第9話 病院って……(4)〔受診の心得その他を吹き込まれる〕

「あのさ、誰にでも、こんな話、するわけじゃないからね」

「しないほうが、いいと思う」

「ジュンさんだから、するんだからね」

「……調子いいな」

「一目見て、ピンと来るものがあったのよ」

「何が?」

「ジュンさんがよ」

「まるで逃亡犯ね」

「何か、引きつけられるっていうのかな」

「チークが濃いからじゃないの?」

「それも含めた、全体の印象なんじゃないかな。そういうこと、言われたことない?」

「記憶にないけど」

「後輩に、告白されたとか」

「何よそれ」

「先輩に、迫られたとか」

「よしてよ、馬鹿馬鹿しい!」


 私はキッパリ言い放った。そんな身に覚えのない話を、続けるわけにもいかない。


「割とすぐ、怒るのね」

「そういう話は、苦手なの」

「きっと、恋愛観が違うんだわ」


 違うのは、恋愛観だけもないだろう。

 コメントを返さず黙っていると、早希は言葉を続ける。


「ジュンさん、吉田先生、初めてでしょ? 初診のときは、少し長く話してくれると思うわ」

「ふーん」

「そうでないと、せいぜい五分か十分よ」

「そんなもの?」

「あたしなんか、話が長いから、最初に、今日は十分までって宣言されるもん」

「……それは分かる気がする」

「だからそのあいだに、言いたいことを言ったほうがいいわ。遠慮してちゃだめ。思いついたことは、全部口から出したほうがいい」

「それもどうかと、思うけど」

「そうしないと、あの先生、こちらの言葉の足りないところを、理詰めで追及してくるし」

「私、人から指図みたいなこと言われるの、嫌いなの」

「あたしだって嫌いよ。でもね、はっと考えさせられるようなことも、たまには言うのよ。まあ、今まで会った中では、マシなほうじゃないかな、あの先生」


 そんなふうに会う前から噂を聞かされても、逆に身構えてしまう感じがする。

 そろそろ話を切り上げようか――と思いはじめていると、早希はそれを察したか、一区切りつけるように言った。


「なんか、いい気になって、長話ししちゃったね……。迷惑だったんじゃない?」

「ううん。最近同年代の人と、わだかまりなく話したことなかったし、楽しかったわ」

「もう、戻る?」

「そうする」

「ジュンさん、メール、教えてもらっていい?」


 そう来たか。

 彼女は、梨子以上にしつこい感じがして、教えるのがはばかられる。

 私はこう答えた。


「あのさ、今、携帯もパソコンも、調子悪くて、ほとんど使えないの」


 そう言う私のバッグの外ポケットに、携帯が分かりやすく刺さっていた。

 二人の視線がそちらに向かう。


「そう、これ。なんか、すぐ電源が落ちて、使えないのよね」


 私は携帯を手に取ると、わざとらしく、いろんな角度から眺めてみる。早希は半信半疑というか、ほとんど疑っているように見える。

 私は言った。


「……少なくとも、携帯は、やめたほうがいいわ」


 早希は珍しく無言で私を見ている。


「……パソコンなら、ときどきは、見れるかも」


 早希はひたすら私を見ている。私も無言で、バッグからメモ帳を取り出し、パソコンのメールアドレスを書いて渡した。

 早希は言った。


「ありがとう」

「……うん」

「……メール、送るね」

「……うん」

「……返事、してね」

「するよ。するけどさ」

「……」

「パソコン、調子悪くてね」

「……」

「すぐ返せないときも、あるかも」


 彼女は冷ややかな調子で言う。


「そう言って、距離を置くのね」

「……そんなことないわ」

「ジュンさん、大学生?」

「……一応はね」

「付き合う相手を、選んでる?」

「だから、そんなことないって」

「あたしみたいのとは、距離を置きたい?」

「だって、今日会ったばかりじゃない」

「大学生って、割とそういう人、多いから」

「言ってることが分からないわ」

「じゃあそういうことも、考えてみて」

「だって、どうしようもないじゃん。私、人とはこういう距離感だもん。言ったでしょ、人間関係に慎重だって。大学生だからとか、そういうのじゃないわ」

「そうかしら」

「そうよ。私、何言われても平気よ」

「ああ、そう」

「それに、ずっと授業を休んでるし」

「ふーん……」

「ほんとは、平気じゃないの」

「……」

「だから、こんなところに来たのよ」


 彼女は少し考えてからうなずいた。


「分かった……。というか、よく分からないけど。でもそういうふうに、はっきり言ってくれる人、好きよ」

「……頭の中は、はっきりしないんだけどね」

「じゃあ、ほとほどに、メールするから」

「……うん」

「ほどほどに、返事してね」

「分かったわ」


 そう言って、私は待合室に戻った。

 早希は、もう少しコーヒーを飲んでいくと言った。


 待合室で空いている席を見つけ、再び座って目を閉じる。

 早希と話して、気晴らしにはなった部分はあるが、そこで得られたさまざまな情報が、頭の中で整理しきれない思いだった。

 目を閉じたまま、ため息をついた。

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