六学期 挑戦者
「……クラス委員をやりたいって…………」
教室中が、その少女の言葉に驚いていた。さっきまで完全に煌木がクラス委員をやる流れが出来上がっていたが、そのムードを完全にぶっ壊したその少女が、自信なさげな瞳で担任の先生を一生懸命見つめながら、手をピーンを高く上げていた。その様子に先生も少し困った感じだ。
「……えーっと、水野さん? 立候補してくれるのは、凄くありがたいんだけど……女子のクラス委員は、既に決まっているの。だからその……他の委員の方に立候補してくれると嬉しいのだけど……」
担任がそう言うと教室中の女子達の様子が一気に変わった。それまで、煌木推しで男子達に牙を向いていた女子達の矛先が、今度はあの少女に向こうとしていた。
「……何あの女?」
「いきなり出しゃばって来て何なの?」
私は、そんな彼女達の声を聞きながらも黙って少女の事を見つめていた。……あれ? そういえば、あの子……。
そして、ここでふと……少女の事を私は、思い出す。前に朝……本を落としそうになっていたのを助けてあげた女の子だ。そういえば、同じクラスだった……。あの時以来、ろくに話しもした事がなかったからつい忘れていたけど……。
名前は、確か……水野瑞姫さん……だっけ?
私が、ジーっと少女の頑張る姿を見つめていると、そこに女子達を味方につけて、鼻の下伸ばしてる煌木が先生と水野さんの会話に割り込んで来る。
「……え~っと、君は……水野さんだっけ? 悪いねぇ……。もう枠は、埋まっていてね。僕と一緒の委員になるのは、また来年にしようか? ね?」
煌木のその言葉に教室中の女子達が、またしても桃色の歓声を上げて騒いでいる。やれ「優しい」だとか「流石、煌木くん」だとか……。
はあぁ……きめぇ……。こう言うセリフって大抵クズが吐くセリフなんだよなぁ。な~んで、女ってこういう野郎に騙されるんだか……ばっかじゃねぇの……。
内心そんな事を思いながらクラスメイトの女達に少しがっかりしつつも、私は少女の姿を見守り続ける事にした。
今ここで私が、出てくるのはまだ早い。水野さんのあの様子は、おそらく普段はこう言う風に前に出るのが、苦手なタイプ。だから今、あぁやって頑張っているというの感じだろう。私も前世は、そうだったから見れば分かる。……だから、この教室の生徒達の中でおそらく一番年上の私が……年長者としてまずは、見守ってあげるべきなのだろう。
そして、実際水野さんは、煌木のきしょい言動にも耐えて自分の思いを口にしていった。しかも、その言葉は予想外のものだった。
「……いえ…………その、煌木くんじゃないんです」
「え……?」
思わぬ事に煌木も間抜けな声をあげだす。周りにいた女子達もポカンとしている。そんな中、水野さんは頑張って口を開いていく。
「……わっ、わた……私はっ! 私は、煌木くんは別に良いんです! すいません! そうじゃなくて……私は……くっ、くくく……くさ……日下部さんとっ! 日下部さんと一緒に……クラス委員をやりたいんです!」
なっ、なっ……なにぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!? 私じゃと!? 私か? 今、あの美少女……私と一緒にって言ったよな! えぇ!?
驚いていたのは、私だけではなかった。クラス中の男子女子……先生までも驚いた様子でいた。教室中が、ゴチャゴチャと近くに座っている人と訳も分からず話をしていく中、担任の先生が再び口を開く。
「……えっ、えーっと……ね? 水野さん……申し訳ないんだけど……委員って、男子と女子の1人ずつで決めていくものなの……だから……クラス委員は、既に日下部さんがなっているから……水野さんがなる事はできな……」
「それでもやりたいんです! クラス委員! 私も……日下部さんと一緒にやりたいんです!」
「えっ、えっ……えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
困った担任の先生は、とうとう叫び出す。彼女は、とてもあわあわした感じで「どうしましょう」「どうしましょう」と黒板の前でうろうろ歩き出した。……正直、その様子がとっても可愛かった。まだ教師になったばっかりなのだろう……。生徒の思いを汲んであげたいと思いつつも……でもやっぱりと……規則は守ろうとあわあわしているその姿に……萌えを感じた。
うん。先生、アンタ可愛いよ。しかし……まさか、あの時助けてあげた女の子が……いやぁ、鶴の恩返し? いや、かさじぞうって所か? とにかく、なんだか嬉しいね。これだから人助けってのはやめられないんだ。
と、私が満足そうに少女の言葉に1人、誰にも気づかれないようにニヤニヤしていると……今度は、煌木が水野さんに尋ねてきた。
「……水野さん? それでも……規則は、守らないと……ね? だから、今回はその……諦めて貰ってさ。俺も水野さんの分までクラス委員の仕事頑張るからさ……」
煌木のその言葉にクラス中の女子達が、各々反応する。
「……うわぁ、煌木くんに気を使わせて貰って……何なの……あの女?」
「生意気だよね……マジないわぁ」
「……だっる。ひっこめよ」
あぁ、こりゃ不味いなぁ……。このままだと……あの子が後でかなりひどい目にあわされる。幸い、男子達の方は別に気にしていない風だけど……女子達が思った以上に煌木側についてるせいで……。
水野さんもそれを本能でキャッチしたのか、急にそれまで頑張って出していた声も出せなくなってしまっていた。その姿は、まるで……ライオンの群れに怯えるチワワ……って所か。
……私が、動くしかないな。この場であの煌木のクソ野郎とクラス中を何とかできるのは、私しかいないだろうし……。
私は、真っ直ぐと手を挙げてまずは、先生に言った。
「……すいません。先生よろしいでしょうか?」
「……はっ、はい! 日下部さん!? なんでしょう?」
「……委員を男子と女子の1人ずつでやらねばならないというのは、校則で決まっている事なのですか?」
この質問に教室中が、一瞬だけ凍り付いた。慌てて煌木が私の方へ喋りかけてくる。
「……なっ、何を言っているんだい! 日下部さん! そんなの……」
「煌木くん……悪いけど私、今は先生と話をしているの。静かにしていてくれる?」
「……」
よしっ!
「……それで先生、委員会は必ず男女1人ずつでないとできないものなのでしょうか?」
「……そっ、それは……その……特にそういう事は書かれていないけど……」
「書かれていないのなら別に大丈夫ですよね? 水野さんが立候補する事自体……何も問題は、ないはずだと思います!」
「……うっ」
先生は、とても困った顔をしてしばらくの間、またしても黒板の前でうろうろと歩き出して考え込みだした。あわあわした様子で、あぁでもないこうでもないって言いながら1人で考えている先生の姿は、やっぱり可愛い。
そして、2,3分程経ってからやっと……先生は、生徒達に対して口を開いた。
「……分かりました。それでは水野さんのクラス委員の立候補を許可いたします!」
よしっ。これで、煌木と組まされずに済む。私が内心で喜ぶ中、先生は言う。
「……他に立候補者は、いませんね?」
当然、教室中はシーンと静まり返る。まぁ、あんな事があったんだから誰も立候補何かしたくないだろう。さて、そうなれば……。
先生は、言った。
「……というわけで、日下部さんはもう決まりとして……それでは、煌木くんと水野さんで多数決をとりたいと思います。皆さん、机に顔を伏せてください!」
やはりだ。こうなる事も読んでいた。教室中の煌木を推している女子達は、コソコソと「こんな事やっても無駄だし」とか「どうせ、煌木くんが勝つに決まってるもん」などと言っている。そんな言葉を聞きながら私も机に伏す。
さぁて、それはどうかなぁ……。勝負は、最後までやってみないと分からない。という言葉がある。
結果がどうなるか……それは、誰にも分からない。
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「……それじゃあ皆さん、顔を上げてください」
私が、顔を上げて黒板を見るとそこには、やはり予想通りの光景があった。まぁ、他の女子達にとっては、予想外かもしれないが……。
「はぁ!? どういう事!」
女子の1人がそう叫ぶのに対して先生は、真面目な顔で言う。
「……水野さん16票。煌木くん14票で、クラス委員は水野さんにやってもらいます」
「……はぁ!? ちょっ、先生! こんなのなしでしょ! なし! ていうか、16って誰が……」
いや、妥当な16だと思うぞ。
このクラスの人数は、全部で30人。男子15の女子15で半々。この投票では、おそらく立候補者は、当然自分に手を挙げているだろうから……実質、男14と女14の票が大切になってくる。
そうすれば……煌木、お前は女子人気は確かに高いが、しかし男達の熱き魂を踏みにじった。私という完璧美少女とクラス委員をやるためにぶつかり合おうとする男達の熱き侍魂を……お前は、セコイ手を使って踏みにじったんだ。……だから水野さんへの、この14票は当然だな。
そして、そうなると残りの一票。勝負を分ける最後の一票は……私にかかってくるというわけだ。
そんなの……最早、考えるまでもない。私は、全女の味方だ。当然、水野さんに入れるに決まっている……!
先生は、言った。
「……これで、クラス委員は2人決まりました。これ以上の異論は認めません! クラス委員になった2人、よろしくお願いします!」
先生、あわあわしててなんだか頼りなさそうな感じだけど、以外と言う時は、ちゃんとビシッと言ってくれるんじゃん! さっすが~。
感心していると私の横に1人の少女が現れる。その女の子は、小さな背と小動物のような少しオドオドした感じで私に喋りかけてくれた。
「……よっ、よっ……よろしくお願いします! 日下部しゃん!」
噛んじゃってる……。可愛い……。食べちゃいたい。
「……よろしくね。これから一緒に頑張ろうね。水野さん」
すると、水野さんはとっても嬉しそうな顔をしながら返事を返してくれた。
「……はい!」
それから私達は、一緒に残りの委員会決めのために黒板の前まで向かって行った……。ただ、しかし……この時私達の事を睨みつけている者達の視線を感じ取りながら……。
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