仁、ルーレット
「失礼を承知でお伺い致しますが、坊ちゃま。ルーレットの遊び方はご存知なのですか」
突然の僕の乱入で、場の雰囲気は殺気に満ち溢れていた。
両腕を組みながら他プレイヤーからの視線を堪能して僕の心も最大限に盛り上がりつつあった。
そんな全てが整い尽くした最高局面で僕に耳打ちして来たのは、もちろん我が家ご自慢のメイドであった。
「うん。君はいつも絶妙なタイミングで、絶妙なことを言うね」
「当然です。坊ちゃまのメイドですので」
「…………まあ僕がルールを知っているかなんて言うのはさ、とりあえず回してみれば分かるさ」
「ええ。回すのは、ディーラーでございますがね」
「………………そうだね」
そうなの!?
ルーレットというゲームなのにルーレット回せないの!? 人生ゲームですら回せるのに!? タイトル詐欺にも程があるじゃないか……!
早速、出鼻を挫かれた感が否めない。ルーレットを回さずにどうやって遊べば良いって言うんだ。
「何だよ坊主、随分と様子を見るじゃねえか。やっぱり家でママのおっぱいでも吸ってた方が性に合ってんじゃねえかぁ?」
隣で座っている無法者のオジさんが野次を飛ばしてきたが……何を言っているんだろう、このオジさんは。僕はいつでも臨戦態勢を整えているというのに。
僕が困惑していいると、またしてもシリアから「坊ちゃま」と声を掛けられた。何故かシリアは指を3本立てていた。
「因みに、こうして坊ちゃまと私がお話していた間に3回ほど結果が出ております」
「………………。」
「ルーレットは、卓上に印されている数字にチップを賭けて楽しむ遊技でございます。ディーラーが0~36までのポケットがあるルーレットの盤を回し、その中に勢いよくボールを投入致します。盤を走るように放たれたボールが勢いを失って落ちるまでの限られた時間で、坊ちゃま達プレイヤーはボールが入る番号を予測して賭け金であるチップを卓上に印された数字などの賭け枠に置きます。そして勢いが完全に無くなり、ボールが入ったポケットの番号がそのゲームの当選番号となります。外れたチップは問答無用で回収され、当たったチップに順次配当が付けられます。配当の倍率などは賭け方によって異なりますが……もちろん坊ちゃまならご存知ですよね」
「………………まあね。けれど、へえ~よく知ってるじゃないか、シリア。見直したよ」
「お褒めに預かり光栄です、坊ちゃま」
シリアは改まって恭しく一礼してきたが、完全に見透かされているような気がしてならない。
というか、ルーレットってそんな遊びだったのか。なんか思っていたのとは随分と違ったけれど……これはこれで愉しそうではある。
立ち上がりはもたついてしまったが、ルールさえ解ればこっちのものだ。ここのレートについてはチップを交換する時に1チップ=2000リョーだと説明を受けている。後は、賭け金をチョイスすれば良いだけ。
まあ、どんな事も肝心なのはスタートだ。
「――いきなり大きく出てやる」
そう口火を切ると、僕はチップを塔のように積み重ねた。そしてそれをそのまま賭け枠の下段中央にあるなんか凄そうな赤色の菱形マークの所に置いた。
そのチップの枚数なんと5枚。10,000リョーだ。
「ぷっーーーーーーーはっ!! おいおい、あれだけ大口叩いて置いてチップたったの5枚
「見ろよ、しかも
「……シリア。彼らは、何故笑うんだい?」
「おそらく大見得を切った坊ちゃまが直接数字に賭ける
インやらアウト? え、なに、急に。ちょっといかがわしいお話だろうか。
専門用語が多すぎて一瞬、良からぬことを想像してしまったが、シリアがジトっとした眼差しを向けてきていたので、すぐにそうではないのだと悟った。
「
確かに卓上に数字が印されていて、チェスの盤面みたいに赤と黒で分けられてたけど、あれただのレイアウトじゃなかったんだ。覚えておこう。
けれど、なるほどね。ふむ、だから彼らは笑っていたのか。
…………笑う要素なくない? というか嘘だ。約50%が高い!? 2回に1回は外れるんだよ!? そんな綱渡りが彼らにとっては朝飯前だとでも言うの!?
さ、流石は夜の遊び人たちと言った所か……2分の1の確率を軽く笑い飛ばせるだなんて良い感性してるよ、本当に。
いいよ、そっちがその気なら僕にだって考えがある。
僕は意を決して素早い手つきで追加のチップを重ねる。
その枚数、なんと2枚だ。
「……何のつもりだ、この坊主」
「分からん。一周回って気味が悪いぜ……」
はい、黙らせた。賭場の猛者たちとはいえこの決死のプッシュには、さすがに驚きを隠せなかったようだ。
因みに、信じられないかもしれないが、さらに追加で2枚は賭けられる余裕が僕にはある。
なんなら今ここで披露してみせても良いが……。
「
しかし、残念。タイミング悪くディーラーがベット終了の宣言を下した。
……いや、ディーラーめ。もしかして僕が調子付くのを恐れて少しだけ早めに宣言しなかった?
流石プロってとこか。このディーラーも伊達に修羅場はくぐり抜けてきてはいないらしい。
「坊ちゃま、鼻息が荒過ぎでございます」
「黙ってて。今、僕は一世一代の大博打をしているんだよ」
「コレが、でございますか?」
いつも以上にゴミを見つめる眼差しでそう零すシリア。
あー、まだ解らないか、シリアには。この領域が。心臓に直接耳を充てているんじゃないかと錯覚するくらのこの鼓動が。圧し潰されて胃液を吐き出しそうになるこの緊張感が。
しかも無情なことに今の僕にできることは、結果を見守ることだけ。二分の一の天秤が僕に傾いてくれるのをひたすらに待つだけだ。
入れ。入れ、赤。
赤、来い。来いよ、赤に。
頼むよ、赤。お願いだよ、赤。
どれだけの間、そう祈りを捧げていただろうか。一秒がずっと長く感じられたような気がする。時が止まったとさえ感じた。とにかく結果が待ち遠しくて。じれったくて。でもどこか盤面から目を逸らしてしまいたくなるような。そんな不安と興奮が入り混じった感覚が脳みそから足先までを駆け巡る。
そして結果は、思いのほか呆気なく訪れた。悪戯好きな子供のように先程まで勢いよく走り回っていたボールは、一度として弾かれることなくポケットに滑り込んで行った。
そのポケットの数字は23。そしてその数字の色は、
――赤であった。
「しゃぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
僕は勢いよく席を立ち上がって、ガッツポーズを取った。
「喜び過ぎだろ、こいつw」
「目も血走ってんぞw あんだけチップ有って、どんだけ必死なんだよ」
「マジ、ウケる」
おうおう、外野がなんか言ってるけどさあ! 普通に嬉しいからぁ!? だって合計チップ7枚だよ? 14,000リョーが一気に28,000リョーだよ!?
いける。今夜の僕はツイている!
僕が歓喜に打ちひしがれていると、後ろから肩をポンポンと叩かれた。
何なのさ、シリア! こんな時まで水差さないでよ! いまちょっとこっちは感動で忙し――
「よォ、小僧ォ。面白しれェギャンブルするじゃねぇかァ?」
いつからそこにいたのだろう。振り返ると、まるで岩男のような巨漢がこちらを覗き込んでいた。
頭はスキンヘッドで身体のどの部位を取ってもゴツく、ひび割れた岩石を彷彿させるような荒々しさがある。
まさに、夜の街に居そうな人間ランキングナンバーワンみたいな漢が、目の前に。
……どなた?
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