第23幕 心を埋めるもの
次の日の朝。ウィルソンが目を覚ますと、寝室にはキースやライアンの姿は無かった。
「もう外に行ってるのかな?」
ウィルソンは着替えを済ませ、寝室を出て階段を降りる。
「お!起きたかウィルソン」
「あ、おはようライアン」
1階ロビーの金魚の水槽を眺めていたのは"ライアン"だ。
サーカス団の猛獣遣いの12歳。ライアンはいつもクロヒョウの"レオン"とペアを組んでいる。
今回の遠征にはレオンは居ないのでキースの助手として参加している。
「カリーナ見てない?」
「カリーナ?…いや、見てないよ。やっぱり昨日から帰ってきてないのかなぁ?」
「ライアンも見てないかぁ…、わかった。ありがとう」
ウィルソンは宿屋を出て、教会の方へ向かった。
「…団長にも報告しないとな」
市街地から外れた丘の上に教会が建っている。
昨日教会の中を探したがカリーナの姿はなかった。
教会の脇にサーカス団の馬車が止まっている。
飼育小屋の外で団長がマリッサに干し草を与えている。
「団長、おはようございます。」
「おぉ、ウィルソンか。おはようさん」
「カリーナが…昨日のお昼から行方が分かりません…。どこに行ったんでしょうか…」
「カリーナが居ねぇ?!…まぁ、今回の遠征だってカリーナが"最後だから"って無理して付いて来たみてぇなもんだからなぁ」
団長は顎ひげを触りながら考え始める。
「歌姫が居ねぇんじゃ締まらねぇなぁ…、テント張ってショーをするにも寂しく感じちまう…」
サーカス団の公演にはカリーナの歌声は欠かせない。それは団員全員が分かっている。
団長は教会を指差す。
「教会から市街地まで伸びるこの砂利道を馬車でパレードのように練り歩いてこの街の公演は終わりだな…。ウィルソンはマリッサの背中に乗ってパフォーマンスを頼むぞ」
団長はカリーナの欠員の理由については深く触れず、今居るメンバーでどうこの街の人々を楽しませるかを瞬時に判断する。
「わかりました団長。よろしくね、マリッサ」
ウィルソンはマリッサの鼻を撫でた。
「キースやライアンにも公演の変更は伝えてくれな。…あとは…ウィルソン。カリーナのことを探すこたぁ諦めんなよ。俺もカリーナを探す。」
団長はウィルソンの頭をポンポンと叩く。
「はい!ありがとうございます団長!」
ウィルソンは教会を離れ、港に向かった。
港の市場前で客寄せをするキースとライアンの姿があった。
2人は4m程の距離を取り、"クラブ"(ボーリングのピンのような物)を投げ合っている。その真ん中で白フクロウの"マット"がクラブに当たらないよう、円を描くように飛び回る。
市場の柱の影からウィルソンが声を掛ける。
(キースさん、ライアン。ちょっとごめん)
「…ん?ウィルソンか」
キースがウィルソンに気付いて、クラブを投げるのを止めた。
動きが止まったことを確認し、ウィルソンは2人の元へ近づき、先ほどの内容を説明する。
「団長が、カリーナの欠員で今回はテントは張らずにパレードだけで終わりにするって」
「あぁ~、やっぱりカリーナ戻って来ないかぁ」
キースがポリポリ頭を掻く。
「カリーナこの街で最後でしょ?カリーナが居ないんじゃ男だけになっちゃうね~」
とライアンは言い、クラブをおでこに乗せバランスを取る。
「僕はギリギリまでカリーナを探してみるよ。2人は団長に会ってこれからの内容聞いててね」
「そうだな。団長は?」
「まだ教会の方に居ると思うけど…」
「OK。行くぞライアン」
「はいな!…それでは皆さま、この時間はこれにて終了します」
「「「ありがとうございました」」」
3人揃って観客に向かい挨拶をする。
キースとライアンは走って教会へ向かった。
港の灯台、市街地の公園、宿屋の客室、色んな所を見て巡ったがカリーナの姿は見つからない。
「他にカリーナが行きそうな場所は…」
-「ウィルソンの作るクッキー美味しい~。もしお店で売ってたら毎日通うわよこれ」-
カリーナの言葉を思い出す。
「お菓子屋さん…か?」
もう一度市街地に戻り、飲食店が並ぶエリアへ入る。
「お菓子屋…、ケーキ屋さん…あれ…」
とある喫茶店の窓際の席にハンチング帽を目深にかぶるカリーナが居た。
市街地の通路を走り回るウィルソンの姿には先ほどから気付いている。
(ウィルソン…私を探してくれてる…。顔なんか合わせらんないよぉ、キスしちゃったし…)
喫茶店の前をウィルソンが通りすぎた。
いつものように平然と顔を合わせる余裕は無い。
「あっ居たウィルソン。カリーナ見つかった?」
ライアンが走って向かってきた。
「ごめん…見つからない…」
「17時からパレード始めるって。キースさんは宿屋で荷物まとめてる。ウィルソンも宿屋に戻って衣装に着替えな」
「……わかった。ありがとうライアン」
2人は宿屋へ向かった。
ライアンとウィルソンの会話を聞いていたカリーナは。
(17時から…パレード?…荷物まとめてるの?)
時刻は16時50分。
冬間近の秋の空は日が傾くのが早い。
パレードの準備は整った。
中心街から教会までの300m程の道のりをサーカス団の馬車が練り歩く。
団長は役場の広報係にお願いをし、17時からパレードが行われることを放送で流すよう手配をしてくれた。
そのおかげもあり、教会までの道なりに観客が集まっているのが見える。
「よし!行くぞおめぇら」
「「はい!」」
団長は操縦席に乗り、先頭の馬に鞭で合図を送る。
馬車が動き出す。
団長はトランペットでファンファーレを吹く。
馬車の車体には白黄赤の電飾が施され、チカチカと点滅し夕暮れの砂利道を照らす。
観客から拍手が贈られる。
客車の左横にはキース。
紫色に光る"ディアボロ"(空中ゴマ)を自在に操る。一定の速度で歩きながらでも落としたりはしない。
飼育小屋の右横にはライアン。
ライアンは両手にバトンを持ち、くるくると器用に回す。一本のバトンを空中に投げ、側転。上体を起したタイミングぴったりで空中に投げたバトンをキャッチする。
飼育小屋の後方にはマリッサの背中に乗ったウィルソン。
団長にはマリッサの背中に乗ってパフォーマンスをしろとは言われたが、今回の遠征が初めてのマリッサ。ウィルソンもマリッサの背中に乗るのも2回目なので、なかなか感覚を掴めないながらも、お手玉を5つ使いジャグリングをする。
そのうち4つは白の無地のお手玉、1つは兄から貰った黄と白の継ぎ接ぎお手玉を使っている。
マリッサも背中に人を乗せるのに慣れておらず、足取りがおぼつかない。
マリッサの足元に大きめの石が転がっていた。
マリッサはその石を足で踏む。ガクンと石が弾き出されマリッサはびっくりして身体をくねらせた。
観客からざわめく声。
ウィルソンはマリッサの予想外の動きに対応出来ず、マリッサから転落。肩から落ちた。
「うぐっ!」
「ウィルソン?」
ライアンが気付いた。
先頭にいる団長も物音と観客のざわめきには気付いたが、途中でパレードを止めるわけには行かない。馬車はそのまま進む。
ウィルソンは起き上がり、周りに散らばったお手玉を拾い、衣装のズボンのポケットにしまう。
少し頭がふらつく。
小さな少女の足元の白のお手玉を拾う。
「びっくりさせてごめんね、可愛らしいお嬢様」
「ぅ…?」
ウィルソンは少女の頭を撫で、マリッサの元に戻る。背中には乗らずゆっくり歩く。
小さな少女は継ぎ接ぎのお手玉を手に持ったまま母親の押すベビーカーに乗った。
飼育小屋の後方には追い付いた。
教会前まで残り60m。
ウィルソンは気を取り直し、ポケットからお手玉を3つ取り出し、最後は笑顔でジャグリングをする。
団長が最後にもう一度ファンファーレを吹く。
教会を避けるように砂利道を外れ、馬車は教会の影に移動する。
観客から歓声があがる。
「ありがとう!」「良かったよ!」
後方にいたウィルソンの頭に小石が飛んできた。
「ん?」
鳴り止まない歓声の中で微かに聞こえた。
(がんばれ!ウィルソン!)
「…カリー…ナ?」
カリーナの声が聞こえた気がして辺りを見渡すが、夕暮れは沈みどこにいるか探せない。
そのまま歩き続ける。
(がんばれ…カリーナ)
パレードは無事終了。
2日と短い滞在となったイシュメルの街に別れを告げ、林道を抜けたサーカス団の馬車が草原で停車し、休憩を取っている。
ウィルソンは客車の屋根に寝ころび、星空を眺める。
「どうして…」
「お!ウィルソン、こんな所に居たのか」
びくっとなって上体を起し姿勢を正す。
団長が屋根によじ登って来た。
"怒られる"と思った。パレードでは失敗したし、兄さんから貰った大事なお手玉は失くしたし…。
団長はウィルソンの頭にポンと手を置いた。
「よく頑張ったな。偉いぞ」
「……ぼくはだめです…、カリーナは最後まで見つけられなかったし、パレードでは失敗するし、大事なお手玉は失くすし…」
「カリーナはな、あの街で脱退するこたぁ決まってたんだ」
そんなことは宿舎を出発する前から分かっていたんです。
「でもな、脱退したからってお前の頭ん中からカリーナが消えんのか?」
「……」
「カリーナが俺らと旅した思い出は消えねぇよな?俺だってカリーナのこたぁ忘れねぇし、代わりを見つけるつもりもねぇ。大事な家族だからな」
「…そぅ…ですね」
「大事な物を失くした時ってなぁ心に穴が空いたような気持ちになる。それを埋めてくれるのも家族なんだ」
考えていることを見透かされているかのように話しをしてくれる団長。
「リズワルド楽団ってなぁ旅するサーカス団だ。各地を飛び回ってりゃあ、カリーナにもまた会えるさ。そん時はめぇいっぱいの笑顔で出迎えてやれな」
団長はポンポンと頭を叩いて屋根から飛び降りた。
「そろそろ降りろよ、出発するぞ!」
ウィルソンは服の袖で涙を拭いた。
「はい!」
____________
「……ル…、
…ウィル…、ウィル!」
「はっ!」
「ウィル…泣いてる…、怖い夢でもみた?」
アリシアに起こされ目が覚めた。
頬には涙が伝っていた。
「大丈夫、何でもないよアリシアちゃん」
「良かった。"キルト"に着いたって」
あれからずっと眠っていたようだ。
「おはようウィルソンお兄さん。お忘れもののないようお気付けくださいね」
運転手のマイクが顔を覗き込む。
「あ、はい。ありがとうございます」
ウィルソンはアリシアと手を繋ぎバスを降りた。
父親のダグラスを見つけ出して、リザベートに連れ帰ることが出来るのか。
第2章 終 第3章へ 続く -
3つ星ピエロ 第2章 悠山 優 @keiponi
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