第128話 改造手術

【宇宙空間 空飛ぶ円盤内】


円盤の中は随分と広かった。空間が捻じ曲げられ、見た目より広いスペースが確保されていたからである。

その一室にウルフを繋いだ小男は、満足していた。何しろ目の上のたんこぶだった仇敵をようやく捕らえたのだから。

捕らえた男の腕に巻かれた機械を操作する。偽装が解け、本来の肉食獣に近い顔立ちが露となる。

スター・ウルフ。この人間に擬態していた宇宙人タイプの妖怪は、大気圏外を縄張りとする妖怪たちの間でも少しばかり名の知られた存在だ。いつも大事な時に現れては黒服たちの計画の邪魔をする、正義の味方気取りの厄介者。

「さ。これで一つ片付きました。もう一つの用事も済ませましょうか。

スミス。少女を手術室に。ドクターに伝えてください。実験材料が手に入ったとね」

「―――約束が違うじゃないか!彼女を助けると!」

「早とちりはいけまけんよ、スター・ウルフ。もちろん助けますとも。改造手術のついでにね。そうだ。新型の奴隷化チップの被験者にもなってもらうとしますか。この少女は我々の忠実な尖兵として蘇るのですよ。ああ、もちろん断ってもいいんですよ?その場合、彼女は死ぬだけだ」

「………!」

黙り込むスター・ウルフ。いい気味だ。

スミスが少女を運び出していく間にも言葉を続ける。

「あなたには聞きたいことがたくさんあります。帰還すれば、色々と話してもらいましょう。例えば……仲間のこととか」

「そう簡単に俺が口を割ると思うなよ」

「それは楽しみだ。あなたが自分から許しを請うまでどれだけのことを試せるか、今からワクワクしますよ。

さ、しばし待っていてください。そんなに長くはかかりませんが」

部屋を出る。スイッチを入れる。こちらを睨むウルフの視線が、扉の向こうに消えていった。


  ◇


【兵庫県三木市 美嚢大橋下】


「うわ……でっか……」

真理は、遮蔽スクリーンの中に潜んでいた機体に驚いた。めっちゃ大きい。いや普通の戦闘機より多分小さいのだが。

そしてどっかで見たようなデザイン。というかこれはあれでは。上から見下ろしたらたぶんAに似たような形状に見える。世界最大のゲーム機メーカーが発売しているシューティングゲームのシリーズの自機である。なるほどこれなら宇宙も自由自在に飛べるだろう。操縦できるのであればだが。見れば、主翼の片方がまだ完全には修理できていないのが分かる。だが大気圏離脱と再突入には問題ないはずだった。そのスペックがであるならば。

正少年がコクピットに入るのを手伝ってやる。後席に真理も飛び乗る。では単座だったはずだが、長いシリーズだ。複座バージョンの機体もあるのかもしれない。

そして目の当たりにした中身は、初めて見る代物だった。それはそうか。そもそも原作では描写されていない範囲はたくさんあるが、それも存在していなければおかしいのだから。

だから問題は。

「やば……やっぱり動かし方、全然分からん……」

ゲームパッドで動かせるのであれば真理でもたぶん大丈夫だったのだろうが、操縦桿やフットペダル、レバーを操作して。となると絶対に不可能だ。やはり持ち主から操縦を習ったという正少年に頼るしかあるまい。

そしてもうひとつ。

電子機器の気配が、この機体からはしない。後から増設されたらしいハードウェア一式を除いて。恐らくこれは普通に購入された通常のコンピュータだろう。

やはり、機体そのものがある種の妖怪なのだ。恐らく、先ほどの空飛ぶ円盤も。

そこまでを確認した真理は覚悟を決めた。損傷した機体で、動かし方を習ったとはいえ子供の操縦でMIBメンインブラックたちを追いかけるしかないと。

「ねえ。大丈夫?」

「たぶん。なんとかなるよ」

「分かった。信じる」

機体がゆっくりと動き出した。地面からわずかに浮遊し、前進し始めたのだ。橋の下からでなければならない。

そうして、遮蔽スクリーンの外に出ると。堤防の上では、正の両親が立っていた。見送りなのだ。

「お父さん。お母さん。行ってくる」

「絶対に帰ってくるんだぞ!」

「うん!」

正少年は親とそれだけをやり取りすると、キャノピーを閉じた。外部空間とコクピットが遮断される。

「さあ。お前のご主人様を助けに行こうな」

少年の手で撫でられた機体は、コクピット内に光のラインを走らせた。まるで呼応するかのように。

レーダーの中央には目指す場所の輝点。ウルフの位置をそれは示しているのだ。従えば必ず、たどり着くことができるだろう。

「行くよ」

「分かった。お願いね」

真理に対して頷き、そして正少年はレバーを引いた。機体が加速を開始する。川沿いの低空を加速していった機体はやがて臨界に達すると機首を上げ、そして大空へ飛び立った。


  ◇


【空飛ぶ円盤内 手術室】


日高法子はまどろみの中にいた。多分これは夢だ。そうでなければおかしい。何しろ法子の体はバラバラにされていたのだから。

切り開かれ、中身が空っぽの胸郭。撃たれて背骨ごと中身のなくなった腹部。取り出された心肺。切断された腕や脚。そして毛を刈り込まれた頭と中から取り出された脳みそ。それら全てが、。接続されたカメラによって。

金属製のフレームに支えられた肉体はたちまち作り変えられていく。チップを差し込まれた脳が頑強な外殻シェルに包まれる。機械でできた頭蓋に組み込まれる。金属の背骨が繋がれ、様々な人工臓器が肋骨フレームの内側に収まる。骨盤。四肢。全部作り物だ。そこに歯車とワイヤーからなる筋肉が張り巡らされる。皮の剥がれたような顔に、眼球が組み込まれて始めて、今まで自分を俯瞰していた視点はこの眼球型のカメラだとわかった。耳。舌。その他、あらゆるものが設置され、空いたスペースに付け加えられていくのは武器だろうか。

それらが終わってようやく、元の肉体の出番だった。もはや残骸となった体から皮膚が剥ぎ取られ、機械仕掛けの体を覆っていく。頭も髪が短くされた以外は変わらない。元と違うのは体中に走る分割線と、そして撃ち抜かれていた腹部と背中。そこだけは皮膚ではなく樹脂でできた代用の皮膚が貼り付けられる。残った肉体の残骸が透明なパッケージに包まれて冷凍庫にしまい込まれる。

そして最後の仕上げとばかり、脳に挿入された奴隷化チップのスイッチが入った。

―――!?

法子の自我が塗りつぶされていく。優先順位が書き換えられ、主人の命令が最優先事項へと変更される。

そうして、法子は完成した。全身のロックが解除され、動力が供給される。体が自由となる。しかしその精神は自由とは対極の位置にいた。

蘇った法子は、ゆっくりと顔を上げた。


  ◇


宇宙船の挙動は、野球のボールに似ている。

ボールは投げることで飛んでいく。宇宙船は投げる代わりにロケットを吹かしてその反動で飛ぶ。それ以外に本質的な差異はない。細かい違いは結局のところ、エンジンのパワーの差に収斂するのだ。

野球のボールを宇宙の果てまで投げることは不可能だが、ロケットを吹かして宇宙の果てまで飛ばすことは可能だ。それを加減することも。

では、宇宙の果てまで飛んで行かない、しかし重力で落下もしてこないギリギリの速度で飛ばせばどうなるか。それが人工衛星である。衛星は常に落ち続けているのだ。しかし速度が速すぎて、永久に落下を終えることができない。

この原則は、妖怪にも適用できた。大抵の妖怪は落ちる。投げ飛ばすこともできる。この点ではロケットやボールと同じだ。

だから、妖怪の宇宙戦闘機がそれらと異なるのは推進機関。物理法則を超越した仕組みで動くこの構造は、反動も燃料も推進剤もなしに10G以上の加速度を保ち続けることが可能だった。それも、中に全く負荷を与えずに。

宇宙戦闘機はまさしくそのメカニズムによって、宇宙目ざして飛んでいるのだった。先行する空飛ぶ円盤目がけて。軌道計算は不要だ。この無茶苦茶な乗り物のスペックをフル活用できれば目標に急加速で接近し、急減速で相対速度を無理やり合わせるのも不可能ではない。

だから真理は待っていた。己の役目は空飛ぶ円盤にたどり着いたときのこと。船体に取り付き、中に切り込まねばならない。そのための準備はすでに整えつつある。

真理は、自分の出番を待った。さらわれた部長を救うために。

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