第三章:二十二話
*** ***
俺はそんな祖父が大好きだった。でも次に会った時、祖父はもう物言わぬ姿で俺の前に静かに横たわっていた。
あの夏祭りの日から、三年の月日が経っていた。
俺は中学受験に成功し、第一志望の私立中高一貫校へ晴れて入学を果たしていた。俺が通っていた小学校は小規模な公立校で、あまり勉強が厳しくなかったから。新しく進学したそこで最初、俺は環境の変化に戸惑った。
これまでそこそこ勉強はできるつもりだったのに、そこでは成績が一気に落ちた。周りの生徒のレベルが高かった。勉強してもなかなか伸びない自身の成績に、俺は頭を悩ませた。部活動も始まって、日々の活動とテスト勉強とに追われる毎日が過ぎていった。
そして長期休暇に入っても、祖父のもとを訪れる余裕はもうなくなっていた。いや、時間を作ろうと思えばいくらでもできた。でも、俺にはそんな心の余裕がなかった。
一緒に帰ろうと声をかけてくれる両親の誘いを、忙しいからと理由をつけて断り続けた。
そうして三年間はあっという間に過ぎた。
そして唐突に、俺は祖父の入院の知らせを両親から聞いた。中学三年生の夏の終わりのことだった。医者によると、ちょっと風邪をこじらせただけだから大丈夫だという。
祖父の体調は気がかりだったが、その頃、俺は土曜日にも部活動や学校の補修授業が詰まっていて、ほとんど日曜日しか休みがなかった。祖父の家までは日帰りで訪問するには少し距離があったから、結局会いには行かなかった。次の冬休みにでも顔を見に行こうと、そう、考えていた。
しかし、その年、季節が冬を迎える前に、祖父はこの世界からいなくなった。
俺は祖父の死に目にも会えなかった。俺が駆けつけた時には既に、祖父は静かに目をつむっていて。俺が何を言っても、あの優しい声が返ってくることはもう二度となかった。
祖父は風邪などではなく、命に関わる病気を抱えていた。しかし、家族には言わないでほしいと医師に頼んでいたのだそうだ。心配をかけたくないから、と。
両親がお見舞いに行くと、祖父は俺の話をいつも聞きたがったという。
学校には慣れたのか?
友達は?
背はどれくらい伸びた?
部活で活躍しているのか?
ピアノは続けているのか?
そして、両親から聞いた話を入院先の病院で働くスタッフに、いつも嬉しそうに話していたという。
なんでだよと思った。
そんなの俺に直接聞けよと思った。
言ってくれたらお見舞いだって行った。
忙しいなんて言わなかった。
もっともっと話したいことがあったのに。
しかし唐突に、俺は気がついてしまった。昔の俺なら、病気なんて理由がなくても祖父に会いに行っていたはずだと。
俺は、この三年間の間に、人として大切な何かを落っことしてしまったんじゃないだろうか、と、そう思って。
その日を境に、俺の世界から色が消えた。
そして、大好きだったピアノをやめた。
その後、俺は中学校からそのまま上がる予定だった系列高校への進学をやめ、別の公立高校を受験した。
そしてそこで、蛍琉と出会った。
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