第39話 防衛戦
頭がふらつく。
かすかに聞こえる警報の音を頼りに意識を引っ張り上げる。
「ああ、くそが」
また勝手につながった。面倒な能力だ。
(……大丈夫?)
一歩引いたような声で知美がおずおずと聞いてくる。
問題は、ない。目まぐるしく変わる紗枝の感情に引っ張られて、妙に疲れた感じがするだけだ。
さっきのブラックアウトも一瞬で、紗枝の魔力切れの症状がこっちに流れ込んできただけだ。
「ぼやぼやするな!」
教官が切羽詰まった声で怒鳴りつけてくる。
「ここは魔物の巣窟だ!艦内に入れるな!」
「っ!みんな!無事!?」
「うぅ、何とか」
「…大丈夫」
隊長の呼びかけに葉月と知美が応える。
「伸びてるのは紗枝だけだ」
「そ、んな…」
紗枝の状態を聞いた隊長の顔から血の気がサッと引き、力なく呟く。
「岩藤のことは私が看る!艦橋に侵入を許せば……キャプテンムクダがやられれば詰みだ!!お前らは外の敵を近づけるな!」
教官が即座に指示を出し、それを受けて隊長の顔が瞬時に切り替わる。
「みんな、甲板へ!」
「応!!」
葉月の声を皮切りに全員動き出す。私を心配して付き添おうとした知美を先に行かせ、体を持ち上げる。
「ほら」
教官が何かを放ってきて、反射的に受け取る。
「入隊祝いだ。取っとけ」
手元にあるのは一振りの刀。
「知ってたのか?」
「さっさと行け」
照れ隠しで、教官がさっさと行けと手を払う。
「はいはい」
少しいじり倒したかったが、状況が状況だ。もらった刀をベルトに差し込んで葉月たちを追う。
(私たちが特訓してること、知ってたんだね)
犬どもとやりあったとき、ナイフでは致命傷を与えきれず、もどかしい思いをした。
それを受けて、この一週間で知美に刀の扱いを教えてもらっていた。
(美里ちゃんの能力のおかげで感覚が直接伝えられるから楽だった)
不便で面倒くさいとばかり思っていた能力は、技の習得には大いに助かった。
おかげで付け焼刃とは言え、一週間で実戦に耐えうるレベルに仕上げることができた。
それを加味しても最悪の能力だとは思うが。
「美里ちゃん!」
甲板にたどり着くと、暗視ゴーグルを隊長が渡そうとしてくる。
「いらん。詳しい動きは知美から聞く」
「…」
隊長が何かを言おうとして、顔をしかめながら飲み込む。
「…分かった。これ、持って行って」
表情をすぐに戻すと、隊長がリボルバーをホルスターごと渡してくる。
疑問しか浮かんでこないが、知美から流れ込んでくる圧に言葉を押しとどめられる。
「助かる」
何に使うかはさっぱり分からんが。
ホルスターをたすき掛けして身に着けると、隊長の力強い頷きを背に受けてリリパット号から飛び降りる。
全身の血液が置いて行かれるような浮遊感が心地良い。さっきの無理やり押し付けられた落下とは大違いだ。
(…イクと私は甲板で猫の相手をする)
知美が、落下の感覚の違いを聞きたそうにしながらも、それを押し込めて動きを説明してくれる。
(美里ちゃんは外で猪と熊が船に近寄らないようにしてほしい)
……負荷が大きすぎやしないか。
着地の隙を狙ってきた兎を避けつつ、落下の衝撃で倒れた木をまたぎながら走る。
(田中さんが、船は頑丈だけど、猪と熊は無理だって)
知美も呑み込めていない部分があるのか、釈然としない感情を送り込んできながら説明する。
(そのリボルバーにはイクの弾丸が入っている。撃ち込んだら、鈍く光る)
光ったところで意味あるのか?
突進してきたシカを跳躍でかわし、木の上に飛び移る。
(それを目印に葉月が粉砕する)
なるほど。
知美からイメージが送られてくる。
葉月の能力は加速。とんでもない速度で突進して、勢いそのままに魔物を撃ち貫く。正面からそれを受ければ、どんな相手もミンチになる。うちの隊の最大火力だ。
猿が石を投げつけてくるので、投げナイフで反撃する。致命傷とはいかないが、木から落とすことに成功する。
(分かってると思うけど、弱い奴はまともに相手しないで)
夜目は効く方だが、夜の森の暗闇に動きを制限されないのは知美の能力のおかげだ。
リアルタイムに送られてくる索敵結果をありがたく受け取りつつも、辟易とする。
魔物だらけだ。全部相手にしていたらきりがない。
(大丈夫?)
向こう側も戦闘が始まったらしい。
リリパット号の壁を垂直に走って甲板に乗り込んできた猫を切り裂く感覚が伝わってくる。
大丈夫では、無い。
猿の集団に捕捉されてしまった。
後ろから木の実やら、石やら糞を投げつけてくる。
近くの木に糞が当たると、その破片がべっとり顔につくから不快でたまらない。
(…ごめん。こっちも余裕ない)
知美の方の戦況も伝わってくる。こちらの助力をしたいが、出来ない。そんなもどかしさが流れ込んでくる。
甲板に乗り込んできた猫はこの短時間で10匹を超えていた。
知美が一匹ずつ確実に仕留めて回っているが、猫はすばしっこくて一撃で決めきることは難しい。
イクと並走しながらの連携でなんとか回っている状態だ。
頬に付いた猿の糞を袖で拭い去る。
「クソが!」
悪態が口をついて出る。
反転して猿を仕留めたいところだが、そんな暇はない。
猪が船に向かってきている。あいつを近づけるわけにはいかない。
木から木に飛び移りながら猪の方へ向かう。
猿に追い付かれそうになる度に投げナイフを放つ。
仕留めることはできないが、足止めにはなる。
あいつらは半端に賢いから、群れ全体の足を止めることができる。
バキバキと木をなぎ倒す音が聞こえてくる。
猪だ。
湿ったような青臭い匂いが漂ってきて眉を顰める。
知美からの能力のおかげで大体の位置は分かるが、遠すぎて精度は良くない。
地面に降り立ってリボルバーを引き抜く。
野犬やシカなどを避けるため木の上を通ってきたが、あいつらも猪と鉢合わせたくはないらしい。
轟音が響き渡るこの辺りは不自然な空白地帯になっていた。
「っく…!」
視線の先の木が倒され、落ち葉が舞い上がる。
その先にいたのはこちらの胸くらいの体高の猪だった。
私の姿を認めると、軌道を少し修正して一直線に向かってくる。
フゴフゴという息遣いを聞きながら撃鉄を起こす。
正面に立つととんでもない迫力だ。
バリバリと音を立てて倒れる木の音が精神をすり減らし、距離とともに大きくなってくる巨体は足を竦ませる。
一歩踏み出してくるたびに地面が揺れる。
射撃には自信がなかったからもう少し引き付けたかったが、だめだ。
これ以上は振動のせいで照星がぶれる。
迫りくる猪を真正面から見据えながら狙いを定める。
急所を狙う必要は無い。
とにかく当てればいい。
無理やり心を落ち着けながら、引き金を引く。
「っし…!?」
猪の肩がほのかに光り、命中したことに安堵するのも束の間、暴走した巨体が迫ってくる。
体の片側が光っているせいで牙が不気味な影を作る。
焦りを通り越して冷静になって、紗枝の奴が見たらちびるだろうなとか、変なことが頭をよぎる。
(美里ちゃん!!)
「…!」
知美の声に現実に引き戻される。
咄嗟に跳躍して、木の枝につかまる。
「……!?」
掴まっていた木が猪に倒され支えを失い、尻もちをつく。
先ほどまでの振動は無くなっており、なぎ倒された木の破片がパラパラと落ちてきて破壊の余韻を残す。
猪は足を止めてこちらに向き直ろうとしていた。轟音が止んだ原因はこれだ。完全にロックオンされた。
彼我の距離は20メートル程度。
「来いよ、化け物」
肌にびりびりと刺さる威圧を安い言葉で振り払う。
これだけ殺気を向けられると、生きてるという実感が湧いてなんだか心地良くなってくる。
リボルバーを戻してナイフに持ち替える。
空気が重くて、息の詰まる感覚に脳の回路が切り替わるのを感じる。
「ビビってんのか」
立ち上がって不敵に笑うと、猪が飛び出してくる。
あいつの武器は重い巨体と速さ。
距離を詰めたこの状況で十分な速度を作り出すことはできない。
絶対に止めてみせる。
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