ママとのお昼
父上は武士だった。母上とは幼馴染で、20歳くらいで結婚したらしい。小さな家を構えて、のんびり暮らしていた。時は江戸時代、武士なんていっても、たかが知れていて、父上の家の刀はもう、竹光だった。
「これでよいのだ。民草が健やかに暮らせる時代が訪れたのだ。もはや、刀槍の時代ではなかろう」
そういって、父上は近所の子どもを集めて、素読の指南ばかりしていた。母上は、近所の人と仲が良くて、よくお金を貸していた。大抵は、すぐに返してもらえた。すぐに返してもらえなくても、母上はよく待っていた。
「ある時払いの催促なし。貧乏していても、まあ、武士ですから。飢えやしませんよ」
母上はよくそういって、笑っていた。
そんなある日、遡行軍がやって来た。私たちが暮らしていた村は壊滅し、金品は略奪され、男は殺され、女は犯され、子どもはどこかへ売られた。
父上は、なんとか私と母上だけでも逃がそうと、懸命に戦った。母上のお腹の中には、新しい命があった。しかし、健闘虚しく、父上は殺され、母上は犯された。
直後に、母上のお腹から、子が産まれた。どういう理屈かはわからない。人の形をした人ならざるもので、今風のいい方で、ヒューマノイドに近かった。
子を産んだ母も、私の目の前で殺された。産まれた子は急激に成長し、あっという間に、私の背丈を越えた。
それを見て、遡行軍たちは歓喜の声を上げた、ように見えた。遡行軍に犯された人から産まれた子というのは、格別の力が与えられるそうだ。それも、夫婦円満だったらなおいいらしかった。
遡行軍の目的は歴史の修正だ。だから、大きな力が欲しかった。そのためには、器となるなにかが必要だった。どうもそれが、母上から産まれた子だったらしい。遡行軍は、産まれた子を中心に輪になって、踊ったり、刀を掲げて雄たけびを上げていた。
途端に、ドサ、と音がした。同時に、悲鳴と共に一体の遡行軍が斬り殺された。一同が悲鳴がしたほうを向くと、そこには、おじいちゃんと、審神なんとかっていう美人さんがいた。
遡行軍は一斉に刀を抜いた……、かと思ったら、瞬く間に辺り一帯の遡行軍は殲滅されてしまう。無理もない、おじいちゃんも、美人さんも、戦闘力は桁違いだ。三十体程度の遡行軍で、一分も持ったのだ。褒めてあげてもバチは当たらないと思う。そして、殲滅されたあと、残ったのは私と、おじいちゃんと、美人さんと、私の妹になるはずだった、化け物だった。
美人さんが脇差を抜いた。どうも、この人ならざる化け物は美人さんがこの脇差で殺さなければ、なんどでも生き返ってしまうらしい。脇差の名は、泛塵といった。美人さんは、なかなか斬れなかった。その間にも、化け物は急激に成長して、もうおじいちゃんよりも大きくなっていた。
ただ、知能のほうはそれほどでもないのか、化け物ながらに、幼子のような無邪気な笑みで、美人さんを見つめている。
まだ、美人さんは斬れないでいた。目には、いっぱいの涙がたまっていた。私は、はやく斬ってほしかった。こんな化け物みたいな妹は、いらないから。
でも、次の瞬間、化け物がなにかを悟ったのか、険しい顔になって美人さんに襲いかかった。とはいえ、乱暴な襲いかただから、隙だらけだった。
美人さんは、一刀で、斬り殺してしまった。斬り殺して、美人さんは私を見つめる。まだ目には、いっぱいの涙がたまっていた。私はぞっとした。次は、私の番だと思ったから。この状況で、私が遡行軍に犯されてないと思ってくれるなんて、考えられない。
けれど、美人さんは、私を斬らなかった。
「宗近。この子を、どこかほかの家の養子にしてやれないかしら。それが、一番いいと思うの」
気がつけば、私はどこかの家の養子になっていた。どう取り計らってくれたのかはわからない。美人さんのコネにしてはえらくスピーディーで、おじいちゃんのコネにしてはいくらか身分の低い家だった。ただ、そんな贅沢なこともいっていられない。いまは、食べるご飯が三度出るだけで、嬉しかった。新しい父上や母上にも、なんとか気に入られようと、精一杯愛想を振りまき、それが奏功して、始めのうちは新しい家族とも良好な関係を築けて、穏やかに暮らせていた。
でも、ある日突然、捨てられた。遡行軍に壊滅させられた村の出だということがわかったからだ。あの村の人は、ほんの少しだけ生き残っていたけれど、みんな「不幸を呼ぶ者」としてのレッテルを貼られて、石を投げつけられたり、ひどい人は、殺された。
誰も、それを止める人はいなかった。
それでも、美人さんはなんとか私にこの時代で生きてほしいと望んでくれて、いろいろな家へ養子へ行かせてくれたけれど、どこの家も、結局あの村の出だということがわかると、捨てられた。
だから、私は美人さんが住んでる本丸、ってところへ引き取られた。
そこで、夢は途切れた。
「……、ん、ぅ……?」
気がつけば、私はベッドで横になっていた。隣には、ママが座ってくれている。
「あ、起きた?大丈夫?ひどくうなされていたけれど、嫌な夢でも見てた?」
「う、ん……?そう……?う~ん……、思い出せないや」
「そう。でも、もし嫌な夢を見ても、絶対大丈夫だからね。いつだって、いちごちゃんのそばにはママがいるから。いつでもママを呼んでね」
「うん!ママ、大好き!」
私はベッドから起き上がって、ママをぎゅって抱きしめる。
そんな私を、ママは優しく撫でてくれた。
「まだお昼だから、これからお買い物行こうか」
「え!?いいの!?」
「ええ。この前、買ってほしいっていってたスカート、買いに行きましょ」
「やったー!!やっぱり私、ママのことが大大大好き!!」
「ありがとう。そういってくれて、ママも嬉しいわ」
ママが微笑む。
私は大はしゃぎだ。
だから、もうすっかり、さっきまで夢を見ていたことなんて、忘れてしまっていた。
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