第21話 委員長と美鈴、七瀬ちゃん
「あ、あの美鈴……」
「手塚君、委員長。委員長でしょ、私は……今の私は委員長、委員長なんだから……サボってない、体調悪くなっただけ、体調崩しただけ……だからお父さんも怒らない、こんな事で見捨てない……大丈夫、大丈夫……大丈夫」
「う、うん、委員長。で、でも、だ、大丈夫? 本当に、大丈夫?」
「大丈夫、大丈夫。全然大丈夫……全然大丈夫だから。こんな事でどうもならないから、何も起きないから……大丈夫、大丈夫だから。本当に大丈夫だから」
「……本当に大丈夫なの、美鈴?」
☆
「ねえ、ゆず! 委員長と何してたの、本当は!?」
「本当も何も体調悪そうだったから保健室連れて行ってあげようとしてただけ。まあ、道中で保健のマリアちゃん休みな事に気づいて、戻ってきたけど。委員長も回復してたし」
4時間目の授業終わり、お昼休みの時間。
俺の顔をジー、っと見つめた朱里が、どこか怒ったような声でそう聞いてくる。
あの後、教室に戻った俺たちに集まったざわざわと好奇心溢れる視線を、美s……委員長は「体調が悪くて、保健室に行こうとしてた」という一言で片づけた。
なんで女の子じゃなくて俺が一緒なのか―そんな質問が飛んできてもおかしくない場面ではあったものの、委員長の雰囲気がそれを寄せ付けるようなものでは無かった。
冷たくて、感情を感じない真面目人間―そんな美鈴とは真逆の委員長の雰囲気が、そんな質問を押しのけた。お父さんという言葉を聞いて完全に委員長に戻った美鈴がそれをはねのけた……まあちょっと心配ではあるけど。
そんなこんなで、授業中とかには何もなかったんだけど、終わった途端に朱里が俺に喰いついてきて。
確かに今日は朱里に構わず委員長と話してるけど、そんなぷくーっとしなくても……色々あったけど、無かったことにするし!
「え~、本当? 本当にゆず?」
「本当だって。委員長も言ってるじゃん、そう。嘘つくメリット、無いでしょ別に」
「いや、それはいっぱいあるでしょ! ゆずと委員長、なんか今日すごく仲いいし! なんかボクを無視して、結構話してることあるし……メリットいっぱいあるでしょ、嘘つく! ゆずが委員長と……そうなんじゃないの、ゆず?」
「そ、そんな事ないよ~、朱里! 俺と委員長はそんなんじゃないって、さっきも俺がたまたま近くにいたからだし! そんなんじゃないよ、委員長とは!」
うん、委員長とは本当にそんなんじゃない―まあ、美鈴とは多少そう言う関係ではあるけど。
美鈴とは付き合ってるまではいかなくても、そう言う関係で、その……で、でも委員長の時は違うし! だから何もないし! スク水姿でおへそ触ってたとかないし、ふとももで挟まれて興奮してたとか、裸で足の指舐めて一発ヌいて……そんな事ももないし! アレは美鈴だから!
「む~、本当かなぁ? 本当にそうなのかなぁ? 本当に何もないのかなぁ、仲良しすぎて心配だなぁ? さっきも、帰ってきたゆず、ちょっと顔赤かった気がするし~、なんか興奮してる感じの息遣い感じたし~?」
「し、してないよそんなの!」
「委員長とそう言う事、してたんじゃないの……ほら、今も動揺の色が顔に出てる! ゆずが動揺してる感じ、顔見ればわかるんだけどぉ! ねぇ、まーちゃん! ゆず今、動揺してるよね!」
「はわわ、嫉妬する朱里きゅん尊い……って、え!? ゆ、ゆず君が動揺? え、ちょっと、その……じー」
朱里に話を振られた隣の席のまーちゃんが、俺の顔を覗き込むようにじーっと見つめる。
「ん? ん~? ゆず君? ん~? ゆず君?」
それでもわからなかったのか、まーちゃんの顔は段々と近づいてきて、ほぼゼロ距離になって。
ゼロ距離で、油断すれば唇が触れてしまいそうな位置で、俺の事を観察して……ちょ、ちょい!
「ちょ、近すぎ近すぎ、まーちゃん! 流石にその距離まで女の子に来られると緊張するよ、もうちょっと離れて、ね?」
「じー、ゆず君が動揺……あ、ごめん、ゆず君。ゆず君相手だと距離感バグるんだよね、私……あ、あとた、高宮君! ゆず君に動揺は見えなかったですよ、大丈夫ですよ!!! 多分、動揺とかしてないよです、多分ですけど!」
俺からす、っと距離を取ったまーちゃんが、どこかギクシャク片言な感じで、朱里に報告する。
まーちゃん、俺とか他の男子には普通に接するのに、朱里にはおかしくなるよな……まあ、朱里可愛いからしょうがないんだけどね。俺との距離が近すぎるのも色々アレだけど、緊張するし。いくら小学校から一緒のまーちゃんでも緊張するし。
「むむむ~、ボクは見えたんだけどなぁ。でもまーちゃんのほうがゆずと付き合い長いし、ゆずの事よく知ってるか! うん、じゃあ推定無罪! 一旦ゆずは無罪って事にしとくね、一旦だけどね! まだ委員長との関係怪しいけど、一旦無罪ね!」
とにかく、そんなマーちゃんからの報告を受けた朱里は、いまだに少し疑惑の表情で俺の事を見ているけど、取りあえず納得したという風に頷く。
うん、そうだよ何もない……本当に委員長と俺は何もないんだから。
チラッと委員長の方を見る。
「あ、あの委員長、その……」
「何、勉強の邪魔」
「あ、そうだよね……ごめん……」
視線の先の委員長は、クラスの女子からの言葉を一蹴して、机の上で勉強を続けて……うん、やっぱり俺の相手は美鈴だ。
委員長を忘れて、美鈴をさらけ出せる―そんな美鈴が楽しめる場所を作ることが、俺の役目だと思う。美鈴が委員長から、美鈴になれる場所だと思う。
「あ~、また委員長の事見てる! やっぱり何かあったんじゃないの、ゆず?」
「気のせいだよ、本当に気のせい。何もないんだから」
「むー……まあ、ボク的には七瀬ちゃんが……あ、そうだゆず! 今日の放課後どうするの? ボク、ゆずと行きたい場所あるんだけど!」
「ああ、ごめん。今日は七瀬ちゃんと用事だ、ごめんね朱里」
「むむむ~! たまにはボクも構ってよね、ゆず!!!」
「あはは、いつも構ってるじゃん」
そう言って顔を膨らませる朱里に苦笑いしながら。
俺は美鈴が安心できる柚希にならなきゃな、なんてことを考えていた……まあこの後、美鈴から話しかけられることは無かったんだけど。
この後どころかしばらく、委員長モードの美鈴が解除されることは無かったんだけど。
「はわわ~、やっぱり尊い、ゆず朱里尊い……ゆず君も良いよぉ、ゆず君もしゅき……ゆず君もだいしゅき……ふへへ」
☆
なんやかんやあって放課後になった。
あの後、色々あって完全に委員長になった美鈴が俺に話しかけてくることは無かった……学校ではそれでいいんだけど、ちょっと寂しい。急に覚醒したからそれも心配。美鈴のトラウマ、踏み抜いたみたいで心配……またちゃんと謝らないとな。
「おーい、ゆず君お待たせ! 土曜日はありがとね、お買い物! お家だっけ、あのぬいぐるみ?」
そんな事を考えながら校門で待っていると、おーいと手を振りながら今日は厚着の七瀬ちゃんが俺の方に走ってくる。
「うん、お家だよ。だから一回よらなきゃいけない。七瀬ちゃんは先帰ってる?」
「ううん、ゆず君と一緒に行くよ! 私とゆず君で、一緒に祐希に渡すことに意味があるからね! だから私も、ゆず君のお家ついていきます……にしても寒いね、ゆず君」
そう言ってでーん、と胸を張った七瀬ちゃんだけど、すぐにその小さな身体をさらに縮こませて、ブルブル震える。
「大丈夫、七瀬ちゃん? 確かに寒いね、9月にしては。そんな寒いなら、ついてこずに先帰ってぬくぬくしてても大丈夫だよ? 俺一人でもなんとかなるし」
「だよね、さむさむ……って、ゆず君のお家まではついてくよ! 私が頼んだお買い物だからね、それは責任もってついていくよ……で、でも寒いな~、寒いな~、ゆず君。寒くて寒くて、七瀬ちゃん凍えそうだなぁ……ちらちら」
「……? 七瀬ちゃん?」
「いや~、七瀬ちゃんさむさむだなぁ……こ、こんな時に温めてくれる人がいたらなぁ……ちらちら。七瀬ちゃんの事、温かくしてくれる人がいたらなぁ……ちらちら」
ちらちら俺の方を見ながら、そう言って身体を縮こませる七瀬ちゃん。
そんなに寒いかな、今日……あ、そうだ。これがあったわ。
「それなら七瀬ちゃん、ジャージあるけど着る? 今日着なかった体育の上ジャージあるけど、これ着れば多少温かいと思うよ」
「う、うんゆず君! わ、私の事……え? ジャージ?」
「うん、ジャージ。ジャージだよ、七瀬ちゃん?」
さっきまで身体を縮こませていたけど、急にう~ん、と身体を大きく見せて輝き笑顔で俺の方を向く七瀬ちゃんに、今日の体育で使わなかった上のジャージを渡す。
これ着れば多少大丈夫でしょ、温かくなると思うよ、七瀬ちゃん!
「う~、そうじゃなくてぇ、私はゆず君に……あ、でも中に着ると温かい。ありがと、ゆず君」
一瞬ぷー、となっていた七瀬ちゃんだけど、すぐにその表情は明るくなる。
良かった、温かくなってくれて。七瀬ちゃんの役に立てて何より。
「うん、ありがとゆず君……でも、もっと私の事……んんんっ! とにかく、早く帰ろ! 祐希も待ってるだろうし、早くプレゼント行くよ!」
「そうだね、七瀬ちゃん! 急ごう!」
そう言って早足で歩き出す七瀬ちゃんの背中を、俺は追いかけた。
「えへへ、ゆず君のジャージ好き……ゆず君に包まれて、後ろからぎゅーってされてるみたいで好き……えへへ、結果オーライだな……ふへへ」
☆
そうやって、家に帰ってオオサンショウウオのぬいぐるみを持って、七瀬ちゃんの家の前。
「祐希、ただいま~。お姉ちゃん帰ったよ~。ゆずお兄ちゃんも一緒だよ~」
「お兄ちゃんもですの! すぐに行きます、ゆずお兄ちゃん会いたいです!!!」
いつものように七瀬ちゃんがカギを開けて、中にそう言うと可愛い元気な声とともに、てとてとという足音が聞こえてくる。
「ふふふっ、ゆっくりでいいよ、祐希ちゃん。そっち行くし、すぐに」
「ゆずお兄ちゃんの声です! 早く会いたいです! 祐希が行きます!」
俺の声にもっとその喜ぶ声は強くなって、その姿がぴょこっと廊下から顔を出す。
「ゆずお兄ちゃん! 久しぶりです! 会えてうれしいです、祐希感激です!!! あ、お姉ちゃんもお帰り!」
俺の顔を見た祐希ちゃんが、そう言ってペコっと嬉しそうに頭を下げる。
祐希ちゃん―七瀬ちゃんの9個下の妹で、現在小学2年生。七瀬ちゃんによく似たくりくりした大きな目に、サラサラの黒髪で、将来の美人さんが確約されているような、とっても可愛い女の子。すっごく礼儀正しくて、めっちゃいい子。
「ただいま、祐希。いい子にしてた?」
「ふふっ、祐希ちゃん久しぶり。元気してた……って大会、頑張ったんだったね!」
「はい、いい子にしてましたの、頑張りましたの! ゆずお兄ちゃん、祐希の事褒めて欲しいです!」
「ふふっ、頑張ったね、えらいね祐希ちゃん……それで、お姉ちゃんとお兄ちゃんから、祐希ちゃんにプレゼントがあります! そんな頑張った祐希ちゃんに、プレゼントあります!!!」
そう言って、七瀬ちゃんに「渡すよ」とアイコンタクト。
後ろ手に持っていたぬいぐるみを、二人で持つ。
「ぷ、プレゼント!? なんですの!?」
「ふふっ、それはね……じゃじゃーん! このオオサンショウウオさんのぬいぐるみでーす!!!」
そして、二人で一緒にわくわく目を輝かせている祐希ちゃんにぬいぐるみを渡す。
大きいから気をつけてね、祐希ちゃん! お兄ちゃんからの、大会頑張ったプレゼントだよ!!!
それを受け取った祐希ちゃんは、目をキラキラ輝かせて、
「わ~、これ祐希が大好きな奴です!!! 大好きな、キャラクターです!!! ありがとうございます、大好きですの、お兄ちゃん!!!」
そう言って、俺の胸にどーんと飛び込んできた。
「……ちょ、祐希!? 祐希!?」
★★★
みんな忘れてた七瀬ちゃん回。
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