第115話

昨夜はギルドの関係者が止めに来るまで"守護者の盾"の人達がいて、なかなかに騒がしかった。

その後睡眠(仮眠かも)数時間で起床、今は夜明け前である。


ゴブリンは基本的に昼行性ちゅうこうせいだから、この時間帯はまだ寝てる。

と言うことは、全てのゴブリンが洞窟にいるということである。

一体残さず殲滅する予定なのだから、この方法が都合が良いのだ。


俺は、案内役として先頭を歩く"守護者の盾"と行動し、伯爵の依頼で偵察をした斥候が残した目印を元に洞窟まで誘導するのが役目である。

こんな役は俺じゃなくて斥候がやれば良いと思ったんだが、伯爵が話をまとめてしまってからの事後報告だったので、どうしようもなかった。


大きな音や声でゴブリンに存在を知られる訳にはいかないので、基本は小声で話す。

コソコソとガルディスさんに聞いてみた。


「消臭薬は支給されたんですか?」

「ああ、貰ったぞ。コレだ」

鎧の中から薬入れを出して見せてくれたが、容器がボロイ。

金属製の軟膏入れとしては標準的な形だったが、フタと容器の合わせ目が微妙に歪んでいるのだ。

その容器を見た瞬間、嫌ーな予感がした。


「その薬、見せてください」

「良いが、どうかしたか?」

そう言って渡された容器のフタを開けてみる。

途端に、してはいけない臭いが鼻を襲った。


「これは使わない方が良い、幸いここの六人分ぐらいなら俺が持ってる消臭薬で足りると思うから提供するよ」

「それは助かるが、何かおかしいのか?」

一瞬だけ説明に迷うが、直ぐに答えた。


「これは薬のデキが悪い。顔や喉が痛くなると思うし、たぶん臭いぞ」

「はぁっ!消臭薬が臭いって、どういうことだ?」

まっとうな質問なので六人に説明することにした。


まず消臭薬で重要な揮発成分の無効化が甘い。

なので揮発成分の刺激が残っている可能性が非常に高い。

つまり肌や喉に痛みを感じる可能性が高いということだ。


次に、揮発成分を抽出する時に、加熱している可能性がある。

確かに大量に作る場合、加熱した方が効率は良いだろう。

だがその分、発火草の持つ本来の臭みも一緒に抽出される可能性が高くなる。

普通なら消臭成分で臭いが消えるのだろうが、かなり濃く抽出しているのだろう、完全に消臭しきる前に臭みも一緒に乳化されて、臭いが固定されているっぽいのだ。


「何てことだ。それじゃあ他の冒険者が持ってる物もヤバいんじゃないか?」

「それは確認してみないと分からないが、可能性はあるかもしれない」


「どうする?一端引き返した方が良いか?」

「それじゃあ、討伐が遅れるだろ?薬師が同行していることだし、何か方法が無いか相談してみた方が良いんじゃないか?」


「そうだな、そうしてみよう」

そう言ってガルディスさんが左の握り拳を真っ直ぐに突き上げた。

これって、止まれの合図だったな。


「俺じゃあ説明ができんから、エドガーも来てくれ」と連れ立って後方のギルド関係者と薬師の所に向かった。


ガルディスさんが簡単な説明をして、それを俺が引き継ぎ同行している薬師に消臭薬の確認をしてもらった。

結果、俺の言葉が正しいことが証明され、どうするかと言う協議になった。

なので、俺から一つの案を提案することにした。


「薬師の方で、植物性の油を持ってる方はいますか?あるなら乳化の足りない分を、ここでやってしまえば、取り敢えず臭いですが使用はできると思うんです。臭さはゴブリンほどでは無いですし、それでしのげませんか?」


薬師は乳化作業ができる程度に油を持っていて、ギルド関係者が討伐日程の変更をできない契約になっていると言うことで、俺の案が採用されることになった。

勿論、主力である"守護者の盾"には俺の消臭薬を渡してある。

彼等が臭いのを我慢して戦っていては、何が起きるか分からないからだ。


トラブルはあったことで時間的にギリギリになってしまったが、洞窟の見える位置まで来ることができた。

あとは全員が配置に着けば、戦闘開始になる。


アチコチで準備完了の合図として手が上がり、全ての場所で確認できたことで、戦闘開始の合図と同時に全員が雄叫びを上げて駆け出した。

ゴブリンには洞窟から出てもらわないと狭い洞窟ではこっちが戦い難いのだ。


その洞窟からは、ゴブリンがバラバラと出て来始めている。

洞窟前の少し広くなった場所を半円に囲むように冒険者が配置され、中央に少し突出したように"守護者の盾"が陣取っていた。

まさに最前線だな!


既に戦闘は始まっていて、"守護者の盾"が一番多くのゴブリンと戦っているが、少数とはいえ左右にもゴブリンは流れていて、色んな所で戦いになっている。

まだ、上位種は出てきて無いようで、戦闘は安定しているようだった。


洞窟から出てきたゴブリンが二百を超えた頃、流石に死骸が増え過ぎて足元が悪くなりだした。

この状況を想定していたのか、この時のギルド関係者の対応は良くて、"守護者の盾"直ぐ後ろにいた冒険者数名がドンドンとゴブリンの死骸を移動し始めた。

この冒険者も非常に慎重で、死骸が確実に死骸であると確認(もう一度ナイフで刺してた)してから移動してた。


そんな風に、討伐は安心して見ていられたが、それはまだ上位種が出ていなかったからかもしれない。

その光景をブチ壊したのが、洞窟の中から飛んできた火の球だった。

それを、ガルディスさんが冷静に自慢の盾で打ち払っていた。

魔法を使うゴブリンの上位種からの攻撃だったのだろう。


俺は後方にいるために怖さは、それほどでも無かったが、周囲の冒険者達が一斉に緊張感を漂わせ始めた。


そして、さっきの火の球が合図だったように、水や土の球が連続するように洞窟から飛び出して来た。

ガルディスさんは、完全に魔法の防御に回らざるを得ず、一気に雑魚ザコゴブリンへの牽制ができなくなった。


その影響は、周囲にいる冒険者に出てくる。

先程までよりも明らかにゴブリンの数が増え始めたのだ。


同行していた魔法使いがゴブリンの上位種に攻撃したくても、相手が洞窟から出てこないために、それができない。

ギルド関係者の指示で周囲の冒険者の援護に回っているが、上位種が一体も斃せてない状況は良く無い。


なかなか良い打開策が無いまま戦闘を続けているが、これでは消耗するのは俺達の方になる。

今でも、後方の俺達の所までゴブリンが流れてきている。

俺が護衛する形でギルド関係者や薬師を守っているが、これは非常に良く無い状況だった。


また流れて来た、そのゴブリンを斃しながら考える。

洞窟の中にいるゴブリンの総数が正確でない以上、何か突破口が必要そうだ。


俺には一つだけ良い方法が思い付いているが、それには誰かが前線を越えて洞窟の入口まで行く必要があった。


「エスクラさん!」と大きな声で手招きする。

何やら仲間に声を掛けてから、彼女が後方へ下がってきた。


「エドガー、何?」

「この状況、良く無いですよね」


「間違い無く消耗戦になるわね。最悪の状況よ」

「俺に打開策があります」

持っていた液体入りのビンを二つ取り出して見せる。


「それは何?毒とかかしら?」

「いいえ、消臭薬の原液です」

俺の言葉に、背後で薬師が息を呑むのが分かった。


「消臭薬の原液?」

「さっき話したでしょう、乳化されてない消臭薬は凄く刺激が強いって」

俺の言葉で何か思い出したのだろう。


「あっ!」

「これを密閉された洞窟の中に投げ込んだら、どうなると思います?」

続く俺の言葉に面白そうな顔をしている。


「うわー、なにか想像しただけで痛そうよ」

「その通りですよ。目も開けれず、息をするのも苦しい、最悪コレの刺激だけで死んでしまうゴブリンも出るでしょうね」

ここまで話せば、やることが分かったようだ。


「つまりそれを洞窟の中に投げ込めってことよね」

「ええ、できるだけ奥にお願いします」


俺の言葉に頷きながら「分かったわ、任せて!私の魔法で上手くやるから!」とエスクラさんは良い返事をして、俺から二つのビンを受け取って前線に戻って行った。


背後から薬師の一人が「あれ強烈ですよね。割れたら大変なことになるのに持って来たんですか?」と聞いてきた。

その心配は分かるが、俺は収納スキルが使えるから、外部からの衝撃で中の物が壊れる心配は無いと知っている。

まあ周囲の人間は、そんなことを知らないから心配するんだろうけど。


「厳重に保護してたんで少々のことでは壊れないようにしてましたよ。俺が発見しましたが、洞窟で立て篭もられた時に困ると思って用意してたんです」


そんな俺の話に感心してる人達は置いておいて、俺はジッとエスクラさんの方を見ていた。

俺の視線をエスクラさんが感じていたかは分からないが、彼女は何を思ったのか、突然ビンのフタを空けようとしていた。


「えっ!そこで空けちゃあダメだ!」

咄嗟に叫ぶが遅かった!



前線が崩壊するかも知れない、そんな不安で俺は一瞬目を閉じてしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る