妖怪や人間が各地から駆け付けつつあったのだ。この後続々と集まった彼らが戦闘に参加し、人払いの範囲は拡大を続け、壮絶な死闘は一晩中続いた。

最終的に暴れる百近い数の妖怪の大半は討ち取られ、ほんの数名のみが生け捕りとなった。逃げ去った個体はいてもごく少数。鎮圧側として参戦した妖怪は最終的に四百を数え、そのうち十数名と逃げ遅れた市民が二十人近く犠牲となり、戦いは幕を下ろした。近年稀に見る大戦おおいくさであった。

暴れる妖怪たちは強力だったが、インターネットや電話、自動車といったテクノロジーを最大限に活用し、電子妖怪のような現代に適応した妖怪たちを擁する鎮圧側は迅速な兵力の輸送や通信の優位によって被害を抑えた形となった。戦いの早い段階でリーダー格の二体の巨大妖怪が撃破されたのも大きかったであろうと見られている。また、現代に生きる妖怪たちの方が集団行動に秀でていたとも。「小学校卒の軍勢と無学歴の軍勢が戦えば小学校卒の方が勝つ。みんなで同じようにラジオ体操したり、列を作って移動出来るだろう?」とは後に戦いを評した竜太郎の言である。当の妖怪たち自身の意識では、どちらかというと組織化をあまり好まなかったが。

、最初から参戦していた神戸コミュニティは死者を出さずに終わった。

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