第88話 娘とは何か


これから、刀剣類査定の話と、俺達魔道具班の情報共有会議が始まる。


昼食を取りながら。


テーブルの上に並べられた惣菜を箸でつつく。何かの鳥肉だと思うが、結構噛み応えがあって美味しい。


「あ、大きい声では言えないけど、うちの短剣、600万だって」と、俺が切り出す。


「ほう。それは凄い」と、小田原さんが言った。何だか反応が薄い。隣のネムがニコニコとしている。何かあるのだろうか。


「こちらは、例の宝剣に関しては、刀剣マニアの貴族がいるらしい。美術品としてなら、300万以上はする代物だとよ」と、小田原さんが言った。


「そうなのか。一件目は250万の売値だったよな。早まらなくて良かった」と、俺が応じる。


「まあな、二件目の店も、300万なら直ぐに買い取ると言ってくれたからな。一応、回答保留にして戻って来たというわけだ。あ、軍刀の方は2件目でも50万が相場らしいぞ」と、小田原さんが言った。


「そっか、軍刀は直ぐに売り払おう。クメールの宝剣は貴族に持って行くってこと? 面倒事にならなけりゃいいけど」


「それなんだがな、バッタ男爵に相談してみてはどうだろうか。彼は剣豪なんだろう?」と、小田原さん。


「バッタとは明日合うけど。まあ、俺達としては、あの剣が300万以上で売れたらいいってことで、あまり欲はかきすぎないようにしよう。それから、短剣の600万はどうする? アレは結界とかトラップを張るのに適した魔道具だけど、使用者が元の持ち主のまま固定されているらしくて、それを直そうとすると150万出さないといけないらしい」と、俺が言った。


「150万かよ。今の俺達には難しい金額かもな」と、小田原さんが言った。


「そもそも、我らにそれを扱えるだけの魔術士はいないと思います。一応、サイフォンさんに聞いてみた方が良いとは思いますがね」と、ケイティ。


俺は、「サイフォンは水でコレは無属性らしいからな。そもそも興味を示していなかったし。まあ、一応聞いて、明日売りに出そう。これはケイティに預けるから、ついでに雷の杖の加工費もそこから出しておいてくれ」と言って、600万の方の短剣を手渡す。


俺は、もう一振りの赤い短剣をテーブルの上に置き、「問題はこの亡霊くんだけど、どうしよう」と言った。


「亡霊? どうしたの?」と、ヒリュウが言った。


「この短剣、買い取り不可なんだと。これはむかしむかしとても深い階層の迷宮から出土したらしい。でさ、王様に献上されたとかの記録が残っていて、平民の店では扱いきれないんだと」と、俺が言った。


「そ、そうなのね、それって、儀式用の短剣だったっけ。エリオンは吸血鬼と契約を結んでいたはずだから、それ絡みの魔道具なのかもね」と、ヒリュウが言った。


実は俺、エリオンから自分の首が切り落とされてしまった話はしていない。話辛くて。それに、俺の呪い百倍返しやエリオンの不審な死に方も言い出せていない。

というか、聞き捨てならないパワーワードが出てきた。


「ヒリュウ、お前今、吸血鬼って言った?」


「そうだけど。やつらは闇の眷属で、地下迷宮の支配者と言われているけど、本当の所はよく分かっていない」と、ヒリュウ。


「ええつと、その吸血鬼がエリオンに力を貸す、みたいな契約をしていて、その契約に使用されていたのがこの亡霊くんだって?」


ヒリュウは、「詳しくは私も知らないよ。この手のことは普通秘匿するから。でも、魔道具屋のスペシャリストが、それは契約用というのなら、正しいかもね」と言った。


「さて、その契約者は死んでしまったわけなんだけど、その場合はどうなるのだろう」


「どうもこうも、契約者が死んだら契約は消される。だから、その短剣は、今はただの短剣だと思うけど、問題は迷宮産の銘入りで売却できない事ね。下手に貴族向けに営業掛けても、それは何処で入手したんだって話になる」と、ヒリュウ。


「ううむ。俺があそこにいたのは秘密だよな」と、聞いてみる。


「あなたがあそこにいたこと自体は秘密ではない。問題はコロコロの方。彼女の立場を考えないと」と、ヒリュウが言った。


要は、俺はゴンベエのチャームに掛かってエアスラン軍にいたのであって、あそこにいたこと自体は問題なし。だが、暗殺したことそのものは秘密なのだと。だけど、スパルタカス達は放置なんだけど……まあ、ゴンベエは、裏工作はどうとでもなると言っていたから、彼女の手腕を信じよう。


「分かった。じゃあ、これは大っぴらに売りには出せないと言うことになる。どこか溶鉱炉はないかな。これ、処分したいのだが」


「どうした千尋藻さん、それは地下迷宮産の銘入りなんだろ? しばらく千尋藻さんで管理だな」と、小田原さんが言った。


「え? まじで?」


とはいえ、それが現実解であるような気もする。


俺はかつて、秋葉原で腰に短刀を下げて歩いていた女の人を見たことがある。コスプレとかではなく、普通に私服で鞘に入った短刀を腰のベルトに下げていたのだ。


本人が高身長で可愛かったのもあるが、別に変人という雰囲気では無く、全く違和感なく短刀がアクセサリーになっていた。まあ、今回もそれと同じと思えばいいだろう。


俺は、考え事をしながら、鞘に入った短剣を手に取る。


「どうかしたの?」と、ヒリュウが言った。思えば、こいつがこんなモノ拾ってくるから……だけど、彼女の機転のお陰で一千万くらいの現金収入がありそうなので、それはそれでとても助かることだ。


「ま、コレは俺が預かっておこう。アクセサリーみたいなものだな」と言った。


この短剣、鞘に入れて腰のベルトに下げておけば、そこまで邪魔にはならないだろう。


「よし、それじゃ、これを食ったら、午後の部といこう」と、小田原さんが言った。


「私はこれから、魔道具屋に行こうと思います。私の魔道具の件、お見積もりだけでもしていただこうと考えています」と、ケイティが言った。


「分かった。自分は、剣五本の方はもう売りに出すぜ。最初の店の親父が、売ってくれたら靴を安くするとか言っていたから、その辺の交渉だな」と、小田原さん。


「僕もそっちに行くよ。結構ぴったりのブーツがあったんだ」と、ネムが言った。


「じゃあ、俺はどうしよう。俺も靴が欲しいけど、あの最初のお店のブーツに、俺のサイズなかったんだ」


「じゃあさ、私と他の店回ろうよ。私も短剣か短刀欲しいし、でも、さっきのお店、あまりいいの無くて」と、ヒリュウが言った。


「じゃあ、千尋藻さんとヒリュウで鍛冶屋行って来てくれ」と、小田原さんが言った。鍛冶屋には、大剣の折れた先を売却する予定だ。


「了解。剣の先半分を売るだけだからな。俺はその後お店巡りしよう。ヒリュウと」


と、言うわけで、お昼からの行動が決定した。



・・・・


ヒリュウと二人で、ウルカーンの街を歩く。ヒリュウは、何故か俺の斜め後ろを歩く。


俺はヒリュウに振り返り、「お前が欲しいのは短剣だったよな」と言った。


「うん。短刀でもいいけど、とにかく取り回しがいい武器が欲しい。欲を言えば、私もブーツと厚手のズボンにストールが欲しいけど」と言った。


「買え買え。これから寒いんだろ? お前に全裸偵察頼むようなことはあまりないと思うし」と応じる。


「そう。私、霧隠れの術ばかりを期待されて生きてきたんだど」と、ヒリュウが言った。


ヒリュウの言う霧隠れの術とは、透明人間になることができるというすご技だが、身に付けている服は透明にならないため、本気で完全透明状態で潜入捜査をしようと思えば、全裸になる必要があるのだ。だけど、俺の目はごまかせ無かったりする。


「アレって、寒いだろ? 別に頼まんから服を着ろ」と返す。


「そう。いいのね。アレって、ちょくちょく使い続けていないと、寒さに耐えられなくなって、いざと言う時に困るんだけど。あなたが、それで良いと言うんならいいけど」と、ヒリュウ。俺には千里眼があるから別にいいとは思うんだが、そもそも、自分の娘みたいな子を敵陣に全裸突撃させるのも気が引ける。


なので、「俺は、お前を裸で敵地に送り込もうとは思わない」と言った。


斜め後ろにいたはずのヒリュウは、俺の真横に来て、「ふう~ん。ねえ、それって、私を口説いてる? ねえ」と言った。


「口説いていない」と返す。そもそも、一緒のベッドで寝たときでさえ、俺はこいつとセック○しようと思わなかったのだ。


ヒリュウは少しジト目になり、「何か、あなた私に甘くない?」と言った。


「ああ、俺は国に娘がいるんだが、お前のことは、娘だと思っているよ」と答えておいた。


ヒリュウは、さらにジト目を続け、「ふう~ん。そうなんだ。私、ケイティに犯されたんだけど。それはどう思うの?」と言った。それは、シラサギでの拷問の時の話だろう。記憶を吸い出す時に、やったんだろう。だけど、情報を吸い出したことで、彼女はナナセ子爵達にとって、無価値な存在になったのだ。そのことは、この子がここにいる理由でもあるのだが。


まあ、いくら忍者とはいえ、好きでもない男に一方的にされるのは、嫌だったのだろう。


とはいえ、「その時は、お前が娘になる前だからセーフだ」と言っておいた。


「ふん。まあいいや。セック○講習の時のおっさんよりかはマシだったし」と、ヒリュウ。


そういえば、ゴンベエも受けたとか言っていたな。忍者の里のセック○講習。一体どんな事をされるんだろう。


俺は、少しだけ忍者のセック○講習に思いを馳せる。きっと、感度を数千倍にされて、ひたすらぐちょぐちょにされるのだろう。


ヒリュウは、俺に腕組みをして顔を覗き込み、「あ~。これでいい?」と言った。顔はにこりと笑っているが、少し気持ち悪い。


なので、「いや、それはやめろ。実娘に対する冒涜だ」と言った。


「え!? めんどくさっ」


「うっせえ。お前は、普通にそこにいるだけでいいんだよ」


ヒリュウは、俺に絡めている腕を少しだけ下げて、「だって、娘と言われたって、どうすればいいか分からないんだもん」と言った。


「娘とは、存在が娘だから、別に何をしなくてもいいと思うぞ」と、返しておく。


「ええ~わかんない。私は忍者の長の娘だし。ずっと忍者の修行してきたし」


俺は、ふと街中に視線を移す。

すると、三人家族とみられる青年、お姉さん、そして女の子のグループを見かける。幸せそうに、女の子の両側で両親がお手々を繋いで歩いている。


俺は、10年以上前のことを思い出し、何となく彼らを見つめてしまう。あの頃は、決して稼ぎは多く無かったが、一番幸せだったのかもしれない。少しセンチメンタルな気分になる。


隣のヒリュウは、俺のそんな気持ちに気付いたのか、組んでいた腕をはずして手と手を握り、「あのさ、しゃんとしてよ、お父さん」と言った。


不覚にも、ヒリュウに慰められてしまった。


俺はヒリュウの手を握り返し、「俺は大丈夫だ」と返した。

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