23.サマーデイズ~山茶花 千尋③~



 年下寝取り枠欲しいなぁ……



 冒頭から最低のモノローグで始めてしまった。こんにちは、音虎ねとら 玲子れいこです。

 人間はここまで欲望に忠実になれるのかと、我ながら驚愕しているが、欲しいもんは欲しいのだから仕方あるまい。

 私は祖母の用意した夕食を食べながら、思考を無限の彼方へ飛ばす。


 急に義理の弟とか生えてきたりしないかなー。

 お父さん隠し子とかいない? 一緒にお母さん説得してあげてもいいよ? 

 祖父母の家に帰省してからというもの、日がな一日チーちゃんで遊んでいると、年下の間男が欲しいなあという思いは日に日に強くなっていく。


 年下という特性を活かして、『貴方を性的には意識していませんよ~』というていで、ユウくんやフユキくん相手には躊躇われる、えっちなあざといコマンドを試してみるのが非常に愉しいのだ。ネトゲで新しいジョブが実装されたみたいな気持ちである。

 これの良い所は、チーちゃんに『年下という立場を活かした役得である』という喜びを与えると同時に、『自分が男としては全く相手にされていない』という絶望の二律背反を仕掛けられる点である。

 一撃で二つの属性による脳破壊攻撃を行えるのだ。

 二重の極みって確か大体こういう技だったでしょ? 私は流れるようにるろ剣ファンに殺されそうな発言をした。


 閑話休題。こいついつも閑話してるな。


 しかし、年下寝取り枠というのは、あれで意外と管理が難しいのだ。

 大人はどうか知らないが、学生にとって歳が一つ離れているというのは、その数字以上に世界が隔絶されてしまうものだ。

 単純に学年が違えば、生活リズムもスケジュールの帳尻を合わせるのも大変だし、卒業シーズンになれば一年間は学校ごと離れ離れになってしまう。こうなってくると繊細なチャート管理はほぼ不可能である。


 そういった諸々の事情を考慮して、私は年下寝取り枠の確保に踏み出せずにいたのだ。

 どうしても欲しいというならば、高校二年生の時に適当に下級生でも誑かすか? 

 初対面の相手でもたらし込む自信はあるが、お手軽過ぎて寝取り役としては風情に欠けるな~。


 その点、チーちゃんは非常に優れたスペックを誇っていると言えるだろう。

 従兄弟という立場を活かして、じっくりと手間暇かけた信頼関係の構築に成功しているし、やっすいツンデレみたいな好意を隠しきれてない態度も、実に私の食欲を刺激してくる。

 ただ、まあ残念ながら、お互いに暮らしているエリアが離れすぎている。

 会うために高速道路を飛ばさなきゃいけない程度には、距離が離れている人間をチャートに組み込むのは無理がある。残念ながらチーちゃんはメインディッシュユウくん脳破壊の前のオヤツ枠が妥当だろう。


 でも、やっぱり欲しいなあ。



「……チーちゃん欲しいなぁ」

「ぶっ!?」


 チーちゃんが咽た。いっけね、口から欲望が漏れてた。


「ば……は!? い、いきなり何言い出すんだバカレイ!?」

「ごめんごめん。チーちゃんみたいな弟が欲しいなーって思ってたら、口に出ちゃった」


 私達の様子を、チーちゃんのお父さん――私から見て叔父が爆笑しながら口を挟む。


「それなら、うちの子になるかい玲子れいこちゃん? 君なら妻も千尋ちひろも大歓迎だとも」

「あはっ♪ それいいですね~。……チーちゃん、私をお嫁さんにしてくれますか?」

「~~~~~~ッ!! つ、付き合ってられるか! ごちそうさま! 風呂入ってくるっ!」


 私が露骨にぶりっ子仕草でチーちゃんに甘えると、彼は顔を真っ赤にして逃げていった。童貞臭くて実に良いと思う。

 将来、ユウくんとお付き合いを始めたら真っ先に報告するから、とびきりのBSSを御馳走してくれよな。


「あはは、からかい過ぎちゃいましたかね……?」

「いいのいいの。あれは照れてるだけだから」

「なら良いんですけど……ご馳走様でした」


 私も食事を終えると、夕涼みに縁側へ腰掛ける。


「さて、と……」


 私はスマートフォンを取り出すと、ユウくんへと通話を発信した。



 ***



 唐突にレイちゃんからかかってきた電話に、僕――立花たちばな 結城ゆうきは心臓が跳ね上がるような心地だった。

 彼女が田舎に帰省してから、グループトークで日に何回かメッセージのやり取りはしていたのだが、僕個人に通話が来るのは初めてだったからだ。


『ユウくんの声が聴きたくなって……』なんて言われた僕は、天にも昇るような気持ちを押し隠しつつ、彼女と他愛無い近況報告を交わす。



「――こっちはそんな感じ。ユウくんは?」

「僕は、まあいつも通りかな。たまにフユキくんや白瀬さんと会ったりしてるけど、基本的にインドアでのんびり」

「あはっ、いいんじゃないかな。ユウくんらしくて」


 スマートフォン越しに届く彼女の声が、耳を甘くくすぐる。

 ――どうしよう。彼女を好きだという気持ちが抑えきれない。


「あっ、でも夏休みの宿題もちゃんとやらないと駄目だよ? 特に数学の課題とか、量が凄いから毎日コツコツと――」

「……レイちゃん」

「ん、なぁに?」


 コップから水が溢れるように、心が彼女への愛を伝えたがっている。


「そ、その、こんなこと電話で言うことじゃ無いと思うんだけど……」

「ふふ、どうしたの? 急に改まって」

「……レイちゃん、僕は――」




「(レイー、風呂空いたぞー)」


 …………通話に、レイちゃんでは無い声が混じる。

 恐らく誰かに話しかけられたのだろう。

 ……僕が知らない男に。



「はーい。チーちゃん酷いよ~、一緒にお風呂入ろうって言ってるのに、いつも先に一人で入っちゃうんだもん」



 ――は? 一緒にお風呂?? レイちゃんが??? 誰と??? 



「(は、はあ!? お、お前さっきの嫁入り発言といい、本当にいい加減に――)」


「ごめんね、ユウくん? 早くお風呂入らないと順番がつかえちゃうから、そろそろ切るね?」

「えっ、あ、ああ、うん。……その、レイちゃん。そこに居る男の子は誰――」

「声が聴けて嬉しかったよ。それじゃあ、おやすみなさい」



 僕の戸惑うような小声を掻き消すように、彼女からの通話が切断される。


 数分前までの浮かれた気持ちは影も形もなく消え失せ、代わりに全身が震えるような悪寒が僕を包むのだった。



 ***



「チーちゃん知ってる? トマトの鉢植えって、塩水を少し与えると、とっても甘いトマトが出来るんだよ?」

「……はあ? 何の話だよ?」

「甘やかすだけじゃなくて、たまには少し鞭も与えた方が良いものが出来るって話」

「???」



 チーちゃんが訳が分からないといった風に首を傾げる。

 ピュアピュアイチャラブで愛情を育むのもいいけど、たまにはこうして脳を破壊してあげた方が、私に対する執着が強まってNTRにコクが出るのだ。


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