第19話 寝起きは別人
遠くから聞こえるどたどたする音とうめき声、謝罪する憔悴しきった声、痛みにのたうつ声で目を覚ます。
十秒ほどぼんやりとしていたが、直前の記憶を思い出して一気に覚醒する。
軍の駐屯地で仮眠をとろうとしていた。眠りに就く直前まで隊長が拗ねたような、安心しきったような可愛らしさでだらだらと喋っていた。
「……起きた?」
声をした方を向くと葉月のベッドに腰かけた飯田がこちらをうかがっていた。先に起きていたらしい。
「ああ。今どのくらいだ」
「……18時半くらい。日が暮れてから、しばらく経った」
思ったよりも長く寝ていたらしい。ベッドが固かったから体は少し強張っているが、しばらく歩けばほぐれるだろう。
「そうか…。思ったより長く休んでいたな」
「……大変な戦いだったから…」
「…そうだな」
飯田の言葉に同意を返す。
なんとなく隊長のベッドに目を向けると、隊長が紗枝をがっしりとホールドしていた。こいつは、抱き枕が無いと眠れないとかそういうやつか。
紗枝は隊長に固定されて無理やり向かい合う形になっていた。
隊長がこちらに背中を向けているから、紗枝の顔はこっちを向いている。紗枝はすでに起きているようで、目を限界まで見開き、逃れるかのように視線を忙しなく動かしていた。
困ってますと言わんばかりのその表情に笑いがこみ上げてくる。
「な、なに笑ってるんですか!」
こちらが面白がっているのを見咎めて、紗枝が非難の声を上げる。
「お前が分かりやすく困ってるから笑ってるんだ」
「こ、困ってるって分かってるなら助けてくださいよ!」
紗枝の声は相変わらず内側に向いているが、器用にこちらを糾弾してくる。
「やだ」
「……え?」
この返答を予想していなかったのか、紗枝がぽかんとする。二拍ほど置いて、ハッとした顔になる。
「や、やだって、なんでですか!?」
「あなたの困ってる顔を見ると、私は笑顔になります」
にっこりと作り笑いをして言い放つ。
「ひ、ひどすぎますぅ。あと、なんですか!その英語を無理やり日本語にしたような文は!」
「いや、なんとなく」
「な、なんとなくって……。というか、そのとってつけたような笑顔辞めてください」
人の笑っている顔を見たくないとか酷い奴だ。
「百万ドルの笑顔と言われた私の笑顔だぞ。もっとありがたがれ」
「ずっと同じ表情してるので不気味ですぅ」
さすがに少し傷ついた。顔をもとに戻す。
「いい加減、隊長を起こしてやったらどうだ」
「一瞬で真顔に……。怖い」
いつもの顔に戻したら戻したで怖がられた。理不尽だ。
「あ、隊長を起こすって、そんな恐れ多いことできません」
一瞬変な間があったが、思い出したように紗枝が答える。起こすこと以上に恐れ多いことがあるだろうに。
「抱き枕にされてるのは恐れ多いことじゃないのか」
「それです!」
「うお」
紗枝が突然大声を出してびっくりした。
「なんでこんなことになってるんですか!」
「…イクは何かを抱いてないと眠れないから」
「なんですか!その隊長の意外で可愛い情報は!普段の指揮を執るときの格好良さと相まってギャップたっぷりです!!というか恐れ多すぎます!抱き着くなら私みたいなその辺の石みたいのじゃなくて、もっとあるじゃないですか!!」
紗枝が鼻息を荒くして憤慨する。その様子だと、隊長に抱き着かれて満更でも無いようだし、役得ということでいいのではないだろうか。
というかこいつよく喋るな。寝起きで気が大きくなっているのか。
「うぅーん…」
紗枝がうるさくし過ぎたせいか、隊長が身じろぎする。
「ほら、お前がうるさいから隊長が起きちまうぞ」
「うっ、うぅぅ…」
紗枝が何か言いたげに唸る。隊長を起こすのが申し訳ないというのが何よりも勝るようだ。こちらに言い返そうとした言葉を飲み込む。
「っーーーー!?」
紗枝が言葉にならない悲鳴とでも言うべきか、よく分からない声を上げる。
「ああ……。あれは刺激が強いわな」
こちらの言葉に飯田がこくりと頷く。
隊長が紗枝の頭を抱きかかえると、その豊満な胸に押し付けた。紗枝の顔は見えないが体が酷くこわばっている。紗枝の頭は半分以上が埋没している。
……呼吸できるのか?あれ。
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