第46話 説明しよう
「ああ、くそ。何時だと思ってるんだ……」
「そっちこそ何時だと思ってんの?もう12時だよ!お天道さまも天辺!!」
菅原と話した後二度寝していたら、葉月に叩き起こされた。無駄に元気な声が耳に刺さって痛い。
(……お天道様とか久しぶりに聞いた)
知美も起きているようで、呆れたような声が響く。
「太陽なんか関係ないだろ。こんなところで」
葉月に連れられて歩いているが、無機質な場所だ。
通路はくすんだ白い壁に囲まれ、天井は配管がむき出しになっている。
窓は無く、太陽がどうなっているかなんて分からない。
「やっぱり太陽を浴びてないからだよ!日光を受けてないから、そうやってじめじめとネガティブなことばっかり言っちゃうんだ。よし!まずは外。外に出よう!」
葉月が良く分からない持論を展開する。その声は無理やり明るく振舞おうとしているようで、どこか痛々しい。
(葉月ちゃんは周りのことよく見てるから。今回も、美里ちゃんが怪我しちゃったの、自分のせいだと思ってるんじゃない?でも自分が沈んだら空気が死んじゃうから、明るく振舞わなきゃいけない。多分、そんな感じかな)
葉月も難儀な奴だ。
「お前、自分がどこに向かってるか分かってるのか?」
どれだけ歩いても白い通路と部屋があるばかりで、自分が同じ場所を歩いているのではないかと不安になる。
ずっと景色が変わらないから、自分が歩いているというより、周りの景色が動いているように錯覚してしまう。
「あー、大丈夫大丈夫。たぶんこっちだったはず」
葉月があっけらかんとした声で言ってくるので、余計に不安になってくる。
(大丈夫。近づいてきてるから、道は合ってる。多分)
知美の言葉を受けて少し安心する。
なんとなく、左腕の傷跡に目を向ける。
熊との戦いからまだ半日しか経っていない。
だというのに、左腕は綺麗に皮膚に覆われている。
少し力を入れると違和感はあるが、見た目には何か月も前の傷のように見えている。
「最近の技術ってやつは凄いな。結構ざっくりやった傷だったのに、もうふさがっている」
傷のことを話題に出した途端、隣で一歩分だけ前を歩いていた葉月が、足を止める。
「その傷……」
『あー、それ』
突然天井から菅原の声が聞こえて驚く。よく見てみると、配管の裏にスピーカーが隠れている。
『ふさがってるように見えるけど、ただ培養した肉と皮が被さってるだけだから。ちょっといじったらぼろって取れちゃうから気をつけてねー』
(菅原さんは私の前で机に向かってる。光学ディスプレイは何かのソフトを映し出してるけど、監視カメラではない。そっちのことが分かったのは、たぶん彼女の能力)
どこからこちらの様子を窺っているのか確かめるため周りを見回すと、知美が菅原の様子を教えてくれる。
右手のやけどのような傷はもう無い。だが、あの傷も菅原の能力によるものだ。
こちらの監視と、こちらへの迎撃を同時に行う能力。
どんなものかさっぱり想像がつかない。不気味すぎる。
(……そういうものだって思うしかない。今菅原さんが目の前にいるけど、なんだか底知れない。ただそこにいるだけで少し不安になる)
「のぞき見か?いい趣味だな」
忙しなく目を動かしながら小声で言うと、すぐに返事が返ってくる。
『あはははは!そんな構えないでよ。取って食おうって言うんじゃないから。ま、私のことはお構いなくー』
相変わらずの軽い声。言い終わると、ぶちっという音とともにスピーカーが切れる。
「くそ。やっぱり気に食わん奴だ」
「……あのさ、みーちゃん」
見えない菅原に向かって毒づくと、葉月がおずおずと話しかけてくる。
そういえば、さっき何か言いかけたところで菅原が割って入ってきた。
「その傷さ、大丈夫なの?」
その声にいつもの明るさは無く、どこか心細そうだ。
「気にすんな。自分でつけた傷だ。何ともない」
「えっ!?なに、それ……」
本当のことを言うと、葉月が息を詰まらせ、絶望したかのような顔になる。
(……そうなるよね。私も、美里ちゃんが自分を大事にしないの、やだ。私の大事な、大好きな人なんだから、もっと大事にしてほしい)
理解を示しながらも、知美から少し怒りが交じった、本気で心配する感情が流れてくる。
「ど、どうして、そんなこと……」
「なんとなくだ。なんとなく。あの時は夢中だった。熊を相手にするには、私の能力を最大限に活かすにはあれがベストだって、なんとなくわかったんだよ」
声を震わす葉月に、あの時のことを思い出しながら答える。
知美と繋がっているのに、どこか遠く感じてもどかしい。
それを解消するには、痛みでつながるのがベストだと、直観的に分かった。
(……嬉しい)
こちらの考えを読んで、知美から心配と、それを塗りつぶす程の歓喜、幸福感が流れてくる。
知美も大概狂っている。だが、それがなんとなく安心する。
「でも、いや。そんな……」
意識を戻すと、泣きそうな顔をした葉月がぶつぶつと意味のないことを言っている。
それを無視して歩きだす。
知美のいる方に行けば良いだろう。
(ん。待ってる)
しばらくすると葉月も追いかけてきたようで、後ろを横目で見ると、口を開けては俯いてを繰り返している。
「はぁ」
鬱陶しいことこの上ない。いつもみたいに馬鹿な声で適当に喚いておけばいいのに。
(……ほかの人だったら葉月ちゃんもそうしてる。けど、美里ちゃんだから、素の自分がちょっと出ちゃってるんじゃない?)
嫉妬交じりの、しかしどこか嬉しそうな知美の声が響く。
知美といい、隊長といい、妙に私を持ち上げてくる。正直、気持ち悪い。
(む……)
少し怒ったような知美の感情。
それを無視して葉月に話しかける。
「これで分かっただろ」
「え……?」
葉月が顔を上げる。
その顔は縋り付くような表情で弱弱しい。
「お前が無茶して怪我した時、ほかの連中は自分を責めていた。自分が傷つくよりも周りの人が傷つく方がずっと辛いもんだ。分かったろ」
「っ……!」
一瞬葉月が泣きそうになるが、歯を食いしばって持ち直す。
(……分かってるなら、そんなこともうしないで)
知美から切実な想いが届く。
だが、それは無理な相談だ。
私が廃墟区画で生き残れたのは、生きるのに必死だったから。それでいて自分の命に執着を持っていなかったからだ。
相手からダメージを受けることを覚悟して、捨て身で殺しに行く。
中途半端な守りを捨てた短期決戦。
変に長期戦にもつれ込むより、こっちの方がダメージは少なかった。
染みついたこの経験はそうそう消えることは無い。
危ういものだということは自覚しているが、この捨て身の胆力こそが私の生きた証だ。
(そっか……。いいよ。その分、私が美里ちゃんを大事にする)
こちらの考えを読み取った知美が、胸を締め付けられるような想いと共に私を包み込む。
「ふん」
それに身を委ねるのが怖くて、鼻を鳴らす。
「この部屋だな。さっさといつもの葉月ちゃんに戻りな」
知美のいる部屋の前に着いたので、葉月を促す。
しばらく心細そうな顔をしていたが、葉月がスッと息を吸って目を大きく見開く。
目から力を抜くと、いつもの顔になる。
「おっまたせー」
能天気な声で部屋に入っていく葉月に続く。
(……葉月ちゃん、すごい)
確かに、あの変わり身は驚きだ。
「ああ、いいのよ。椅子が無くて悪いわねー。とりあえずこっち来て」
部屋に入ると、菅原がにやにやしながら声を掛けてくる。
私らのことをずっとのぞいていたのだろう。趣味の悪い奴だ。
(美里ちゃんと気が合うんじゃない?同じようなことしてるんだし)
勘弁してくれ。
作業机に向かっている菅原の周りにほかの隊員が集まっている。
「シミュレーターで何かするのか?」
菅原のもとへ向かいながら、部屋を見渡す。
シミュレーターのカプセルが5つあって、それが部屋の大部分を占めている。
カプセルにはコードが大量につながっており、配線だらけの床は気をつけて歩かなければならない。
「まぁね。その前にあんたの能力の制御について説明ね。て言っても、分かってることは少ないんだけど」
何か別のことを考えているかのように上の空な菅原の声。
「美里ちゃん、おはよ。ケガ、大丈夫?」
菅原の傍に行くと、隊長が心配げに話しかけてくる。
「気にするな。問題ない」
「そう……。無理だけはしないでね」
「ふん」
こちらを労わる隊長の細い声に、居心地が悪くなって鼻を鳴らす。
(……素直じゃないとこ、可愛い)
ほっとけ。
ススっと隣によって来てこちらの腕を取ろうとする知美を振り払う。
「あら、別に遠慮しなくてもいいのに」
「いいから、さっさと話してくれ」
そんな知美と私を見て菅原のにやけ面がじっとりしたものになる。
うんざりして話を促すと、しぶしぶといった様子で菅原が語りだす。
「はいはい。分かったから、そんな怖い顔しないでちょうだいな。それで、なんだったかしら……」
菅原の顔に一瞬変な力が入る。だが、それもすぐに戻ってしまう。
「そうそう、美里ちゃんの能力ね。いやー、ほんと昔のチコにそっくり。どこで見つけたの?」
「やめてくれ。私はもっと可愛げがあった」
菅原が面白がるような顔を教官に向けると、うんざりしたような表情で教官が返す。
いつもの鉄面皮でなく、その表情には遠慮がない。
(やっぱ同じ部隊だったから、仲良いんだね。教官の下の名前は千琴って言うんだって。山口千琴)
教導官の下の名前なんて、普通は誰も気にしないだろう。
「ふん」
知美とのやり取りの間も菅原と教官はじゃれあっていたらしく、からかわれた教官がへそを曲げて鼻を鳴らす。
「なかなか面白い子でしょ。仲良くしてあげてね」
その様子を微笑まし気に眺めながら、突然菅原がこちらに話を振る。
「いつもよくしてもらってます」
即座に当たり障りなく返す隊長は流石だ。
「さっさと本題に入れ。関川の能力だ」
「はいはい」
ぶっきらぼうな教官の声に、菅原が肩をすくめて話始める。
「私達は現役時代、同じ隊だった。そしてその隊には美里ちゃんと同じような能力者がいたのよ。感応系とでも呼ぼうかしら」
私の能力の話を始めたとき、菅原の目がぴくりとひきつる。それを見る教官の目はどこか心配げだ。
(菅原さん、教官より昔のこと引きずってるって言ってた……。その、感応系能力者さんのことを話すの、辛いのかな)
「特徴は分かるわね。自分の考えたこと、感じたことがお互いに筒抜けになる。最高にクレイジーで、素敵な能力だわ」
「それが菅原隊の強さの秘密……」
菅原を前にして固まっていた紗枝が言葉を漏らす。
「そう。戦いの中でお互いの意思を即座に伝えられることはこの上ないアドバンテージ。けれども、デメリットもある」
「ミーちゃんを見ていれば分かるよ。日に日にやつれていって、少し可哀そうだった」
私、そんなに分かりやすかったか?
(……疲れていってるのは分かってた。けど、それも私の存在が美里ちゃんの中にある証拠に思えて嬉しかった。ごめんね)
お前はもっと反省しろ。そして自重しろ。
「お互いの考え、感情が伝わるということは、自分のものでない感情に引っ張られてしまうということ。別に楽しくも無いのに、無理やり気分を上げさせられる。まったりとしていたいのに、悲しい気分に引きずり込まれる。それはなかなかに精神が削れるわ」
しみじみと語る菅原に、大きく頷く。本当にそうだ。
(私はあんまり分からないけど……)
それは私よりお前の方が感情豊かだからだ。
能力でつながってからというもの、お前の感情に引っ張られて、妙に疲れることが増えた。
「ただ、それよりも恐ろしいことがある。分かるかしら」
菅原がこちらを見つめる。
思い当たることが無くて知美に視線を向けると、フルフルと大きく首を振る。
「ふっ。懐かしいわね」
「……そうだな」
私たちの様子を見た菅原と教官が沈んだ声で呟く。だが、菅原は軽く首を振って説明を続ける。
「それは自分と相手の境界線があやふやになってしまうこと。今思ってることが本当に自分の思ったことか、それが分からない。自分という存在があやふやになって、心細くなる。一番わかりやすい例が人の呼び方。美里ちゃん、飯田さんの人の呼び方がうつったとかないかしら?」
「……そうだな。思い返すと、隊長のことをイクって呼んでしまうことがあったような気がする」
菅原が重く頷く。
「そうやって、どんどん二人の境界線が無くなっていく。多分、飯田さんの方が感情の振れ幅が大きいから、美里ちゃんの受ける影響の方が大きいんじゃないかしら」
「……そんなこと、無い」
知美がぼそっと呟いて、視線が集まる。
「美里ちゃんに染められてるのは私。……わたしはもう、美里ちゃんなしでは生きられない」
「ひっ」
紗枝が興奮気味に息を呑んで、隊長と葉月が心配そうに眉を顰める。
「うん。分かってた。それだけ大きな感情を飯田さんは持ってる。だから、きっとぶれることは無い。自分を強く保てる。けど、美里ちゃんはどうかしら。飯田さんの気持ちにかなり影響を受けてるんじゃないかしら」
「そうだな……」
能力が発動してしまってからのことを思い返す。
「自分で言うのは何だが、感情が豊かになった気がする。何をしても膜をひとつ隔てたような、他人事のような気分だったんだが、当事者感とでもいうべきか。とにかく、生きているというか、なんというか。そういう実感が湧くようになった」
かなり感覚的なことで、言葉に起こすのは難しい。だが、菅原は真剣に頷く。
「やっぱり影響が出ているみたいね」
(私が美里ちゃんを変えてる…。嬉しい)
頼むから自重してくれ…。
奔流のように流れてくる感情を呆れながら捌く。
「……あの子もその能力を完全には制御できなかった」
菅原が顔をしかめて、それを見た教官が心配げに一歩近寄る。
だが、それを菅原が手で制す。
「一度繋がったら、繋がりっぱなし。絶えずぶつけられる誰かの感情で私たちはおかしくなりそうだった」
「……そうだ。思い出した。どうして忘れていたんだ」
懐かしむような、それでいて心細そうな菅原の声に、教官が呆然とした表情で呟く。
「そんな辛い中でも戦いは待ってくれなかった。生き残るために訓練はしなければいけなくて、あの日もいつものようにシミュレータに入った」
懺悔するように教官が声を絞り出す。だが、それ以上話すことができなくて、菅原が引き継ぐ。
「そしたら、何も起きなかった。……いや、違うわね。カプセルの中で目を覚ました時、4時間たっていた。その間の記憶は一切ない。けど、なんだか気分がすっきりしていた。ああいうのを、憑き物が落ちたっていうのね」
しみじみと語る菅原の言葉に、教官が薄く笑いながら頷いて、再び口を開く。
「そうだな。そうだった。ぐちゃぐちゃの頭が整理されて、ぼーっとしてたら、楽しそうにあいつが言うんだ」
教官が右手で目を覆う。
「みんなの心の中、整理してきたよってな」
「そう、そうだったわね」
そんな教官の言葉に菅原が淋しそうに笑う。
「考えてることが筒抜けになるはずなのに、あの子が何をしたのか、ずっと分からなかった。けど、あの子がシミュレーターのモードをいじると、いつも記憶が飛んで、すがすがしい気分になった。思えば、あの子は、あの時から能力を少し制御できるようになっていたのかもね」
菅原が椅子を回して、こちらに背を向ける。
「そうだった。……思い出した。たしか、あいつは言っていた。シミュレーターを介してみんなの心の中……精神世界を歩いてるって。みんなが深層心理で抱えてる問題、ぜーんぶ私が解決しちゃうから、てな」
教官が帽子を目深に被って目元を隠す。
「つまり……どういうことだ」
「うーーーんと、よくわかんないけど、シミュレーターを使って、心の問題を解決すれば良い?」
菅原と教官に結論を促すと、葉月が明るい声で答える。
「そうね」
菅原が鼻をすすって、こちらに向き直る。
その顔は淋しそうで、見ているだけで不安になってくる。
「その後、何回かシミュレーターのモードを再現してみたけど、何も起こらない。多分、感応能力者が使わないと意味がないの。美里ちゃん、もう、その能力に振り回されるのは嫌なのよね」
「ああ。本当に最悪の能力だ」
(……)
知美から抗議を向けられるが無視だ。
「私もどうなるかは分からないけど、シミュレーターで飯田さんの心の中……あの子が言うには精神世界に、ひいては深層心理にアクセスすれば何かが変わるかもしれない。どう?試してみない?」
真正面から向けられる菅原の重い言葉に覚悟を決める。
(うん)
その覚悟が知美にも伝わって、決意が流れてくる。
「こんなものに振り回されるのはもうごめんだ。深層心理だかなんだか知らないが、何かが変わるならやらない手はない。知美もいいな」
知美の意思は分かっているが、それを本人に伝えさせなければならない。
知美がしっかりとうなずく。
「私の中に、美里ちゃんを入れてください」
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