第116話

俺が一瞬目を閉じてしまった、その直後、洞窟から絶叫が響いた。


「ギ、ギャアー!!」


複数のゴブリンの叫びが洞窟内で反響して、大きな一つの声のように聞こえて来た。

まるで巨大な魔物の雄叫びのように感じる。


そんな叫び声に誘導されるように、閉じていた目を開いた俺が見たのは、エスクラさんが空になった薬のビンを一つ捨てて、次のビンを魔法で空中に浮かしている姿だった。

そうだった、彼女は風魔法の使い手だ!

中身の薬だけを風で洞窟に送り込んだのか!

で、次はビンごとか?

何で二つの方法でやるんだろう?

俺も風魔法が使えるんだし後で聞いてみないと?


次の瞬間、引き絞られた弓から飛び出す矢のように、ビンが洞窟の奥へと消えて行った。

その直後、先程よりも大きな絶叫が響いた。


周囲の冒険者達が多少動揺しているが、それでも流石に目の前のゴブリンとの戦闘に気を抜く者はいなかったようだった。

余り時間も掛からずに、洞窟外のゴブリンは掃討されていた。


薬師達が、俺に近寄って来て「アレどうするんです?あのままだと中に入れませんよね」と聞いてきた。


「勿論、それ用の準備をしているけど、その装備は俺の分しかないんだ。だから、俺が一人で中に入って・・・」

「大丈夫だ、俺達も中に入れるぞ。これでも上級の冒険者だ、対処方法は何となくでも分かる」

俺の言葉を遮ってガルディスさんが話に割り込んできた。


「えっと、装備を持ってはいませんよね?」

「持っちゃいないが、対処法はある。あれは強烈な刺激があるガスだろう?なら、毒ガスの対処と同じで問題無いだろ?」

確かに、毒ガスに対処できるなら問題は無い。


俺は振り返って、ギルド関係者と薬師に話し掛けようとした。

だが「あなたの役目は案内です。戦闘は最低限でと契約されています。同行は認められません」と先に釘を刺されてしまった。


これは無理そうだな。

あきらめるしか無さそうだ。


「心配すんな。俺達が片付けてくる」

ガルディスさんがそう言って、俺の肩を叩いて行った。

去り際のエスクラさんには忘れずに、何で二回別々の方法で薬を使ったのか?帰ってきたら教えて欲しいと頼んでおいた。


洞窟に入って行く"守護者の盾"を見送り、その間に外にいる俺達はゴブリンの調査をする事になった。

冒険者達がゴブリンの死骸を並べ、ギルド関係者、薬師、魔法使い、俺で、その死骸の確認をする。

確認内容は、ゴブリンが北限を越えて来た原因だ。


勿論、その原因には俺も興味があったが、目的は別にある。

そう、スキルの確保だ。


折り重なるようになっている死骸が並べられ、それを端から確認して行く。

俺は確認もするが、スキルの確保も忘れない。


スキルを集めながらゴブリンを確認していて一つ気付くことがあった。

ゴブリンなら持っていそうなスキルが無い。

ゴブリンと言えば、異常とも言える繁殖力を持っていると有名なのだが、その繁殖力に結び付くようなスキルが一切無かったのだ。

はっきり言って、これは予想外。

別の場所のゴブリンを知らないので何とも言い辛いが、スキルも無しに、それほどの繁殖力が維持できるのだろうか?

そんな疑問が頭に浮かぶ。


そんな思考の間も確認を続け、五十体ほどの見終ったところで偶々たまたまうつ伏せのままのゴブリンがいた。

その首筋を見た時に『隷属スキル対象がいます。隷属を解除しますか?』と【ストッカー】の声が脳内に聞こえた。


その言葉の意味を、俺の脳が理解するのに時間が必要だった。

・・・つまり、このゴブリン達は誰かに強制的に連れて来られたということになるのか?


頭の中で疑問が巡る。

何故?誰が?何のために?どうやって?


勿論それに答えてくれる者などいないし、自分で答えが出せる訳でも無い。

つまり俺の手には余ってると言うことだろう。


「ちょっと魔法使いを呼んでくれないか?ここに何か印の様な物があるんだが、何か知らないか聞いて欲しい」

俺がそう言って指差す先には、うつ伏せのゴブリンの首筋に浮かんだ刺青の様な模様があった。


俺が続けて他のゴブリンの確認をしていると、何人かの魔法使いが近付いて来て、そのゴブリンの印を確認していた。

俺は、偶々気付いた振りをして、ドンドンとゴブリンの確認を進めていた。


更に確認していると、数人のギルド関係者と薬師、魔法使いが囲んでいる死骸があった。


「その死骸に何かあるのか?」


振り返った薬師が「体格が違うんだ。ゴブリンでも上位種でも無い中途半端な体格をしてる」と言う。

確認のために人の隙間から覗いて見ると、確かに中途半端に大きい感じがする。

ただ、俺は上位種の体格を見たことが無いので判断ができなかった。



*** *** *** *** *** ***



俺達"守護者の盾"は、ゴブリンの住処である洞窟に入った。

その洞窟の中は、阿鼻叫喚の地獄絵図だった。


普通のゴブリンは口から泡を吹き、喉を掻き毟って凄まじい形相で死んでいる個体が多い。

辛うじて生きているのは既に息も絶え絶えで、長くは無いだろう。

それでも放置はできないので、ドンドンと止めを刺していく。


流石に上位種はしぶといらしく、まだ動いて反撃できる個体もいたが、どれも呼吸ができていないようで変に掠れた「カヒュー」と言う感じの呼吸音をしていた。

そんな状態の上位種など俺達の敵では無く、数回の攻撃で斃していく。


「おいおい、この薬ってエドガーが用意してたんだろ?ヤバイ効き目だな」

「そうよ。私が直接もらったんだもの」

「それにしても、良くこんなヤバイ薬をお前に渡そうと思ったもんだ?」

「何よ!何か文句があるの?」

「お前、昨日の夜のこと忘れたのか?あれだけベラベラとエドガーのことを話しやがって、俺が周りを警戒してなかったら、誰かに聞かれてたのかもしれないんだぞ」

「あーそれは、昨日も謝ったじゃない。私が人見知りだって知ってるでしょ!?」

「だからって、話し合いの前に飲み過ぎだ!」

「飲まないと初対面の人と話なんてできないのよ!」

「それにしちゃあ、今日は普通に喋れたんだな?」

「そうなのよ!不思議なのよね」


「エスクラ、ローベン、いい加減にしろ!どんな状況だろうと、敵のど真ん中だぞ、気を抜き過ぎだ!」

「ごめんなさい」「すまない」


そこから暫くは静かだった。

洞窟内には相変わらず大した敵も残っていなかったし、普通のゴブリンは死んでいるか死に掛けばかり、たまにいる上位種も戦闘能力は皆無の状態だった。


「そんなにカリカリしなくても、私が斥候してるんだから大丈夫なの!」

「信用はしてるさ、長い付き合いだしな。だが、洞窟を出るまでは気を抜くのはダメだ」

「早く帰ってエドガーの猫ちゃんと遊びたいのに」

「キャスは、そんなにアノ猫が気に入ったのか?」

「あのはね、何か普通のと違ってたの」

「まあ、何にしても早く終わらせるのには賛成だ。たいした敵も残ってないみたいだし、少しペースを上げよう」


それまでより早く歩を進める彼等は、洞窟の最深部に迫っていた。

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