第8話浄化の儀

 集合住宅を出た私はそのまま朝市に直行した。

 太陽は東の空から、かなり登りつつあり、朝と昼の境のようなみずみずしい陽気にあたりは照らされている。だが、私はそんな明るい陽気のもとにのんびり買い物をしているというわけではなかった。


 聞こえるのだ。街行く人たちからある噂(うわさ)話が。

  なんでもまた女性がモンスターにやられたらしいよ。

  いたわしいことよね〜。女性はまだ15にもなる少女というんじゃないか。

  なんでも、モンスターどもが一日中やりまくったとか。


  その子はやっぱり奴隷(どれい)の子で、両親を盗賊で亡くし、売られた主人からもやられて命辛々奴隷(どれい)区(く)に行ったらしい。

  あれ?親がもう養え(やしなえ)ないから、奴隷(どれい)として売り飛ばしたんじゃないのかえ?


  でも、サラさんが身篭った(みごもった)女の子を病院に連れてこんだのは確からしいわね。

  そうだな、昨日のことだよな。

  一昨日だよ。


 まあ、平たくいえば、女子がモンスターにレイプされ、サラさんがその子を病院に連れ込んだということか。

 私の方が重くなる。


 うん。私はこういうことを防ぐ(ふせぐ)ために討伐隊(とうばつたい)に入ることを決めたんだ。それは何も未練(みれん)はない。でも、こういうことを聞くと気が重くなるな。

 そうやって思い足取りで朝市に向かっていると、ばったりジムに出会した(でくわした)。


「ジム」

「やあ、アイリス」

 ジムはいつもの穏やか(おだやか)な笑みをする。


「あって、悪いんだけど、ちょっと急いでいるから、またね」

 そう、手をひらひらさせてジムはさろうとした。私も微笑んで手をひらひらさせる。

「うん。また」

 それで、私たちは離れ(はなれ)るはずだった。だが、その瞬間街に結界(けっかい)が張られた。


「これは、音響(おんきょう)結界(けっかい)!」

 音響結界(けっかい)とは結界(けっかい)の範囲内に言葉を聞かせる結界(けっかい)の種類だ。私は、噂(うわさ)話とリンクさせて嫌な気がした。

「ジム」

「あ、ああ」

「一緒に聞こう」

 

私の凛(りん)とした声にジムもうたじろぎながらうなずいた。

 そして、結界(けっかい)内から声が聞こえた。


「皆さんに残念なお知らせがあります。我らが人間の女の子が残念なことに汚らわしい(けがらわしい)、モンスターの子供を出産しました。なので、これより浄化の儀(じょうかのぎ)をとり行います。場所はアンヌ広場、時刻は正午(しょうご)です。皆さん、これに挫けず(くじけず)モンスターの戦いに勝ちましょう」


 押して、結界(けっかい)は消えた。

 私たちはお互いに顔を見合わせた。

「聞いた?」

「聞いた」

 私はすかさずいう。


「今、用事をキャンセルできる?」

「いいさ。仲間もどうせ行くと思うし」

「よし、行こう!」


 まず、私はテレポテーション装置(そうち)を使ってアンヌ広場前に行こうとしたが、テレポテーション前にも大勢の人だかりがいて、泥(どろ)のようにその人だかりに流されながら進んだ。


 1時間ぐらい経ったあたりだろうか?なんとかテレポテーション装置(そうち)まできて、瞬間移動をし、アンヌ広場まで来たが、そこにも人の山が蠢いていた。


 人人人。このフェドラ町の人口は4万人ほどだが、まるですべての人がそこにきているかのような果てしなき、人の山だった。

 私はジムと手を繋ぎ、なんとか前のほうに行こうとしたが、全く進めなかった。


 なんとか目でアンヌ広場を見た。そこには木材がつきしめられた松明灯(たいまつとう)の中に赤ん坊がいて、赤ん坊が一頻り(ひとしきり)泣いているのが見えた。

「ジム!」

 ジムも頷く。

「ダメだ!これ以上は進めない!」


 私は赤ん坊の方を見た。

 これから殺すの?赤ちゃんを?

 だけど………


 仕方(しかた)ないよね?モンスターの子供だし、モンスターは撲滅(ぼくめつ)しないといけないんだから。もし、あの子が大きくなったらどんな化け物になるかわかったもんじゃない。だから…………。

 広場にいた二人の男が頷き合って、手に火の球を浮かべる。


 そして、私たちはこれから行えることに静粛(せいしゅく)した気持ちでそれを見ていた。だが………


「私の赤ちゃん!」

 絶叫(ぜっきょう)が辺りを響かせた(ひびかせた)。

「!なぜ!お前が!」

「私の赤ちゃん!」

 

一人の大人の女性が信じられないことに山のような人だかりを力づくで押しのけて、一心に赤ん坊のところの行こうとした。

「カルディア!」

 その時、サラさんが飛んできてその女性を取り押さえたが、しかし、激しくその女性は暴れた。


「やめてー!!!!!!」

 赤ん坊が強く泣き出す。男たちは頷き合って、炎の魔法を赤ん坊がいる松明頭に入れた。その瞬間赤ん坊の断末魔が遠くからでもはっきり聞き取れた。

「いやあああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!」


 崩れ落ちる女性。サラさんはその女性を抱き抱えて、また空に飛んでいた。あの方角(ほうがく)は病院の方だ。

 赤ん坊も死に、浄化の儀(じょうかのぎ)式は終わった。みんなも帰っていく。とは言ってもさすがにこの人だかりではすべての人がすぐに帰ることは不可能だけど。

 私は隣にいるジムに話しかけた。


「ねえ、ジム。さっきの………」

「ああ、多分、あの母親だ」

「だよね」


 あの女性にとっては過酷(かこく)な出来事だったな。これも全部モンスターがいるからだ。モンスターがいなければあんな、ひどいことは起きないんだ。

そう憤慨(ふんがい)しながら私たちは帰っていった。




そして、二週間後。

ことこと煮だったシチューを温めている熱の魔法を消す。

「よし、こんなものかな」


 軽く味見する。うん、我ながら完璧なシチューだ。

 今日、送迎用(そうげいよう)の馬車がこの街にやってきた。明日になれば、出発をしないといけない。もう、みんなとは別れは済ませてある。


マルコとは必ず帰ってこいよ、という軽いものだったし、ミレイユの場合は二人して大泣きをした。女将さんとマスターは昼食をご馳走(ごちそう)になった。後、母のお裾分けも豪華なものをもらった。ジムと神父さんには安全と幸運のお祈りをしてもらった。サラさんには向こうが忙しくて会えなかったけど。


それで、また気が重くなる。

二週間前のあれは、現地に行った時には色々と衝撃(しょうげき)が大きすぎた。特にあの赤ん坊の母親の気持ちを思うといたたまれない。


モンスターにレイプされて、望まない妊娠(にんしん)をして、そしてその子が死んでいくというのは、頭の中ではモンスターが悪い、とわかっていても心苦しいものがある。

全部モンスターが悪いんだ。あいつらを退治してしまえばいいんだ。


 そうは思っていても、私の初任務(にんむ)はあまりモンスターがこない辺境(へんきょう)の警護(けいご)。とてもじゃないが、モンスターを撲滅(ぼくめつ)するような任務(にんむ)じゃない。

それが私の心を重くさせた。

 

はーあ。ま、でも、今はこっちを。

 私はお椀(おわん)にシチューを盛り付け、さらにパンをのせた。


「お母さん、できたわよー」

 私はお母さんにもとに行ってあらかじめ用意していたテーブルにシチューとパンをおき、椅子を持ってきて座り、私も母と夕食を共にした。


「いただきます、ゴホッ!」

「お母さん!」

 私はお母さんは母の背中をさすったが、お母さんはにっこり笑っていった。


「いいんだよ。アイリス。いつものことだし」

「お母さん………」

 それに私は黙るしかなかった。


 それから、私たちは黙々(もくもく)と食事を取り始めた。お母さんが食事中もかなり咳き込んでいたが戻すとかそういうことはなかった。

「アイリス」

 出し抜けに母が言う。


「何?お母さん?」

「あんた、明日討伐隊(とうばつたい)に加わるんだって?」

「うん。正確には合流するために明日出発する」

「そうかい。長いこと会えなくなるんだね?」


 母のやつれ切った顔、だが、その優しさを湛えた(たたえた)目がこちらを見てくる。

「うん。そうだよ」

 ゴホッ!ゴホッ!


「お母さん!」

 私はお母さん背中をさする。お母さんは優しさを湛えた目でしかし毅然(きぜん)とした強い意志を持った目でこちらを見て言った。


「もう、私は長くはないから。多分、これが今生の別れだから言っておく。私の最後のメッセージとして、アイリス受け取りなさい」

「はい」

 少し母の表情が緩む。


「アイリス。お前はいい子に育ったね。それは私としても嬉しい限りだよ」

 しかし、すぐ顔を引き締めた。

「そう言うお前だからわかると思うけど、あなたはこれから将来の旦那さんや自分の子供を持つだろう。そのときには彼らを精一杯愛してあげなさい。それが私の願いだよ」


「うん。わかったよ」

 私は母の言葉をしっかり胸に焼き付けた。なぜなら、おそらくこれが母と交わす最後の言葉だと思ったから。


 私から先に食事が終わり食器をかしておいて、母の寝室に行くと、まるで死んだかのようにお母さんはぴくりともしなかった。


 食事も半分残している。私はお母さんの分までかしておいて、そして母に布団をかけようと戻った時、パンクズが散らばっているのに気付いた。


 私は丁寧(ていねい)に手ででパンクズを掃除し、ゴミ箱に捨てた。それすらもお母さんの最後の生活だと思うと何か切なかった。


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