第49話 社の内部
納得しかけたものの、翠は、くわっと
「でもそのせいで副社長が死ぬんじゃないですか!」
願いが成就することには変わりない。
「せめて、尊さんと呼んでください」
なんだか悲し気に石堂が言い、そんなものはどうでもいい、とばかりに緑は長靴をカポカポ言わせて地団太踏んだ。
同時に、竹の間を風がすり抜けて来た。
竹自体がうねり、揺れる。
ざああ、という音はまるで水音のようだ。
「呪いを無効にすることはできないんですか⁉」
翠は怒鳴る。
その目の前で石堂は顎を摘まんでしばらく竹藪上方を見ていた。
さわさわさわ、と。
竹は枝葉を揺らし、そのたびに光を乱舞させて時折空をのぞかせる。
「今日は風が強いんですね」
「そうですけど、そんなことどうでもいいですよ!」
翠はやきもきする。
自分の命が危ういかもしれないのに、どうしてこの男はこんなに平然としているのか。
「わたしが呪われたのだとしても、すぐには死なないでしょう。名田愛花さんは、まあ、県大会という日時指定だったからあれですが……。みる太だって呪いが成就するまでに、一か月以上かかっている」
「それは……。そうですが」
唇を突き出すようにして不満を漏らす。
「わたしは、ずっと
石堂は両腕を広げて見せる。
「そんなに心配なら、わたしを抱きしめていただけませんか? それが一番有効性がありそうです」
「本当ですか? なんか疑わしいんですけど」
疑心の目で翠は石堂を見るが、彼は笑って翠を抱きしめた。
「どうやったら、わたしのこの気持ちが伝わるんでしょうねぇ」
ぎゅ、と。翠を囲った腕に力を込める。
されるがままになっていた翠だが、首筋にキスを落とされて、慌てて逃れ出た。
「ちょっと、副社長!」
「そういえば、社がどうかしましたか」
こいつ本当に何考えてんだか、と憤っていたら、石堂が強引に話を変えて社に向き合う。
「………なんかね、後ろの壁が上に上がるんですよ。ほら、マジックの小道具みたいに」
紙片をワンショルダーのポケットに押し込んでいる石堂に、翠はぶっきらぼうに伝えた。
「後ろ?」
「ここです。ほら」
翠は正面扉とは反対部分に回り込み、
ぶわり、とまた風が背後から吹き付けて来る。髪が前へと流れ込むので、翠は首を振って追いやると、よいしょ、と声をかけて上に持ち上げた。
「………本当ですね」
驚いたように目を見開く石堂の前で、板は軋みを上げて持ち上がって行く。
「ご神体が見えそうです」
石堂は作業着のポケットから随分と小さなライトを取り出した。そんなもので内部が見えるのかと翠は思ったが、LEDらしい。鮮明な白色の光で、社の奥を照らす。
「手を離しても……、大丈夫そうですね」
翠は千木から手を離し、呟く。
板の最下部にはなにかひっかかりが拵えてあるようだ。それ以上引き抜くことはできないし、押し込まない限り断頭台のギロチンのように落ちることはなかった。
「………これ、なんだろう」
石堂が囁く。
彼は地面に片膝をついて中を覗き込んでいた。
翠はその彼の後ろに回り、腰をかがめて同じように中をのぞく。
小型ライトが照らす内部には、木材を使って作った四本足の台がある。
その上には、細長いものが供物のように乗っていた。
「きゅうり? なまこ?」
思わず翠が尋ねてしまう。
「ひょうたんではないでしょうか。しかしかなり大きいな」
石堂が答える。
アサヒグループ本社の近くにある筋斗雲のような、あの金色の変なオブジェ。
形状的にはそんな感じだ。
ただ、色は違う。
肌色というよりは、枯色。黄色に白を多めに足したような色だ。
そんな細長いなにかが台の上に横たわっていた。
「穴が……開いてますね。ひょうたんじゃないのかな。なにかの造形物?」
石堂が首を右に傾げ、下からも覗き込もうとしていた。
そうなのだ。
その細長く、枯色をしたなにかには、穴が開いていた。
先端に穴が開けられ、上部にもいくつか大小の穴が開いている。
石堂は小型ライトを口にくわえ、スマホで写真をいくつか収めた。映像を確認し、満足したのか、立ち上がる。
「この、ひょうたんみたいなやつ、反対側の先端も穴が開いているんでしょうか」
「取り出してみます?」
翠が尋ねる。
石堂はしばらく無言のまま社の内部を見ていたが、首を横に振った。
「これがご神体かもしれませんし……。正面の扉を開けましょう。そうしたら、反対側も確認できるでしょうし」
それもそうだ、と翠は腰を伸ばす。また背後から強く風が吹き、石堂の膝についていた枯葉を飛ばした。
がたり、と。
風に揺れたのか、ひょうたん状のものが揺れた。
びくりと肩を震わせ、翠は足早に石堂についていく。
彼はさっさと正面に回ると、二礼二拝をして閂に手を伸ばす。
なにか複雑な仕掛けでもあるのかと思ったが、棒状の金属を横に引けば、あっさりと閂は外れた。
そのまま両開きの扉を開く。
石堂はもう一度屈み、翠も腰を曲げた。
中には当然だが、あのひょうたん状の反対側がある。
「こっちの穴は少し……、大きめですか」
石堂がライトで照らして言う。
「そう、ですね……。というか、先端を……こう切り落としたような……?」
裏側で見た先端部分の穴は、まだ小さめのようだ。正面部分の先端は、大きい。石堂は、さっきと同じようにスマホで撮影を始めている。
「なんでしょう、これ」
翠が呟いた時、向かいから大きく風が吹き込んできた。
板を開け放ったままの裏側から、直接風が入り込み、社内の埃を巻き上げて翠と石堂に吹き付けてきた。
「うわ」
石堂が埃から顔を背けて立ち上がる。
だが、翠は逆に蹲った。
咄嗟に耳を塞ぎ、目を閉じる。
きぃぃぃぃいぃぃぃぃいぃぃぃぃ、と。
もずの鳴き声に似た音が耳をつんざいたからだ。
「布士さん?」
石堂が自分を呼んだらしい。
人の手を通して聞こえる、ぼわりとした声。
翠は両耳を手で覆ったまま、おそるおそる顔を上げた。
「大丈夫ですか?」
心配げに見下ろされた。
「音が……」
翠は呟き、手を離す。
もう、不快な音は聞こえない。
「今、ものすごい音がしませんでした?」
両膝を曲げて、お尻を地面についたまま、翠は周囲を見回した。
「鳥、とか」
「鳥ですか?」
石堂が同じように顎を上げ、上空を見回す。
だが。
そこは竹の枝葉が天を覆い隠すばかりで。
鳥などどこにも見えはしなかった。
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