第29話 追跡
「追うぞ!雛子ちゃん、行けるか!?」
竜太郎は自動二輪に跨った。雛子も後ろに飛び乗る。即座にアクセルを全開にして走行開始。とはいえ首なしライダー相手ではパワーが違いすぎる。こちらは二人乗りな上に249ccしかない。対する敵は推定1400ccだ。
そこで、並走する女に気付く竜太郎。
「奴の足を遅らせられるか!?」
問いに、高速女は首肯で答えた。
たちまちのうちに増速。姿が見えなくなる高速女。今は彼女を信じる他ない。こうなった以上、高速女も首なしライダーを排除できなければ自身が危ないから竜太郎たちとは一部利益を共有している。
敵に追いつけることを信じ、竜太郎はパートナーに問いかけた。
「雛子ちゃん、大丈夫かい?」
「平気です。スピードが乗ってなかったですから。でも、びっくりしました。あいつのバイク、私に体当たりできるだなんて」
「奴自身や持ってる斧も、君を切り裂けると考えた方がいいだろうな。奴は君のことをはっきりと認識していた」
「はい」
「役割分担だ。僕は運転に専念する。奴と斬り合うのは君に任せた」
「了解です」
左右を流れていくのは短いトンネルや、橋の上での光景。右側の山の斜面や反対側の夜景のコントラストが美しい。しかしここは今、戦場なのだ。
「それと機械に対して透明化を頼む。後で速度違反で逮捕、となったら一発で免停だ」
「わかりました」
最近は雛子も慣れてきたのか、触れている人間や物体を機械にだけ映らなくさせる。という技を覚えた。こういう時は便利だ。省エネなので長時間使えるのも利点である。万が一、一般車がいても、ドライバーが目に頼って運転している以上はこちらが認識されない危険は極めて小さい。
ふたりは、追跡を続けた。
◇
高速女の心臓は破裂しそうだった。
まず第一に、今のような事態は生まれて初めてだ。第二に、いつもなら短時間で終わる疾走をこれほど長く続けたことがない。そして第三。殺されるかもしれない。死の恐怖で、彼女の心臓は激しく脈打っていたのである。
それでも前方。見覚えのある大型バイクのテールランプが見えた。ライダーの首がないことも。時速180キロは出ているだろう。
遅い。
今まで出したことのない本気を絞り出す。奴が足を止めざるを得ない本物の暴力というものを見せてやる。さんざん恐ろしい目に遭わせてくれた礼をしてやらねば気が済まなかった。
速度を急速に上げていく。時速190キロ。200キロ。300キロ。500キロ。たちまちのうちに上がっていく速度。空気がもはや水のようにねっとりとしている。速度域が限界に近付きつつある証拠だった。まだ上がる。上げて見せる。
そして高速女は、一つの頂点に達した。
音速の壁を、突破する。強烈な衝撃波が発生したのはちょうど、旧白川インターチェンジ手前。いくつもの道が合流する地帯で本気を発揮したのである。
山肌の面した空間に、凄まじい暴風が荒れ狂った。
高速女は、早く走ることしか能がなかった。しかしその速度において、地上のいかなる妖怪をも上回る力を与えられて生まれてきたのだ。
音速を超えたのはほんの一瞬。それですら、高速女は止まることができなかった。早すぎる。敵を置き去りにしていく。だが結果は確信していた。敵手の速度は大幅に低下したと。
可能な限り早く戻るべく、高速女は減速を開始した。
◇
「畜生!ぶっ殺してやる!!」
衝撃波でもみくちゃにされた首なしライダーは毒づいた。転倒を防ぐので精一杯で、バイパスを降りる余裕などどこにもない。速度が落ちたタイミングでバックミラーに写ったのは先ほどのハンターども。忌々しい!北海道でも奴らの同類に追われたのだ!
もう、こうなれば逃げるのはやめだ。奴らをぶち殺し、この縄張りを自分のものにしてやる!
首なしライダーは、敵を迎え撃つべく身構えた。
◇
「追いついた!」
竜太郎は、敵手の姿が見えたことに安堵していた。同時に、異様なほど車の姿を見ないことも。深夜とはいえ本来ここは幹線道路である。トラックや乗用車は当たり前のように走っているはず。それが見えないということは、敵が結界を張ったに違いない。人払いのためのものを。
好都合だ。ここで決着をつけてやる。
左から回り込もうとして諦める。奴は道の左端にピタリとついている。どこかで左折する気であろう。そうはさせない。アクセルを吹かす。今回のために新品に替えてきたタイヤは素晴らしい安定性を発揮し、敵への接近を可能とした。
「雛子ちゃん!」「はい!」
敵の右側から一気に寄せる。相手の右手に握られているのは斧。器用なことだ。アクセルから手を放しても問題ないらしい。だがこちらもふたりで分担することで同じ芸当が可能だ。
雛子が振り回した必殺の鉈は、しかし空を切った。受け止められたのではない。首なしライダーの1400ccは限界を超えて左に寄せると、壁面の石垣に張り付いて走ったのである。
「―――!?」
そのまま石垣を上に昇った首なしライダーは、一挙に急降下。二人の頭上へと斧を振り下ろす。
急ブレーキで回避した竜太郎は内心で冷や汗をかいていた。こんな高速度で無茶な動きをしたこともそうだが、それ以上に敵の機動性に度肝を抜かれていたのである。
「はっはぁ!どうしたどうした!!遅れてるぜ!!」
道路に復帰した首なしライダーの挑発が遠い。今の回避運動で距離が離された。アクセルを更に吹かす。
「化け物め」
竜太郎は、更なる闘志を燃やした。
◇
【白川南付近】
「うん?なーんか、車少なくないか?」
パトロール中のパトカー。その助手席に座る巡査部長は、運転手の部下に疑問を投げつけた。
「そうですかね。まあ事故が多発して妙な噂も流れてますしねえ」
「山麓バイパスで女の幽霊が出るとかのあれだろ」
巡査部長も聞いたことがあった。山麓バイパスを走っていると、女の幽霊が出てきて後ろを追いかけられるのだ。時速100キロで逃げても付いてくるとかなんとか。バカバカしい。
「?お前なんで道を降りようとしてんだ」
「へ?言われてみれば……」
「まっすぐ走れ」
「は、はい」
巡査部長は考える。背筋が何故かゾクゾクする。昔からこういう時は何かが起きるのだ。彼にはささやかながら霊感があった。竜太郎のようなプロに言わせれば霊感と言われるものの99%は嘘っぱちか錯覚であり、事実そうだったが、しかしこの巡査部長のそれは残り1%の本物だった。
それが、不運を呼んだ。邪魔者を排除するための人払いの結界。首なしライダーが自らを中心に展開しているそれによって道を追い出されることなく、居座ってしまったからである。
果たして。
「―――!?なんだ今の!?」
衝撃波を伴いながら右を走り抜けていったものを、二人の警察官は見た。四つん這いになり、自動車を圧倒するほどの速度で走る白いワンピースの女を。
部下がかろうじて車体を立て直す。凄まじい威力の暴風だった。
「まさか———幽霊?」
「んなわけあるか!なんかを見間違えたんだ」
「なんかってなんすか!?」
「バイクとかそういうのだろたぶん!!追いかけろ!」
「は、はい!」
速度をあげ、サイレンを鳴らす。あれが連日の事故の原因ならとっつかまえてやる!
職務に燃える巡査部長は無線機を手に取った。
「こちら交通八号。白川南付近を西向きに暴走する車両を発見―――」
応答を待つ。警察無線は一つの回線を使いまわしているから全体にこれで伝わったはずだ。同報性である。本部から応答が来るはず。―――来ない?
疑問に覚える暇もなく、次なる怪異がやってきた。彼らの後方から。爆音を伴って。
「―――!?今度はなんだ!」
「ひゃっはああああああ!!」
パトカーの後ろから突っ込んできたのは1400ccのモンスターバイク。ミラーでそれを確認した部下は戦慄した。何しろそいつには首がない!
「ひぇえ!?部長!あいつ、首が、首が!!」
「見間違いだボケぇ!!首のないライダーなんぞいるかあ!!進路塞げ!あいつを止めろ!!」
「は、はい!!」
彼らは知らなかった。背後から迫るのは本物の首なしライダーであることを。そいつは現在強敵との戦闘中であることを。この怪物は、人間の命など塵芥ほどにも思っていないことを。
「ははっ!いい玩具がいるじゃねーか!!」
首なしライダーは歓声を上げると、追跡してくる敵との距離を測った。大丈夫。この間合いならいける!
思念を集中。ターゲットは前方のパトカーの左前輪。そいつに働きかける。アスファルトの地面と融合させる。
路面とタイヤの接触部。そこが一瞬で接着されたパトカーは、宙を舞った。高速女を追跡するためにあげていた速度が接着面にすべてかかったのである。千切れる左前輪。そのまま飛んでいき、地面に上下逆で激突し、それでも止まることなく何度も回転しながらバウンドしていく。部品をまき散らしながら。乗っていた警察官は即死だろう。
「ざまあみやがれ!!」
首なしライダーはすべてのパトカーを憎んでいた。自由な走行を妨げる奴らを。目にすればそれを破壊せずにはいられないのだ。もちろん、警察官もろともに。
背後を確認する。ハンターどもは驚異的な回避能力を発揮し、パトカーの車体を躱し切った。なんて運の強さだ。
敵の強運に口笛を吹くと、首なしライダーは次なる手を考える。奴らは強い。小回りの利く自動二輪に接着の妖術を決めるのは難しいが不可能というわけではなかった。奴らを倒すには生半可な手段では無理だ。いかにして術をかけるか。
思案しながら、首なしライダーはアクセルを吹かせた。
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