五学期 恋を知らぬ者
――恋心……という言葉が私は、よく分からなかった。
私の名前は、
今日も朝に図書室へ本を返しに行こうとしていた。高校入学早々、ついつい調子に乗って本を借り過ぎてしまったが故に沢山の本を両手に抱えて歩いていた私。
そんな時、自分の前に誰かが現れて、ぶつかりそうになる。途中まで人がいた事など気づかなかった私は、反応が遅れてしまった。
――あっ、ヤバイ……かも。
気づいた時には、既に転びそうになっていた。しかし、私の膝が地面につきそうになったその時、私の体と本をさせて持ってくれた人がいた。
その人は、学園でもかなり人気のある人らしく、実際かなり美人だった。同じ女なのについつい見惚れてしまう。窓の外から刺す太陽の光が、その人を後光のように光り輝かせる。
「……あっ、あの! ありがとうございます!」
どうしてだか、つい緊張してしまって裏返った声が出る。しかし、そんな私と違ってあの人は凄く余裕のある喋り方で私に言ってくれた。
「……大丈夫ですよ。持てますか? 良ければ、私も一緒に運ぶの手伝いましょうか?」
「……ぁ」
──トクン……。
何かが……心臓ではない何かが強く跳ねるように鼓動した感じがする。そしてこの瞬間に私の見ている世界の景色が変わった気がする。
あ、あれ……? 私、なんで……。どうしてこんなにドキドキして……。
恥ずかしさのあまりに私は、ついついこの場から逃げるように走って行った。
「……いっ、いえ! 結構です! 大丈夫です! 1人でなんとかなりますからぁ!」
どうして……? こんな気持ち、普通は……。自分でも訳がわからない。でも、本能で理解できた。これは……ううん。もしかしたら……恋なのかもしれない。
「……日下部日和さん、かぁ……」
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*
「……それでは、これから委員会決めを始めたいと思います! まずは、クラス委員から!」
担任の先生が、黒板の前でそう言うや否や、教室中の生徒達全員が下を向いたり、担任から技と目を逸らしたような態度をとりだす。
……当然だろう。委員会決めなんて、やりたがる奴は、ほとんどいないものだ。確かにめんどくさいし、できる事なら他の誰かに押し付けたいものだ。私もその意見は、分かるし凄く理解できる。正直、この時間も……女の子観察に時間を費やしたいって気分だ。クラスメイトの太ももをじっくりこってり見つめていたい気分だが……しかし、そうもいかない。
私は、完璧美少女だ。つまり、この場において周りの期待を裏切ってはならない。こういう時、私の知っている完璧美少女キャラと言うのは、率先してクラス委員になるものだ。それが、彼女達に課せられた宿命なのだ。故に……私も自分のこのキャラを守るためにもここは、率先してクラス委員に立候補せねばならない。
完璧美少女キャラを壊して、この時間を女の太もも観察タ~イムにするか、はたまたここでしっかり演じ切るか……そんなもの……天秤にかける必要もない。一時の快楽に流されて、後で後悔する馬鹿共と私は、違う。
「はい! 私、クラス委員やります!」
ピンっと手を伸ばして先生にそう言うと、担任はとても嬉しそうな顔で私を見つめ返してきて、クラス中の人々に言った。
「……あら! ありがとう! それじゃあ、クラス委員1人は日下部さんで皆いいかな?」
ふふふ、”良いかな?” だなんて……愚問だぜ? 先生。私は、今日まで完璧を演じきった女(?)私がクラス委員を率先してやりたがる事なんてクラス中が分かり切っていた事……。いわば、そんなマニュアル通りのなまっちょろい対応など……不要ッ!
「……まぁ、日下部さんなら良いよねぇ~」
「うんうん! ありあり!」
ほれ見ろ! 私の近くに座っている女子共もこう言っているぞ。これが、完璧美少女の力……ふっ、自分が強い事を実感できて……最高に気持ちが良いぜ!
先生もしばらくして教室中の雰囲気を察したのか、すぐに話を変えた。
「……それじゃあ、クラス委員をもう1人、決めましょうか!」
すると突然、今度は教室中が騒然となってお祭り騒ぎのような状態になった。
「はい! 先生! 俺やるよ!」
「……いやいや俺が!」
「……いいや! ここは、僕が!」
「何の! 俺だって!」
クラスの男子達の突然のバカ騒ぎに驚く担任。彼女は、とてもアワアワした様子で男子達の若干、興奮気味の様子に目を回していた。
どうやら、先生はこの状況になる事を予想できていなかったようだ。まぁ、私は最初から予想していたが……。なんたって、完璧美少女のこの私が、クラス委員をやると言うのだから……一緒にやりたがるオス共が湧くに決まっている。こうなる事は、最初から読んでいた。だから、まぁ……男などどうでも良いが……私としては、正直誰がなっても良い。勝手にしてくれればいいって感じだ。
だが、次の瞬間……私までもそんな余裕をこける状況ではなくなってしまう。それは、このクラスの大騒ぎを聞いた1人の男の登場だった。
「……静かにしたまえ! 皆、日下部さんと先生が困っているじゃないか! もっと紳士的に決めようじゃないか!」
げ……煌木。お前は、出しゃばんなよ。
「……あぁ? なんだぁ? 煌木? 今回ばかりは、テメェだろうと簡単に譲るわけには……」
「……おいおい。良いのかい? そんな態度を僕にとって……酷いんじゃないかな?」
「あぁ? 何の事……」
と、1人の男子生徒が煌木の後ろから感じる強烈な視線を感じ取ると、そこには強烈な怒りの眼で見つめてくる女子の集団3人が存在した。その男子生徒は、女子達のあまりの視線にビクッと体を震わせて……恐怖のあまり、チワワのような声を上げた。そんな男子に煌木は、言う。
「……ふふふ、ところで……クラス委員とやらだが……やっぱりそう言うのにふさわしい人っていうのは、クラスから絶大な支持のある人がなるべきだと……僕は思うのだけど……どう思うかな?」
煌木のその一言に女子達は、全員首を縦に振って答えた。
「……はい! 煌木くんがなるべきだと思います!」
「私もそう思います!」
「私も!」
おいおいおいおいおいおいおいおいおいおい! ちょっと待てや! それは、いかんだろ!
しかし、私の思いと裏腹に事は、進んで行く……。
「……と、いう感じだけど……君、もしかしてまだ立候補したい感じなのかな?」
「……なっ! そっ、それは……」
男子生徒に再び女子達の強烈な視線が炸裂する。……くっそ! 頑張れ! 男の意地を見せてやれ! あんなメス共に負けんなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!
「……くっそぉ! 覚えてろよ!」
はい。くそー。誰がテメェの事なんか覚えてやるか。
しかし、その男子生徒が諦めだしたのと同時に他の男子生徒達もさっきまでの大盛り上がりがまるで嘘だったのかのように……突然、お通夜ムードになって皆、思ってもなさそうな事を口にしていく。
「……まっ、まぁ……日下部さんと煌木ならちょうど良いんじゃないの!」
「……まぁ、な! 委員なんて他にもあるしな!」
この草食共がぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! Z世代のぬるま湯の中で育ったクソガキども!やっぱり男なんて信用できねぇ!
しかし、まずいなぁ……。このままだと、煌木で決定しちゃうわ。そうなったら、クラス委員としてこの一年間ずっと、あの野郎と一緒に……。それだけは……それだけは……。
だが……。
「……それじゃあ、クラス委員もう1人は、煌木くんで皆、大丈夫そうかな?」
「「……賛成で~す!」」
クラス中の女子達が、そう言う中で私は、1人……ただ1人絶望していた。……何とか、それだけは……それだけは、絶対に!
――その時だった。
「……せっ、先生! 私……立候補します!」
「へ?」
突如、教室の後ろの方から聞えてきた声に女子達と先生、男子達が度肝を抜かされる。声のした方を見てみるとそこには……小さな小さな小動物のような見た目をしていて、カチューシャが特徴的な水色の髪の少女が椅子から立ち上がっていた。少女は、もう一度先生に大きな声を張り上げて緊張した感じに言った。
「……クラス委員を……その…………やっ、やり……やりたいでしゅ!」
それは、救いの女神の降臨だった……。小さな女神は、勇気を振り絞ってそう言ったのだった……。
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