第7話男たち

「ごめんな」

 あれからシオン婆の家でずっと泣きっぱなしだった私は、そうこうしているうちにすっかり夜になり、シオン婆のアップルパイと、夕飯のご馳走(ごちそう)までししてもらい、そして、ジムと一緒に集合住宅に帰ってきたわけだ。

「なあ」

 集合住宅の入り口に来たときに出し抜けにジムが言った。


「うん」

「おばちゃんの件だけど」

「うん」


 ジムならこう言うだろう。できるだけ休暇をとって面倒を見るよ、と。

「できるだけ休暇をとって面倒を見てみるよ」

 あまりの的中率(てきちゅうりつ)に私は笑いを堪え(こらえ)られなかった。

「アイリス、どうした?」


「いや、私の的中率(てきちゅうりつ)も案外(あんがい)悪くはないなと思って」

 そう言うとジムは不思議(ふしぎ)そうな顔をした。

「でも、ありがとう」

 私はにっこり笑って言う。ジムは慌てて(あわてて)顔を逸らす(そらす)。


「そうやってお母さんのこと。ううん、私たちのこといつも考えてくれてありがとう。いつも感謝しています」

 そう言うとジムはしどろもどろになった。

 うーん、恥ずかしがっちゃってー。もう、こう言うところが可愛い(かわいい)なー、ジムは。

 その私の笑顔の攻撃にジムは。


「う、うん。どういたしまして」

 言葉を絞り出す(しぼりだす)ようになんとかその言葉を言った。

「じゃあね。また」

「あ、ちょっと待った」

 バイバイして別れようとしたときにジムが言う。


「討伐隊(とうばつたい)の任務(にんむ)につくのはいつだ?」

 それに私は手を顎(あご)に当てる。

「うーん。昨日入団試験が受かったと言うのが来たから、多分1ヶ月後ぐらい」

「そうか、だろうな」

 それにウンウン、頷くジム。


「どうしたの?」

「休みにしても引き継ぎとかあるから、明日も仕事をするよ。溜まっている案件の処理、後輩の指導とか。まあ、でもみんなアイリスのことをわかっているし、僕が抜けても理解してくれると思う」


「そっか」

 私はニコニコ顔で頷いた(うなずいた)。

 本当にジムは。


「じゃあ、当分会えないね」

「うん。おばちゃんも長くはないんだし、できるだけそばにいてやりなよ」

「うん。ありがとう」

 私のことを第一に考えてくれる。本当に素敵(すてき)な人。


 私たちは正式なお付き合いはしていない。でも、節々(ふしぶし)にジムが私をどう思っているのかなんとなくわかっているし、私もジムのことが嫌いじゃない。と言うか好きだ。だから、思いを伝えよう。朴念仁(ぼくねんじん)のジムのことだから、言い出せたくても言い出せないだろうし、と言うか、そう言うところが好きなところだし、私は、別に自分から告白しても気にならない。と言うか、自分の気持ちを自分で言葉をするのが好きなのだ。


「ジム」

 集合住宅(しゅうごうじゅうたく)に入ろうとしたジムが振り向く。


「私たちって18だよね?」

「ああ、そうだな」

 ジムは、何が言いたいのか分からずに、とりあえず頷いた(うなずいた)。


「私はモンスターを倒したい。被害にあっている女性を救いたい。でも、私は結婚を諦めた(あきらめた)わけじゃないの。ほら、18だとそろそろ結婚してもおかしくないでしょ?」

「そうだな」


「私はジムと結婚したいな。この討伐隊(とうばつたい)も3年間の任期(にんき)で終わらせようと思っている。ほら、ジムも30の歳増(としま)っていやでしょう?だから、私はあなたのために21歳で結婚したいんだけど、いいかな?」

 それにジムはうなずいた。


「君の話しはとても嬉しいし、僕も君と結婚したい」

「なら!」


「でもさ。入団試験を通ったとはいえ君は新人だ。どんな仕事であれ新人は大体3年間の仕事を通じて少しは仕事ができるようになるぐらいなものだ」

「あ、はい」

 ジムの真面目な口調に私も真面目になる。


「だから、3年と言わず、10年働きなさい。その間、僕は待っているから」

 その言葉に私はビックリする。


「え、ええええええ!!!!!!!10年。そしたら私は28歳じゃん!いいのそんなババアと結婚しても!」

「僕はその間待っているよ。アイリス」

 ツカツカとジムは歩いてこっちに来て私の手を握った。


「うん」

「僕は伴侶(はんりょ)から好意をもらえるのが好きだ」

「うん」

「でもね。もし、伴侶(はんりょ)に夢や目標があれば応援(おうえん)したいと思っている」

「うん」


「そして、できれば、その夢や目標が人のためになるものだったらとっても嬉しい」

「うん」

「アイリス」

 ジムはググッと私に顔を近づけた。その顔は真剣そのものだった。


「君はなぜ、モンスター討伐隊(とうばつたい)に入ろうとした?」

「え?それは女性たちを守るため………」

「そうだ。そうだな。僕はその使命感はとても尊い(とうとい)ものだと思っているし、プロポーズしてきた女性がそんな崇高(すうこう)な使命で働いているのをとても誇らしい(ほこらしい)」

「うん」


「だから、改めて問うが、もし、3年間ぐらいで辞めると言うのであれば、討伐隊(とうばつたい)には辞表を出しなさい。おばちゃんも長くはないわけだし、すぐに結婚した方がよほどいい」

「で、でも」

「うん」


「でも、嫌じゃないの?ジムは28歳のおばちゃんと結婚して。普通は二十歳ぐらいで結婚しているのが当たり前なのに………」

 

このバイエルン神聖帝国ではモンスターの被害が後を絶たない(たたない)。それに男性だけではなく女性たちも魔術師(まじゅつし)の素質(そしつ)に気づき、女性も男性ほどは出世はできないが、3等兵として討伐隊(とうばつたい)に組み(くみ)することができる。


 しかし、それは建前と本音は別なところにあり、今でも多くの男性は女性には家庭に留まって、良き妻、良き母になってほしいと言う願いが多く持っている。

 それを見透かして(みすかして)、女性たちのほとんどが魔術師(まじゅつし)の素質(そしつ)を極めようとは思っておらず、普通に結婚することを夢見ている。


 バリバリ働いている女性たちもいるが、そう言う女性は男から煙たがられ(けむたがられ)、低収入で結婚も逃すことが多いから、まず普通の女性はそんなことはしない。


 生活のために女性には仕事をしてほしいが、家庭をしっかりこなし、夫を立てる女性を多くの男性は望んでいる。女性の仕事に理解のある男性はほとんどいないのだ。この社会では。

 だから、さっきのジムの言葉はかなり衝撃(しょうげき)的だった。

「ジム」

 私はジムの目をじっと見つめる。


「本気なの?」

 ジムは私の目を真っ向から見つめ返した。

「ああ、本気だとも」

 ジムの目は本気そのものだった。


私はするりとジムの手を解いた(ほどいた)。

「アイリス?」

「ごめん、ジム。ちょっと今混乱している。さっき聞いた話で男の人全体が信頼できないと言うか、でも、ジムは別だよ!あー、でも、やっぱり結婚については………。10年も待ってくれるか不安になる。これでジムが他の女の子になびいたら、私は…………」

 それで言葉に詰まる(つまる)。それにくすりとジムは笑った。


「わかった、わかった。まず、3年間働いておいで、返事はその時に聞こう。ほら、いつまでもこんなところにいたら体が冷えるね。春先だから、夜はまだ寒いし。中に入ろう」

「そうだね」

 それで私たちは、それぞれ自分たちの部屋に入っていった。




 あれから二週間が過ぎた。

 私は櫛(くし)で髪を梳き(すき)ながら考えていた。


 私はあれからほとんど自室で過ごしている。もちろん、母の看病(かんびょう)のためだ。しかし………

 ………………………………


 ずっとあれから考えているのは、男性のこと。男性はそこまで女性とsexをしたいの?もちろん、私は18だ。男性がしたいと言うのはわかるが、しかし、女性の心までもて遊んでしたいと思っている男性がいると言うことは正直言って驚きだった。

 そういえばザイルのやつも私に幻術(げんじゅつ)をかけてきたしな。


 人に幻術(げんじゅつ)をかけること、特に人に自分に好意を持つように誘導(ゆうどう)する幻術(げんじゅつ)をかけるのはかなりの重罪だ。しかも、公務員の魔術師(まじゅつし)がすると、さらに罪が重くなる。と言うことは………。


 ザイルのやつは最新式の幻術(げんじゅつ)で私を妻にするつもりだったんだろうか?

 ぞっと背筋(せすじ)が凍る。

ヤダヤダ!キモい!まじ気持ち悪いよ!

そんな嫌悪(けんお)感に苛まれつつ(さいなまれつつ)しかし頭の冷静な部分が言った。


 あーあ。そりゃあ、そう言う男性ばかりじゃないさ。でも、なんか。男性とか女性とか関係なくて、人の道を外さないように生きるのが人として当然なことだよね?それなのに、彼らはしない。それが私にとってよく分からない。

 しかし、ジムは違う。他の街の人も違うと思う。しかし、だから、それが私を混乱させた。


 そうなんだよねー。今まで育ってきた中で普通に曲がった人なんてあんまし見かけなかったしさ。だから、犯罪行為を走るような人を理解できないと言うか。

 もちろん、ここらへんのエリアはスラム。盗みや強盗、殺人やレイプもある。しかし、幻術(げんじゅつ)での犯罪とスラムでの犯罪では決定的に違うものを感じた。


 ここの人たちは短気で、犯罪に走る人はスグにバレる、バレるけど、カッとしてやるかわいそうな人たちだ。でも、幻術(げんじゅつ)の犯罪は違う。自分はバレないとたかを括っている(くくっている)。

 そんな幻術(げんじゅつ)で美しい女性を妻にしても、男性は嬉しいものなのだろうか?虚しく(むなしく)はならないのだろうか?


 そこが一番分からないところだ。そんなの明らかに間違った関係性だ。それでも法を違反(いはん)してまでやる意味があるとは思えない。

 もちろん、みんながそうだとは思えないけど。


 そして、髪を梳いた(すいた)私はある手紙を持った。それは………


 モンスター討伐隊(とうばつたい)。三週間後に現地に赴く(おもむく)、そして、その一週間前には送迎用(そうげいよう)の馬車が迎えに来る。あと、二週間でここの人たちともお別れか。


 寂しく(さびしく)ないといえば嘘になる。しかし………

 人に害をなすモンスター。ちゃんと討伐しないと。


 そうなのだ。ここの人たちはそれなりに幸せに暮らせている。ここはスラム街だが、レバント領主(りょうしゅ)の善政(ぜんせい)によってそこまで治安(ちあん)は悪くないし、職にあぶれる者が続々いると言うわけではない。それに………

 みんな顔馴染み(かおなじみ)だし。


 ここにいるみんなは大体街のことがわかる。今誰が困っているのかわかるのだ。だから、困っている人がいればみんな普通に援助をして、みんなで支え合う、と言う意識が強い。


 だから、そんなにここのスラムは安心というか、むしろいいところだと思う。

 他の街はどうなっているか知らないが、私はここに住んでいる人たちは幸せ者だと思う。


 でも………

 実際にモンスターの脅威(きょうい)に晒されて(さらされて)いるところは人々は苦しんでいる。

 私の赴任(ふにん)先はモンスターはそこまで出ない地域とされている。それはそれでいい。少しでもモンスターの脅威(きょうい)を軽減(けいげん)できるお手伝いをできれば、それで満足だ。


 学校時代にはサラさんから、もし所属することがあれば絶対上官の命令を聞くようにと言われていたっけ。

 ゴホッ!ゴホゴホッ!

 その時、大きな咳き込む声が聞こえた。


「お母さん!」

 私はライトの光球とともにお母さんのベッドに行った。お母さんは激しく咳き込んでいた。

「大丈夫?」


 心配げな表情でお母さんを覗き(のぞき)込む。

 お母さんはいつものような肝っ玉母さんの表情をしたかったのだろうか、あまりの病弱(びょうじゃく)に笑えずに、唇を少し歪めることしかできなかった。


「大丈夫じゃ、ないね」

「お母さん」

「でも、アイリスがいてくれるから私は幸せ者だよ」

 私はお母さんの手をギュッと握った。


「お母さん」

 今は多分朝だ。多分というのは窓がないからよく分からないけど、なんとなくそんな気がする。

 私はギュッとお母さんの手を握り締めていう。


「ちょっと買い物に行ってくるから、待ってて、すぐ戻ってくるから」

 ゴホッ!ゴホッ!

「行ってらっしゃい」

「うん。行ってきます」

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