131話 ヒトの笑顔



「俺とも戦ってくれよ」


 敵傭兵プレイヤーを挑発するようにして、トワさんのもとへフワリと着地。


 まずいな……。

 開口一番に思った事は、勝ち目が薄いという事実。


 どうみても、相手は俺と同等かそれ以上のレベルを持った傭兵プレイヤーだ。

 装備の質から見ても、レベル6から9はありそうだ。

 しかも、そんな傭兵プレイヤーが3人。

 かなり厳しい戦いになると悟った。



「なんだぁ? お前は。その初心者ザコを助けるってかぁ? くだらないなぁ」


 リーダー格らしきフードを目深にかぶった男が、こちらをそしるような物言いでヘラヘラと笑ってくる。

 というか、あいつの顔が良く見えない。

 多分だけど『偽装』スキルを使ってるな……。自身のキャラの顔をこちらが認識できないように、何か仕込んでいる。

 道理でこんな悪質な行為に走れるわけだ。正体がわからないのなら、どんな悪行をしても後腐れがないってわけか。



「ん……ゲヒョ!? あの傭兵プレイヤーちゃん……『始まりの天使』じゃないか」


「銀髪碧眼の幼い少女……見た目は一致していますね」



 フード男の後ろに控えた二人の傭兵プレイヤーが、俺を指差して妙な事を言い始める。一人は短剣を持ち、あきらかにスピード重視な盗賊系。もう一人は杖を持っている事から魔法スキルを習得しているだろうと予測できる。



「なんだぁ? その『始まりの天使』っての」


「ぎひひっ。目撃されてから三週間以上経つのに、未だこの初期街の『ミケランジェロ』に居続けるいやしの傭兵プレイヤーらしい」


「冒険の最初、つまり始まりの町に出現する見目麗しい天使ちゃん、だそうですよ」


 え……そんな風に言われてたのか俺。

 確かに、ミケランジェロ以外で行った町といえば……コムギ村しかないけど……。



「はぁん? ってことは、ザコなんだろぉ?」


「グヘッ。そうでもないとのことだ。あの子に危害を加えたら謎の親衛隊に闇に葬りさられるって、どっかのスレッドで噂されてたし」


「『始まりの天使』に手を出したら、傭兵団クラン『首狩る酔狂共』が黙ってないと耳にしたことがありますね」



 姉よ。

 勝手になんて事を言いふらしているんだ。

 だけど、この状況では恩に着るとしか言いようがない。

 とらの威を借りる、ここは使えるモノは使うべきだ。

 トワさんを守るためにも。


「ちぃ、めんどうだなぁ……だが、どれも本人の力じゃないんだろぉ? 気に喰わないなぁ、こんな楽しい遊びを中途半端に終えるなんて、消化不良すぎるねぇぇえ」


 フード男が苛立たしそうに舌打ちをする。

 配下っぽい二人は、このまま戦闘を開始するのは反対な素振りだが、リーダー格は不満そうだ。

 多分、このままだとリーダー格が強引に戦いに持ち込みそうな雰囲気だ。


 俺は敵と対峙しながら、考える。

 PvPはプログラムされたモンスターを相手にするのとは訳が違う。

 見栄を張ったり、駆け引きが必要となる。

 

 ここは、はったりをかます方向でいこう。

 そっと背後で委縮しているトワさんの手を握り、俺は三人を見据えて強気で言い放つ。



「その話は本当だ。俺は『首狩る酔狂共』の団長と仲良しでな。ま、そんなのどうでもいい。そっちが来ないのなら、こっちから行かせてもらうぞ!」

 

 明確な攻撃宣言。


 この発言に敵一同が、こちらの攻撃を予期して防御しようと身構える。

 その対応に俺は内心で上手くいったと笑い、勢い良く手を上へ掲げ、下へと振り下ろした。

 

 直後、バフゥンッ! と煙幕が爆散し、辺りは白一色に視界を塗り替えられる。『ケムリ玉+2』を使用したのだ。

 


「トワさん、逃げるよ」


「えっ? は、はいっ!」


 戦わないの!? と、ビックリしている様子のトワさんの手を引っ張り、後方へと猛ダッシュで逃げ出す。



「……なんだぁ? これは」

「ぐへへっ、もしかして目くらまし?」

「ふぅむ。もしくは逃走を計っているのですかね」


「はぁ? だとしたら、お前ら! 追うぞ!」

「ぐへっ。面倒事にならなきゃいいけどな」

「あまりその方針には賛同できませんね」


「うるさいなぁ、逃げるってのはいつも通りザコって証拠だろぉ? 顔さえバレなきゃ問題ねぇんだよ」


「あんたはいいけどよ、俺達は顔バレしちゃってるだろ、ぎへへ」

「同感ですね」


「ちぃ! いいから付いてこいよ!」


 俺の出した結論は、相手に『めんどう』だと思わせること。

 真正面から戦っても、勝ち筋がない。万が一勝てそうだとしても、トワさんを庇いながら戦闘するなど難易度が高すぎる。つまり、トワさんの生存率はゼロに近い。ならば、この狭い路地裏という空間を活かし、逃走しながら戦うに限る。

 出来るだけ、いやらしい絡め手を使って相手の戦意を削ぐような形で。


 逃げるついでに『狐火きつねび燈宙花走とうちゅうかそう』を設置していき、フゥに頼んで風で煽ってもらう。

 揺れる花弁から、蒼き火の粉が舞いあがり、俺達が通りすぎていくエリアに充満していく。


「なんだぁ? この蒼い光は?」

「ギュへ!? ダメージくらってるぞ!」


「なかなか、めんどうなスキルですね。早く抜け出さないとワタシたちのHPが削れてしまう」


「ちぃ、急ぐぞ」



 本当は後ろから迫ってくる敵に向けて、俺の最大火力アイテムでもある『打ち上げ花火(小)』をガンガンお見舞いしてやりたい。

 だけど、ストックは三つしかない。

 相手になんらかの回復手段があった場合や、HPを全損させることに失敗してしまえば、勝率は限りなく低くなる。一気に勝負をたたみかける主武器として、温存しておかなければならない。



 トワさんは素早さのステータスが俺のより数段劣るため、走るスピードも遅い。俺自ら彼女を持ちあげて走ろうにも、俺の力ステータスは1なのでそんな無茶はできない。いくら、妨害工作を施してもこのままじゃ追いつかれるのがオチだ。

 さて、どうしたものか……。


「あ、あの……タロちゃん、この人たちは?」


 俺達のPTメンバーに、二人の名前が追加された事に気付き、トワさんが疑問を上げる。


「俺のフレンドだよ。一応、救援、頼んでおいたんだ」



 とはいっても救援は間に合わなそう、だな。

 一応、動けそうなフレンドに助けて欲しいと連絡を送ったところ、二人だけ反応があった。だから現在、PTメンバーは4人になっているけど、援軍を期待するのは厳しそうだ。なにせ二人とも、たった今ミケランジェロに辿り着いたところだし……マップ上で二人のマーカー位置を確認するとココからだいぶ離れている。



「あのタロちゃん……私の事は、もういいよ」


 トワさんは諦めた顔で、少しだけ寂しそうに笑う。

 

「ほんとはタロちゃん、もっと早く動けるんでしょ? 私を置いて逃げていいから。ここまで来てくれて、ありがとうね」


「いや、そんな事は……」


 できないよ。

 背後へとケムリ玉を再び投げて、トワさんへと向き合う。



「タロちゃんのフレンドさんにも迷惑かけちゃうし、いいから」



 そう言って無理に造り笑いを張り付けるトワさんは――――

 教室でいつも周囲に気を配っている、あかねちゃんとどこか重なって見えた。


 だから、俺はそんな悲しそうな顔を吹き飛ばしたくて。

 いつも彼女には、本心から笑っていて欲しくて。


 彼女が笑えば、俺も嬉しい。


 ヒトの、心からの笑顔を作るのは、同じくヒトの笑顔なんだって……。



 そう気付かせてくれた彼女を思い出しながら、俺は自分なりにニカッと精一杯に微笑みかける。


「楽しいよ! こうやってピンチを切り抜けるのも、一緒にトワさんと逃げるのも!」


「えっ?」




「だから、迷惑なんかじゃない。これがクラン・クランの醍醐味だいごみだし」


「そ、そうなの?」


「トワさんは俺が来て迷惑? 一緒に逃げ惑うのもスリリングで、ちょっとドキドキしたりしない?」


 ハッとするトワさん。


「それはっ……そうかも?」


 次にクスッと笑って口元を抑える彼女は、どうやらクラン・クランの楽しみに気付いてくれたようだ。


「あははっ。タロちゃん、ありがとね!」


「どいたま!」



 こうしてケムリ玉、狐火の燈宙花走、とアイテムをボフンバフンと交互に使用していきながら、二人で逃げ続けていく。



「はぁーうっざいなぁ、この火」

「ギュヒッ、俺は一抜けた」

「ワタシもめんどうですね。今回は降りさせていただきます」


「なんだと!? お前ら、ふざけるなよ? ちぃぃい……元はと言えば、あのクソ生意気な天使のせいだぁ」


 お、仲間割れか?

 どうやら、三人中二人は追跡劇から退場してくれたようだ。



「ちぃ、こんな奴に高価なポーションを使う羽目になるなんてぇ……おい天使ぃ! その可愛い顔が恐怖に歪むのぉ、ぜぇぇーったい拝んでやるからなぁ!」


 おお、怖い。

 やっぱり回復アイテムを持ってたのか。

 だけど、一対一に持ち込めば勝率は五分だ。

 そう確信した俺はとある場所を探す。


 しつこく追いかけてくるローブ男から逃げ回ること数十秒、ようやくお目当ての場所を発見した俺は最後のケムリ玉を使用して、トワさんとその地点へ移動する。


 そこは三方を高い建築物で囲まれ、六畳ぐらいの狭い空間になっていて行き止まりだ。

 つまり逃げ場はない。唯一の逃走方法は来た道を戻る、だけどもちろんローブ男が追って来ている以上、鉢合わせになる。


 そんなところに俺は、さっき作っておいた『擬態の木箱トラップボックス』(スライム3匹)を二つ置く。

 

「トワさんは、この木箱の後ろに隠れて。もし奴がこの箱に触れたら、出口に向かって逃げ出して。触らなかったら、自分から触って。モンスターが出てきて、襲ってくると思うけど、逃げてね」


 ローブ男の周囲にまき散らされたケムリが晴れる前に準備を終え、俺はフゥに頼んで飛翔する。ワンステップ、ツーステップと建物の壁を蹴り上げ、そのまま屋上へと着地。そこから身を潜めて下の様子を窺う。



「おいおい、どうしたよぉ? 助っ人ちゃんはお前を置き去りにして逃げ出しちゃったかぁ?」


 周りをチラチラと見回しながら、剣を抜き放ってトワさんの方へと近づいていくローブ男。あいつの立ち位置から、トワさんの姿は木箱に隠れて見えない筈だけど、きっと奴はわかっているのだろう。


「ぶるぶる震えてぇ、かくれんぼでもするかぁ? いいねぇいいねぇ、さぁーどこだろうねぇ初心者ァ」


 ご機嫌な足取りで、トワさんが縮こまっている木箱の方へと歩むローブ男。


「教訓その5! 町の木箱やツボなんかはタダのオブジェじゃないんだぁ。調べると素材が取れるぅ! だから、傭兵プレイヤーたちは木箱なんかがあるぅ場所にぃ? 自然と足が伸びるんだよなぁ? まさか、こんな所に隠れるバカはいないよなぁ?」


 そういって、ローブ男が木箱に手を伸ばす。


 瞬間、俺はフゥに頼んでローブ男の頭上へと姿を現す。



「やぁーっぱりなぁ! 最初からわかってたんだぁ、天使が空から飛んできた時点で、上で待ち伏せしてるだろうなんてのはなぁ!」


 奴はすぐさま俺の出現に気付き、上を向く。

そして、習慣的に手が木箱に触れていく。


「って、なんだコイツらぁ!?」


擬態の木箱トラップ・ボックス』が見事に発動し、突如として現れたスライム三匹に殴打されるローブ男。視線を俺へと向けていたため、下で起きた事に対して、奴の反応は遅れている。

 その隙に、トワさんは敵の横を駆けて離脱を計る。


「は!? 街中でモンスターだと!?」



 作戦成功だ。


「俺からの教訓その1。その木箱はタダのオブジェじゃないんだよ。決めつけは命取りになるぜ」


俺の想定では主に2パターンあった。


まず最低ラインの作戦が、トワさんに自身の手で死んでもらうこと。

というのも、相手の警戒心が高かった場合、トワさん自身の手で『擬態の木箱トラップ・ボックス』に触れてもらい、スライムのタゲを取る。突然のスライム出現で初心者狩りは一瞬だけ動揺して、視線をスライムやトワさんに移すだろう。その隙に上空からの先制攻撃と猛攻に挑む。


トワさんは逃げたところで、スライムにキルされるだろうけど、モンスターによるキルのペナルティは経験値の喪失。トワさんはこのゲームを始めたばかりで経験値を1も稼いでいないので、なんの損失もない。

 仮に俺の花火が彼女を巻き込んでキルしてしまったとしても……あとでドロップした素材を返せば、マイナスはない。


そして今回は2パターン目の最高な結果になってくれた。

初心者狩り自身が木箱に触れてくれ、スライムのタゲが奴に集中したところで、その隙にトワさんが離脱。さらに俺は上からの猛攻。


奴の思惑通り、俺が上空に潜んでいることなんて看破されているだろうから。あえて上を警戒させ、下で動揺を突くようなアクションを起こし、不意を突く。つまり、俺の役割は始めは陽動、からの襲撃だ。


「このザコ共! 邪魔だ!」



「はい、教訓その2。ザコ、舐めると痛い目を見るよ」


「てめぇ」


 と、下でスライムと戯れているローブ男に向けて、花火を打ち下げる。

 狭い空間にドンパチと火花が飛び交い、スライムもろともローブ男は直撃。

 さらに立て続けて、もう一本。


「ぐあっ」


 仕上げに冷やし込みとシャレこみますか。『溶ける水ウォタラード』を振りかけていく。連続でパシャパシャと。



「ぎぃっふぁあああ! やめっやめてくれええ!」


 ジュワッと心地よい音が響き、ローブ男はポリゴンエフェクトを発生させてあえなく消滅していった。


 終わってみるとあっけなかった。



傭兵プレイヤー『キルキル』をキルしました:

:662エソを獲得:

:『巨大蝙蝠こうもりの巣』をドロップしました:


 おや?

 何やらロマン溢れる素材をゲットした模様。

 錬金術に使えそうですなぁ。


 なんてニマニマしていると、『タロちゃん、ありがとっ!』とトワさんに抱きつかれた。


「いやいや、それ程でも……」


 ふぅー顔が熱いなぁ。トワさん、いくらなんでもスキンシップが激しすぎるんじゃないかな。


「だって、本当に怖かったけど。でも、タロちゃんのおかげで楽しくって! 本当に本当に、またまた色々と教えてくれてありがとっ!」


「いえいえ……俺も楽しかったし、ト、トワさん、ちょっと離れてもらっても……」


 と、トワさんのむぎゅーから解放されるべく、俺が彼女を押しのけようとする。そこへ、切迫した声が響く。


「タロ! 大丈夫か!? 裏路地だと、道が複雑で到着に手間取っ……た」


 全力疾走で駆けつけてくれたのか、荒い息をしながら晃夜こうやが姿を現す。

 だが、トワさんが俺に抱きついているところを眺め、語尾が弱々しくなっていく。


「んー、もしかして終わっちゃった?」


 次いで、夕輝が姿を現し、ニコニコと話しかけてくる。

 俺の要請に答えてくれた二人の助っ人とは、この親友たちだ。



「お前らが遅いから、俺一人でどうにかできちゃった」


 へへんとドヤ顔で言い放っておこう。


「なんだよ、駆け付け損か。ったくよぉ、お前のことだからそんな事だろうと思ったぜ」

「とか言いながら、コウは『タロの奴、無理してないといいんだが』って凄い勢いで助けに向かってたよね」


「うるさいぞ、腹黒団長さん」

「何か言ったかな? 鬼畜メガネくん」


 と、俺の親友たちはいつものペースでじゃれ合っている。

 俺も、こうして救援に来てくれた事に感謝しているから『ありがとう』と二人を労う。


 そんな俺達をマジマジと凝視しているトワさんに気付き、俺は晃夜たちを慌てて紹介する。


「あぁ、えっと、俺のフレンドで。一応、救援に呼んでた二人なんだ……コウにユウって言うんだ」


「…………へ? あ、うん、タロちゃん、ありがと。お二人も……」


 何故かジーッと晃夜と夕輝を見つめるトワさん。


 ふぅ……なんだよもう。

 トワさんも女子ですもんね。


 ここにも一人、イケメンに見惚れて餌食になってしまった女の子が増えたってわけか。

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