第136話
晴嵐城の城下町。
二日前に届いた緊急の報告は、街を揺るがす大事件だった。
何と、魔物の大暴走が確認され、それがこの晴嵐城の城下町に向かっていると言う報告だったのだ。
「マジかよ!二千を超える虫系魔物の大暴走って!?」
「らしいぞ。冒険者に緊急呼集が出てるらしい。城の兵士も城下町の防衛に出るって話だ」
「城からも兵が出るのか?流石はストラスリィーン様だな。城主になられてまだ数年とは言え、城下町を大切にしてくださる」
「城下町の住人にも、防衛協力が要請されてるんだってよ」
「そりゃあ、自警団や冒険者、兵士だけじゃ二千は対処ができんだろうよ」
「宿屋の旦那、元冒険者だったろ?古い装備出してきたら、腹が出てて着れなかったって防具屋に駆け込んだってよ」
「しかし、大暴走ってことは何かしらのキングがいるんだろう?それだけの戦力で大丈夫なのか?」
「そんなの分かる訳がないだろ!でも信じるしかねぇじゃねぇか!」
城下町には既に情報が通達されており、住民達の話題はそのこと一色だった。
そんな中、冒険者ギルドを中心に各種ギルドが防衛のための準備に追われていた。
「午後には城主様から兵が送られてきます。それまでに、こちらの準備を終わらせて下さい!」
「防衛に必要な物資は、こちらにお願いします!」
「調薬ギルドから、回復薬が届きました!」
「自警団、及び住民の協力者の方はコチラへお願いします!」
冒険者ギルドの中は、様々な声が飛び交う戦場の様だった。
その状況を見ている青年が一人。
まあ、知っての通りエドガーなのだが、余りの騒動で誰に話し掛けようか困っているようだった。
そんなエドガーに、ギルドの関係者の腕章をしている人物が近寄る。
「冒険者の方ですよね?防衛戦に参加されるのですか?」
エドガーは、余りの人の出入りの多さに、まさか自分に近付いていると思ってなかった。
「今到着したばかりで状況が分からないんですが、ギルドマスターに会えませんか?」と咄嗟に返した。
「今は大暴走の対処に追われていて、ギルマスに会えるかは・・・」
「その大暴走の件で、至急に伝えたいことがあります」
そう返しながらギルド証を見せる。
「なっ!」
七つ星!と叫びそうだった口を押さえ言葉を飲み込んだ女性職員は、無言でコクコクと頷いてエドガーをギルドの奥に連れて行った。
丁度そのころギルマスであるグロンドは切羽詰って頭を抱えていた。
現在、この城下町には上級の冒険者が一人もいない。
一番上でも、五つ星が四名の所属している"荒野の風"が最大戦力だった。
紫雲城の城下町ギルドから出された、オーガの変異種討伐依頼を受注しようと、こぞって上級の冒険者が街を出た後だったのだ。
その上級の冒険者達が目指していた依頼も、五日ほど前に達成されたと連絡が来た。
当時六つ星だったエドガーと言う青年が単独で討伐し、七つ星に上がったと言う報告も同時だった。
ここを出て行った冒険者達は空振りに終わる訳だが、距離があるので直ぐに戻ってくることは無いだろう。
しかしそれでは、今、喫緊に迫っている大暴走を乗り切れるか分からない。
城主も兵を出してくれると言っているが、キングがいると分かっている大暴走には、戦力として全く足りない。
ギルマスが頭を抱えたくなるのも致し方ない状況だったのだ。
「ギルマス。至急です!」
そんな職員の声で、彼は自分の情けない姿を見せぬように、ギルマスらしい態度に正し入室を促した。
「入りなさい!」
「失礼します。こちら七つ星のエドガーさんです。大暴走に関する情報を持ってきてくださったとのことで、お連れしました」
その言葉に、ギルマスは驚く。
この状況で、上級になったばかりとは言え七つ星の冒険者が来てくれた。
それも、大暴走の情報提供もだと言うのだ。
叫びたいほどの歓喜を抑え込み、返事をする。
「分かった。話を聞こう。君は持ち場に戻りなさい」
「はい!失礼します!」
ギルマスは椅子から立ち上がり、入って来た冒険者に席を勧めた。
「で、七つ星だそうだな。現状、上級の冒険者は戦力としてありがたい。それに情報もあるらしいが・・・」
ここまで喋って、七つ星、エドガー、その二つに何かが引っ掛かった。
最近聞いたような・・・オーガの変異種!
「一つ聞きたい。紫雲城の城下町ギルドに行ったことは?」
「最近までいました。オーガの黒色変異種の進化個体を討伐して七つ星に上がったばかりなんです」
その言葉を聞いて、ギルマスは歓声を上げたい気持ちを抑え表情を保つのに必死だった。
「仲間の"守護者の盾"も一緒なんだろう?この街には、今、大暴走が近付いているんだ。戦力として期待しても良いんだろう?」
ギルマスは何とか平静を装って、そう返すのが精一杯だった。
「守護者の盾とは別れましたし、今は俺一人ですね。で、その大暴走なのですが、虫系魔物の大暴走で間違いないですか?」
「何で?っとすまない。口を出すことじゃ無かったな。そうだ!森と草原の先、岩石地帯の方向からこの街を目指していると報告を受けている」
エドガーの問いに答えるギルマスの顔には苦々しさが見て取れた。
「やはり!そうでしたか。その大暴走、見ましたよ」
「みっ、見たのか!どんな様子だった?規模は?魔物の種類は?」
前のめりに、問い質してくるギルマスを抑える、エドガー。
「落ち着いて下さい!」
「すまん!情報が足りなくてな、少々焦ってしまった」
自分の姿に反省したギルマスが謝罪をした。
「心配要りません。見付けて方向を確認した時点で不味いと思ったので、既に殲滅して来ましたから」
「はぁ・・・・・・殲滅?」
エドガーの言葉に、ギルマスの思考がついていかなかった。
「はい。大暴走は来ませんよ。終了です」
「終わった?大暴走が?」
まだ状況把握が上手くできてないようだ。
「ええ。警戒を解除して、皆さんに戻ってもらっても良いと思います」
「ほ、本気で言っているのか?単独で大暴走を殲滅したと?」
やっと理解が追いついてきたかな。
「本気です。証拠もありますよ」
「どんな証拠が?」
そう言うだろうとは思ってたけどね。
「解体した素材が大量に収納鞄に入ってます。それと俺は従魔師なんです。キングを従魔にしてきました」
「キング・・・従魔・・・はっ!そんなっ!そんな事が・・・ありえるのか?」
完全に疑惑の視線だなぁ。
「ありえます。鑑定してみますか?ニジ、こっちにおいで」
俺の肩、アンバーの下辺りにしがみついてたニジを呼ぶ。
ギルマスは気付いていなかったみたいで、モソモソと出てきたニジを見て硬直してるな。
「どうです?ニジは、この通りオーロラ色の変異種です」
「・・・嘘・・・じゃ無い・・・みたいだな。だが、それがキングだったと言う証拠にはならないだろう?」
確かに、鑑定してもキングかどうかは、もう、分からない。
キングとして従えていた魔物が全滅し、自身も敵だった俺に下った時点でキングの名は消えたのだ。
「だから、大暴走を殲滅した素材があります。広い場所に行けば出しますよ」
「今広い場所は無いんだ。訓練場は物資の集積所になっててな。一部でも良いから、ここに出せないか?」
「それで良いなら」と、蟻、蜘蛛、百足、蠍などなど、できる限り多種の素材を出していく。
勿論、収納鞄から出しているように見せて、無限庫から出しているんだけどな。
最後に、中型の蜘蛛の素材を出すと「うぉぉぉーーーー」とギルマスが雄叫びを上げたのだった。
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