仁、絡まれる

「……おい、あれジャックじゃないか?」

「うわっ、マジじゃん。あの坊主終わったな」


 ジャック? 誰それ、豆の木?

 生憎、僕の記憶にはジャックという名が付く人物はそれくらいしかないが、この巨漢が現れてから周囲が明らかにざわめき始めていた。


 もしかして、この巨漢は凄く有名な人なのかな?


「――坊ちゃま、御下がりください」


 僕が思案を巡らせていると、今度はシリアが僕と巨漢の間に割って入ってきた。

 相変わらず表情の変化に乏しいが、それでもシリアの顔はいつもよりもどこか強張っているように見えた。なんだろう、こんなシリアは初めて見たかもしれない。巨漢を睨み付ける鋭いその相貌は、いつにも増して冷酷で冷徹だ。


 僕は小声でシリアに問いかける。


「……シリアの知り合いか何か?」

「いえ。ですが……何だかあの者からは嫌な予感が致します」


 まあ確かに、十中八九カタギではなさそうな見た目はしているけど。

 

「それなら寧ろ話は聞いてあげようよ」


 百パーセント、夜の遊び方とか色々知っていそうだし。

 だがそんな僕の考えとは裏腹に、シリアはキッパリと首を横に振った。


「仰っていることが理解出来かねますが、こればかりは絶対になりません。坊ちゃまの身の安全をお守りするのが私の勤めでございます。もし万が一がございましたら、私は旦那様に合わせる顔がございません」

「いやまあ……そりゃそうだろうけど」

「宜しいですか。私が追い払いますので、坊ちゃまは話を合わせてください」


 スッキリはしないが、こんな真剣な顔でシリア自身の立場のことを言われてしまったら僕も引き下がるしかないだろう。ついさっき大勝負をして僕の心も満たされていることだしね。


 と、こうして僕たちだけで話していたからか巨漢は無視されたとでも思ったのか、若干イラついたような口調で迫ってきた。


「んだァ、コソコソしやがって。つかよ、メイドの嬢ちゃんどいてくんねェか。オレぁ、その小僧に話があんだがなァ?」

「それは出来かねます。申し訳ございませんが、坊ちゃまは今体調が優れないみたいですので。どうか、お引き取りを」

「シリア、流石にそれは無理ない? さっきまで僕、結構元気いっぱいに叫んでたけど」

「黙りなさい、坊ちゃま」


 凄まじい眼力で僕を威圧してくるシリア。

 ……僕には、この巨漢の人よりもよっぽど今の君の方が怖く見えるよ。

 しまいには「そういうことですので。それでは私たちはこれで失礼致します」と巨漢に一礼し、僕の手を強引に引っ張って来た。


 あまりの勢いに僕はされるがままで、早々にこの場を立ち去った。


 ――立ち去ろうとした瞬間だった。


「あーあー、残念だなァ? 別に殴り合いの喧嘩をおっ始めようってワケじゃあねぇのになァ? ただそこの坊主にコイツで一勝負どうかって誘いてぇだけなんだがなァ?」


 まるで、それは僕らの事を挑発するように。巨漢はあからさまに声を大きくしてそう口にした。


 …………一勝負?


「坊ちゃま、聞く耳を持つ必要はございませんよ? さあ、お屋敷に帰りましょう」

 

 ぐいっとさらに僕の手を引きながらシリアが念を押すように釘を刺してくる。

 だが僕の足は完全に歩みを止めて巨漢の方を向き直していた。


 巨漢――ジャックが手に持っていたのは、1枚のトランプだった。

 そのトランプは、前世で言う所のスペードでナンバーはJジャック

 ジャックは口角を歪ませると、満を辞してこう口にした。


「やろうぜ、ポーカーを。タイマンでよォ」

「――やろう、タイマン」


 僕は脊髄反射で返答をしていた。

 そしてシリアの視線が絶対零度を超えていた。


「坊ちゃま、どういうおつもりですか」

「いや本当に申し訳ない、シリア。申し訳ないけど……でも、タイマンはやらないとだよ」

「……理由をお伺いしても宜しいですか?」


 え? いや、どうしても何も……単純に響きが良いからだけど。

 でも今のシリアにそう口にしたらとんでもないことになりそうってことくらいは、僕にも分かる。


「……シリア、ここに来る前に僕が言ったこと覚えているかい?」

「坊ちゃまが、ですか?」

「うん、言ったよね。僕はこの街を網羅するんだって」

「確かに仰っておりましたが……」

「ならこのカジノに巣食う巨漢くらいで物怖してちゃダメだろ?」

「お言葉ですが、坊ちゃま。今回ばかりはご冗談を仰っている場合ではございません。今すぐに発言を撤回なさるべきです」


 いつも以上に断固として僕の発言を切り捨ててくるシリア。

 けれど、僕にも譲れないモノはある。


「それは違うよ、シリア。最初から今まで冗談のつもりだったことなんてないよ。僕はいつだって本気だ」


 そうだ、これには偽りはない。僕はこのカジノに、この夜の街に本気で遊びに来ているんだ。そこから目を背けることなんて、到底許されないのだ。

 それに例えそのせいで破滅を迎える事になったとしても、そこに未練や後悔などは一切無いだろう。


「坊ちゃま、私は……」


 依然としてシリアは何か物申したそうな表情を浮かべているが、こればかりは僕も妥協出来ない。


 僕はシリアの手を軽く解くと。


「大丈夫だよ、シリア。こう見えて僕、トランプは結構得意な方だからさ」


 そう言い捨ててジャックの方へ戻った。


「待たして悪いね、ジャック」

「くっくっく……小僧、オレぁ乗ると思ってたぜェ、テメェなら」

「そう? でも笑っていられるのも今の内だと思うよ? なにせ今日の僕は神様に愛されているからね」

「ああ、奇遇だな。どうやらオレも今日はツイているみてぇだからよォ?」


 互いに視線を交わし合う。流石に場慣れをしているだけはあって、その不敵な笑みの裏に隠れている深層心理は全く読めない。


 だけど、別に良い。というかこういうので良い、シビれる。

 ジャックが何をしてこようと関係ない。僕は、僕の遊び方を貫き通すまで、だ。


「じゃあ、始めようか。君と僕のタイマン・ポーカーを、さ」

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前世で「つまらない」とフラれた挙句親友に寝取られたので、第二の人生は破滅するくらい遊び尽くしてもよろしいでしょうか 阿野ヒト @ano_hito

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