第38話

四頭なら何とかなると思っていたが、現実は厳しかった。

最大の問題はメルフィーという護衛対象だ。

どんなに狼に攻め込まれても、その場を動けない。

つまり、どんなに攻撃できそうでも、護衛対象が背後にいる以上守りが優先してしまい、攻め切れないのだ。

そういう観点から見ると、アッチが四頭というのは体力的にコッチが不利なのである。


いたずらに時間と体力を使えば、最終的に負けるのは俺で、メルフィーも逃げられない。

打開策は・・・少々強引でも、一頭減らす事。

それだけで狼たちの連携を崩す取っ掛かりになる。

だからと言って、強引ではあっても無謀ではダメだ。

何処かに・・・隙が無いか・・・


あっ!確か"弱点看破スキル"が、相手の弱点を見破るスキルだったはずだ。

今持ってるスキルは殆どが【ストッカー】と連携してる"保存石"に入っているから意識してスキルを使わないといけないのが問題点なんだよな。


弱点看破スキルを意識して狼たちを見ると、左側の狼二頭の左前足がボンヤリと光っているのが分かった。

たぶんあの光っているのが弱点だ!と感覚的に分かった。

怪我をして完治してないとかじゃないだろうか。

俺の左側にいるのも、槍を両手で構えると、どうしても右構えになるから俺が攻撃し辛いからだな。


弱点が分かれば、その理由も理解でき、攻略する方法も思い浮かべる事ができる。

戦う事に慣れてないから、スキルの使い方もイマイチで訓練が必要だと痛感する。


そうとなれば、まず右の二頭を強めに弾き飛ばして距離を取りる。

その間に牽制に来るだろう左の二頭に傷を負わせるか、一頭を行動不能にすれば状況が変わるはずだ。


俺は作戦を決めて、そのタイミングを見計らった。


『ここだっ!』

上手く右の二頭の攻撃が連続したところを狙って、いままでより強く弾き飛ばす。

着地位置も少し遠くなってるし、今までと違う強い反撃に躊躇してる。

そうなれば自然と左側の二頭が牽制を仕掛けてくるよな!


『それを待ってたっ!』

二頭の内右側の左前足を引っ掛けるように手前に払い飛ばす。

勿論、当たる瞬間に力を入れ強めに衝撃を加える。

そこを狙うように、もう一頭が俺の脚に噛み付こうとする。

俺は、払った勢いそのままに回転して噛み付きに来た鼻面に蹴りを叩き込み、更に槍の石突で下から顎をかち上げる。


『上手く決まったっ!』

そこには無防備に腹をさらけ出して空中に弾き上げられた狼がいる。

空かさず、そこへ槍を一突きして素早く残り三頭がいる右側を向いた。


一頭がやられた事で明らかに戸惑っている三頭を睨み付ける。

少し下がり気味の一頭は、さっき俺に足を払われたヤツだろう。

左足を庇っている。


ここまで来れば、残りは時間の問題だ。

実質まともに俺を攻撃できるのが二頭しかいないのだ、直ぐに決着が着くだろう。

視線に『どうする?まだやるか?』と言う気持ちを込めて見つめる。


数秒、十数秒・・・あっ!ジリジリ下がりだした。

追わないと言う意味を込めて槍を立てると、一気に振り向いて走り去る三頭。

狼たちが見えなくなるまで見つめ、息を吐いた。


「メルフィー、もう大丈夫だ。目を開けても良いぞ」

後ろを見ずに声を掛けた。

いくら走り去ったとは言え、森の中では警戒する必要があるからだ。


「あの・・・狼は?」

「そこに二頭死んでるぞ。あとは逃げたな」

そう言って、現実と向き合わせる。

一歩間違えば、それはメルフィー自身の姿だったのだ。

街の外の怖さを知らず無謀な事をすれば、直ぐにそこの狼たちと同じ姿になるのだ。


「分かったか?俺が来ていなければ、アレはメルフィー自身だったかも知れないんだ」

かなりきつい事を言ってるとは思うが、優しく言っても反省しなければ役に立たないのだ。


小さな声で「ゴメンナサイ」と言いながらすすり泣いている姿に、少しばかりの罪悪感はある。

何せ状況的に、一番悪いのは俺なのだ。

ギルドでメルフィーに聞き取りした時には気付けなかった。

しかし、ふと思い出して考えれば、レシピがテーブルの下に落ちていたって事は、俺が落としていたという事なのだ。

つまり、俺がきちんとしていれば、あの状況は生まれなかったかもしれないって事。

結果、俺が一番悪い事になる。


だが、その後のメルフィーの行動については、彼女自身に責任がある。

だから、軽率な行動をしないように反省させる必要はあるのだ。

でも・・・若い女性の涙は・・・堪えるな・・・


何とか彼女が泣き止む頃、俺の聴覚スキルが人の声を捕らえた。

不味い事に俺達の方に向かって来ている。

それを追うように、デズットの声も聞こえて来た。


討伐隊として行動しているはずのデズットが追っているって事は、盗賊団の誰かか?

メルフィーがいる状況で対面したくない相手だ。

これは逃げる方が得策だな、と判断してメルフィーに話し掛けた。


「誰かコッチに来るみたいだ。盗賊だと不味い。逃げるぞ」

そう言って彼女の手を取り、その場を離れる。

ここはかなり深い森だし下生えも多い、しゃがんで隠れてしまえば簡単に見付かる事は無いはずだ。

丁度木々が重なって見え難くなっている場所で息を殺して様子を伺った。


少し待っていれば、狼たちの匂いで気付いたのだろう、一人の男が現れた。

その容姿を見た瞬間『隻眼のガーブラだ!』と分かった。

ゼルシア様が言っていた通り、討伐隊から逃げて来たのだろう。

だからデズットが追っているに違いない。

だが、デズットはガーブラを完全に見失っているのか、進む方向がズレているように聞こえた。


『不味いな。このままだと、また逃げられるぞ』

非常に面倒な判断を迫られる。

ガーブラを逃がしたくない気持ちと、メルフィーを守らなければならない気持ちと、デズットに見付かりたくない状況がせめぎ合う。


・・・そうかっ!槍の投擲!

反応速度の速い狼すら一撃で倒せた、あの方法ならメルフィーを危険にさらさずガーブラを倒せる。

槍を素早く回収して、現場を離れればデズットに会う事も無いはずだ。

デズットもガーブラの死体を放置して、俺らを追う事は無いだろう。

それなら街で会っても、知らぬ存ぜぬで逃げ切れる・・・と思う。


そこまで考えれば、やる事は一つ。

メルフィーに背後を向かせ、俺は槍を構えた。

意識するのは、狼を倒した時と同じ槍聖スキルに合成した必中。

意識を集中して、背中を見せる瞬間を待つ。

何で背中か?って、奇襲は背後からが常套手段だろ。


ガーブラが追っ手のデズットを気にしたのか、背後を振り向いた。

『今っ!』

そう思った時には、反射的に槍を投げていた。

投げた槍は、吸い込まれるようにガーブラの心臓を背後から貫いた。


「なっ!・・・にが・・・」

一瞬だけ声を上げ倒れるガーブラ。

デズットにも聞こえたはずだ、明らかに音が近付いて来る。

急がないと不味い。

彼女をその場に置き去りにして走り出す。

素早く槍を抜き取り、そのまま元の場所に戻るため踵をかえした。


俺がメルフィーと隠れるとほぼ同時にデズットが姿を見せる。

良かった、見られてないはずだ。


デズットはそのままガーブラの死体を調べ、周囲を警戒してる。

その行動は当然だろう。

何せ、追い掛けていたガーブラが何者かに殺されている所を発見したんだ。

その何者かが味方だと言えない以上,

警戒するのが当たり前なのだ。


デズットが警戒してる間、二人で息を殺して待機する。

随分と時間が経ってから、遠くで呼子の笛の音が響いた。

それを聞き取ったデズットも同じように笛を吹く。

たぶん場所を知らせる合図だ。


呼子の笛を吹いた事で、デズットの気が少し緩んだ感じがする。

立ち去るなら今だろう。

メルフィーに小声で「ゆっくりなるべく音を立てないように離れるぞ」と指示をしてその場を離れる事にした。


かなり慎重に移動し、完全にデズットの警戒している範囲を外れた所で息を吐く。

「ここまで離れれば、討伐隊に気付かれる事も無いだろう。さて帰ろうか」


かなり色々あって疲れ切った感じのメルフィーを連れて森を出るために歩き出す。

何とか彼女を無事に連れ帰るという目的を達成できるだろう。

まあ思わぬ副産物である、ガーブラの討伐ってのもあったが・・・



ただ、街に帰った後が怖い。


絶対にリザベスさんに説教をされる気がする。


帰る途中でメルフィーと話の辻褄つじつま合わせをしとかないとな・・・

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