第54話 記憶
「な……、なにが?」
呆気に取られて尋ねるが、石堂も茫然としたまま首を横に傾げる。
「わたしの出会った霊能者たちの中でも、特に変わった人なので」
真顔で言われ、翠は思わず吹き出してしまう。
「とりあえず、中に入りましょうか」
促され、翠は背後に扉が閉まる音を聞きながら、靴を脱いだ。
がたんと音がしたかと思うと、猛然と榊がリビングから飛び出し、階段の手すりを掴んだ。
「今、二階に行ったよね⁉」
通り過ぎざま、そんなことを言うが、翠も石堂も〝なにが行った〟のかさっぱりだ。
「なにが見えてるんでしょう」
石堂が先に立って廊下を進みながら呟く。
見えている。
翠は心の中で呟く。
見えている、ということは。
やはり、ここには何かいるのではないのか。
「あらあら、消えちゃったなぁ」
石堂と一緒にリビングに向かうと、背後からそんな声と、階段を降りる音が聞こえてきた。
「石堂くん。ぼく、手を洗いたい」
両手をひらひらさせながら、榊がリビングに入ってきた。変な人というより自由人だ。思ったままに行動している。
「あ。私がこちらを引き受けますので、洗面所に案内してください」
石堂の持つビニール袋に軽く触れると、数瞬ためらったものの、翠に渡して彼は榊の元に歩み寄った。
「こちらです」
「ごめんね」
そんなやり取りを聞きながら、翠はリビングを抜け、キッチンに向かう。
ひとまず荷物を置き、手を洗った。アルコール消毒をして、ビニール袋の中身を出す。
ビールに缶チューハイ。小さめの日本酒の瓶まである。
総菜はサラダに揚げ物。山菜おこわのようなものもあった。
手早く皿に盛り直し、ダイニングテーブルに運ぶ。
酒類を適当にテーブルに乗せ、グラスとカトラリーを並べたころに石堂と榊が戻ってきた。
「なるほどねぇ」
榊がしきりに頷き、石堂が何かまた説明をしている。
なんだろう、と思いながらも翠は定位置に座った。普段は向かいに座る石堂は翠の隣に座る。
「準備、ありがとうございます。先ほどある程度、禁足地の説明を……」
翠に顔を寄せ、石堂が耳打ちした。
「写真、あるんでしょう? あ。先に『いただきます』しよっか」
榊はにっこり笑うと、子どものように両手を合わせ、しっかりと「いただきます」と発声した。なんとなくつられて翠も行っていると、目が合う。榊は笑顔を崩さずに翠に礼を言った。
「ごめんね、突然お邪魔しちゃって」
「いえいえ。とんでもない。専門家からのご意見を、私もいただきたいと思っていて……」
目を丸くして首を横に振る。隣で石堂が日本酒の入った瓶の封を切り、榊に差し出した。
「専門家っていうならば、布士さんの伯母さんはどうなの? 連絡ついた?」
冷酒用のグラスを取り、石堂から酒を受けながら小首を傾げている。しまった、ああいうの私がすべきだったかな、といろいろ考えていた翠は、きょとんと眼を丸くする。
「伯母ですか? ……いえ、実はまだ連絡が……」
そう。取れない。
浮橋郡八川町についた直後は一度携帯で話が出来たのだが、それ以降はさっぱりだ。
「布士の家長は彼女だと思うな。だから早急に連絡をして、禁足地でどのようなことが行われ、本来何を祀っていたのかを確かめるのが先だと思う」
榊は冷酒を口に運び、思い切りよく喉に流し込んだ。ちょっと驚くような量ではあったが、石堂が気にしていないということは強いのだろう。本人も美味しそうな顔をして、料理を取り皿に分け始めた。
「わかりました。連絡します。なんなら母からもお願いして、連絡を」
石堂と榊を交互に見比べて翠は言う。
「一度ご自宅の方に行ってみましょうか」
缶ビールのプルタブを開け、石堂は尋ねる。ネクタイを指で緩めながら、直接缶を口につけた。
「明日あたり、お伺いしてみましょう」
「わかりました」
頷き、翠も缶ビールを開ける。流石に石堂のように直接飲むことはできず、グラスに注ぐ。琥珀色の液体は、細かな気泡をレースのように浮かび上がらせた。
「写真見せてくれる?」
サラダや揚げ物を満遍なく胃に収め、今度は山菜おこわを山盛りにした榊が、向かいの石堂に視線だけ向けた。手も口も、さっきから全く止まらない。体型からは想像できないほどの
「こちらですね」
石堂がポケットからスマホを出して、写真フォルダを開いて見せた。
榊は受け取り、テーブルに置いて確認する。スライドさせたと思ったら、また戻したり、拡大したりして丁寧に確認をしていた。
「それがご神体だと思うんですが」
石堂も、春巻だのから揚げだのを口に放り込み、ビールで流し込んでいる。
本人もそうだが、彼の周囲の人間はかなりよく食べる。悠里など、まるで育ち盛りの高校生のような食べっぷりだ。
(気持ちいいぐらい、皿が片付くなぁ)
グラスに唇をつけ、胃に黄金色の液体を流し込みながら、翠は嬉しくなる。
仕事を辞める前から、飲みの席には参加しないようにしていたので、大勢で食べる機会すらなかった。
翠の家は典型的な核家族だったが、八川町にいたころは、毎年法事で家に人が集まっていた。大人は大変だったろうが、あのにぎやかさが翠は好きだ。
(……あれ?)
喉から胃へ。
微炭酸が流れ行く感じを味わっていたら、ふと疑問がわく。
(法事って……、そんなに毎年行うもんだったけ?)
翠の家は、石堂にも言ったように浄土真宗西本願寺派だ。
他の宗派と同じく、法事・法要がある。
人が亡くなると、初七日、四十九日、一周忌、三回忌、七回忌。
そこまで考えて、自然に眉根が寄った。
(おかしい……。毎年なんて、ありえない)
だいたい。
誰の法要だったのか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます