第三章:十一話

「あ、雪加くん。ここにいたんだ」


聞こえたそれは、吉村の声。


「よかった。探したんだよ」


「ねっしーじゃん。どうかしたのか?」


「うん。約束してた、ウォークマンの件でね」


「あぁ、悪いな。この前会った時も言ったけど、あれ、どこかにいっちゃったままなんだよ。リュックに入れてたんだけどなぁ」


「それなんだけどね、どこにあるか分かったんだ」


その言葉に、黙って聞いていた俺はぞっとした。


「君が持っているんだよね?」


そんな俺に容赦なく、彼ははっきりと、そう告げたのだ。


「え? 夏川が持ってるの?」


蛍琉は突然登場した俺の名前に困惑しているようだった。発言した吉村と、隣で黙っている俺とを交互に見比べている。困惑したのは俺も同じで、とっさに返す言葉が出てこなかった。


「君が、夏川くんだよね。話すのは今日が初めてかな。はじめまして。僕は吉村啓介っていいます」


吉村の方を見ると、彼は物言いこそ丁寧だったが、その実目は全く笑っていなかった。冷たい瞳でこちらを見ている。その目を見て、俺は逆に冷静になった。


「……はじめまして。夏川です」


「うん。それじゃあ話を戻すね。夏川くん、雪加くんのウォークマンを持っているよね?」


「なんのことですか?」


「とぼけるのは得策じゃないよ」


「なぜ、俺が持っていると思うんです?」


「聞いたからだよ。橋田くんに。そうしたら君に渡したって言うからね」


「なら、やっぱりあなたは意図して橋田に蛍琉のウォークマンのことを伝えていたんですね?」


「意図? 何のこと? 話が逸れているよ。それより君が持っているウォークマンは、僕が雪加くんに頼んで貸してもらうことになっていたものなんだ。渡してくれないかな?」


吉村は橋田から話を聞いて、自分に何らかの不都合なことが起こっていると察したのだろう。そして、その不都合を引き起こしているのがどうやら俺らしい、とも。だから、初対面で、彼はこんなにも俺に攻撃的な態度を取るのだ。


「嫌です」


「なら、とりあえず雪加くんには返してあげなよ」


「それも、できません」


「……雪加くん、君はどう思う? 僕に渡したくないと言うだけなら分かるけど、夏川くんは君のウォークマンを勝手に持ち去った挙句、本来の持ち主である君にも返せないと言っている」


「……悪い蛍琉。彼の言う通り、ウォークマンは俺が持ってる。でも渡せない。事情があるんだ」


「勝手に雪加くんの物を盗っても許される事情って何? まずはそれを雪加くんに説明するべきだと思うんだけど」


「……」


「話せないの? 弁明できないなら、何かやましいことがあると思われても文句は言えないよね。ねぇ、雪加くん」


話を振られた蛍琉は俺の方をチラと見て、困ったように笑いながら、吉村にこう告げた。


「ねっしー。悪い。夏川は理由もなしに、俺に悪いことはしない」


その言葉を聞いた吉村は、一瞬驚いた顔をしたあと、それまで蛍琉に対して浮かべていた柔和な笑みを一気に消し、冷たい声でこう言った。


「雪加くんが彼の肩を持つとはね。ショックだな。友人だと思っていたのに」


その声音に、俺の背が冷える。改変した世界で、新たな形で蛍琉を傷つけるような出来事なんてあってはならない。俺は彼を傷つけるために過去の記憶に入った訳ではないのだから。


「……分かった。話す。俺はいいが、蛍琉のことを言われるのは耐えられない」

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