第61話
「どうした?さっきまでは威勢良く
片手を離した状態で、剣を構えている騎士団長に問う。
「ぐっ!」
完全に言葉に詰まってるな。
だが、さっきの攻撃は浅かった。
つまり今は片手が使えないが、時間経過で使えるようになる可能性が残ってる。
何も言わずに黙っているのは、その時間稼ぎをしているのかも。
ここは畳み掛けた方が良さそうだ。
さて、いくぞ!などと声は掛けない。
俺は黙って攻撃を再開した。
まずは足を止めたい。
だから態と残った左手を狙う。
相手からすれば、武器を持てなくするための攻撃だと思うことだろう。
何回か攻撃すれば、意識はそっちに向かうはず。
そこで、逆の右手を狙う。
左手一本で捌くには難しい事だろう。
絶対に体勢が悪くなるはずだ。
そこで本命の足である。
狙いは膝だ。
左右どちらを狙うかは、体勢の崩れ具合によって変わるが、どちらを狙っても足を奪う事ができるはずだ。
俺の狙い通り以上に、体の動きが鈍ってる。
段々と捌けない状態になってきて、体全体でかわし始めていた。
あれ?右肘の攻撃は浅かったと思ってたけど、結構綺麗に決まってたのかな?
そんな疑問が浮かぶが、攻撃の手は休めなかった。
結果、隙だらけの右膝に攻撃が入る。
ガクッ!と膝を着く相手。
更に攻撃を加えようとしたところに、相手が思わぬ行動に出た。
左手に持っていた剣を俺に向けて投げたのだ。
咄嗟にかわそうとしたが、背後に一般人の住民がいる事を思い出し、槍を使って剣を弾き上げた。
相手の背後まで飛んだ剣が落ちる音と、俺の怒りが頂点に達するのはほぼ同時だったと思う。
「この馬鹿野郎がぁ!」
俺は住民を巻き込みかけた相手の攻撃が許せなかった。
怒りに任せて攻撃をしたので正確には覚えていないが、気付いた時には両手両足の関節は全て砕き終わっていた。
その惨状を見て、一瞬自分が何をやったのか飲み込めなかった。
だが、それも相手の行動が招いた事である。
俺を怒らせたのが間違いだったのだ。
俺は、これで勝負が付いたとばかりに相手の首元に槍の穂先を向ける。
その俺の行動には何も答えず、騎士団長は痛みに何とか耐え気絶する事無く怒鳴った。
「クソッ!どうした!殺せばよかろう!」
「はぁあ?アンタ本当に馬鹿だな。殺す訳無いだろ。俺は犯罪者にはなりたくないからな」
ここは戦場じゃないんだぞ。
「俺をこんな風にした時点で犯罪者だぞ。今更何を言ってるのだ」
「アンタこそ何を言ってるんだ?アンタが先に剣を抜き、俺を切り捨てるって脅したんだろうが。俺は襲い掛かられたから応戦しただけだぞ。正当防衛ってヤツだ」
俺はコイツが剣を抜いたのを確認してから武器を構えたからな。
「お前が暴言を吐いたのが先だろうが!」
「おい!そこの警邏兵!暴言を言ったら切り捨て御免なんて決まりがあるのか?」
「・・・あ、ありません」
だよな。
それが普通だろ。
相手が貴族っていうなら、話が変わる可能性もあるだろうけど。
「だってよ。つまり犯罪者はアンタで、俺は関係無し。おい!あんたら、この元騎士団長を牢屋にブチ込んどいてくれよな」
そう警邏兵に告げる。
「しかし・・・「しかしもカカシも無いだろ。間違い無く決まりを破ったのはアイツ。俺じゃ無い。今まで規律を厳しく守らせてたアイツが自分で規律を破ったんだ。同じように厳しく取り締まられる事も理解できてるはずだよな?」」
渋る警邏兵に正論をぶつけ、有無を言わさず追い詰める。
「煩いわ!」
「黙れ!この馬鹿野郎が!お前のせいで領主は馬鹿だと思われ、領民が反乱を起こすかも知れないのに、まだ理解できねぇのか!」
この馬鹿野郎は、いまだに自分の状況を全く理解してなかった。
「もう、ここにいる誰もアンタを騎士団長だなんて認めてねぇぞ。逆に、これからもアンタが騎士団長なら、この街から領民が消えてしまうかもな」
「そうだ!そうだ!」と俺の周りの住民が騒ぎ始めた。
俺の背後にいた住民の騒ぎが大きくなった事で、更に周囲の建物から住民が出てきて騒ぎが大きくなっていく。
その光景に、流石に危機感が勝ってきたのだろう。
警邏兵達が、騎士団長を抱えて詰め所に戻って行った。
俺は忘れずに警邏兵に「ソイツの治療はするなよ!あと、さっきの状況を正しく辺境伯に報告しろよ!もし嘘を吐いて俺に手出しするなら、今度は死人が出ると思っとけ!」と言っておいたのだった。
彼らが去ったあとの現場は騒がしいどころの状況ではなかった。
大声で話をしている内容を聞いてみれば、結構前の段階から覗き見していた人が多く、しきりに騎士団長への不満を口にしているようだった。
元々が問題行動や発言が多かったようで、今回それが爆発した感じみたい。
俺の姿に気付いた人が声を上げると、それからはもう滅茶苦茶。
揉みくちゃにされながら、御礼を言われるのだ。
どうやら宿屋のご主人は人望があったようで「助けてくれてありがとう」という言葉を大量に貰った。
暫くそんな感じで騒がしい状況だったが、流石に近所迷惑になるということで、ある程度したら解散する事になった。
家に戻ったり、宿に戻ったりする人々の中、俺は荷物を持って宿を引き払うと告げる。
まあ、そう言えば皆が反対するだろう事は分かっていたが、宿に迷惑を掛ける方が気になる。
実際問題として迷惑が掛かるかどうかは分からないが、その可能性がある以上は俺はいない方が良いのだ。
ただ・・・騎士団長が馬鹿野郎なだけで他はマトモそうだったし、可能性は低いかな?
あっ!でも野営地にいた騎士がちょっとだけ騎士団長ぽかったよな。
一定数、同じ様なのがいると思っとかないと不味いのかも。
かなり引き止められたが、せっかく助けた人に迷惑を掛けるのは、どうにも落ち着かない。
そう説得しようとしたのだが、宿屋の主人自らが「命の恩人にそんな事はできない」と言い切ったせいで、逃げる事はできなくなった。
「そこまで言われては出て行く訳にもいかないな。今晩だけ世話になるよ」
「今晩だけなんて言わず、何日でも泊まっていってくれ」
いやいや、元々一泊か二泊の予定だったし。
「いや。明日の朝には、この街を発つよ。帝国に行かなきゃいけないんだ」
「帝国に・・・戻ってくるのかい?」
「俺は冒険者だからな。仕事で戻ってくる事はあるかもな」
「なら、その時はうちに泊まってくれ。あんたなら無料でも構わない」
そんな事は言っちゃいけないぞ。
悪いやつなら・・・悪いやつが人助けはしないか・・・
騒がしい夜が更けてゆき、翌朝、陽が出る頃には宿を発った。
昨夜遅くまで騒いでいたからか、宿屋はしんと静まり返っていた。
極力音を立てないように移動し、カウンターに鍵を返す。
そのまま、そっと何も告げずに宿を出た。
向かう先は国境側の門である。
そこさえ出てしまえば、色々な不安要素が減るんだ。
さあ、行こう!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます