第10話
──そして、ミルナから修業をつけてもらって、数年の時が経過した。
そしてカイルが学院へ旅立つ日になっていた。
「迎えの馬車が来たようだよ、カイル。忘れ物はないかい?」
「うん、大丈夫だよ」
窓の外をちらりと見たデミオが室内へ顔を向けて旅立つ用意が済んだカイルを見る。
数年たって大きくなったカイルは十二歳になっていた。
ふわふわの銀髪は短く整えられており、その眼はまだ見ぬ学院への思いをはせているようだった。
「時の流れは速いものだな、カイル。私に教えられることは全部教えられただろう。最後のほうはほとんどが手合わせだけになっていたくらいだからな」
「師匠! 見送りに来てくれたんですね」
腕組みをしながらほほ笑むミルナはこの数年、そしてここ数か月の修業を思い出しながら家から出てきたカイルを出迎えた。
「まあ、私の唯一の弟子の船出の日だからな」
「ありがとうございます! 師匠のおかげで魔法に対する理解が深まりました。お忙しいのに長い間お世話になりました!」
ミルナ=レイザックの人生の中でただ一人の弟子。そのことを改めて口にされたことでカイルの胸は熱くなっていた。
自分だけでは得られなかった多くの知識を教えてもらったことに、カイルは心から感謝していた。
彼女は世界を巡って多くの経験をしてきており、それらの情報を惜しみなくカイルに与えてくれた。
それは友人の子だからということではなく、成長が楽しみな大事な弟子だから、そして彼なら全て理解してくれると信頼したからこそである。
「カイル、君はとても優秀な弟子だった。私に教えられた全てを糧に頑張ってくれ」
「はい!」
ここでミルナの表情は厳しいものへと変化する。このタイミングで近くにいるカイルの両親に聞こえないように風の魔法で障壁を作りだす。
デミオとクレアは二人で話したいことがあるのだろうと思いながら成長したカイルの旅立ちに涙ぐんで見守っていた。
「……いいか、カイル。これは弟子へのエールではなく、力を持つ者へのとこ場として聞くんだ。この世界には表面だけでは見えない多くの闇が潜んでいる。その闇は徐々に力を強めていて、様々な場所に顔を表している」
その硬い表情のまま話続ける彼女はこの話を当初、自分の中にだけ収めておくつもりだった。
しかし、カイルの成長を見ていくうちに彼の実力を認め、いつかきっと必要になるはずだ、という判断で話をしていた。
デミオとクレアにも話していない、師弟だけの秘密の話だった。
旅を続けているミルナが自らの目でその一端を感じ取っていたため、実力を持つカイルはいずれ何らかの形で巻き込まれてしまうだろうという彼女の判断でもある。
「──はい、肝に銘じます。師匠。その言葉を忘れぬようにこれからも精進します」
カイルは普段のにこやかな表情から一変、真剣な眼差しで頷く。
どれほど真剣な思いでミルナがこの話をするのか、三年間ずっと側にいたカイルは身に染みるほどわかっていた。
普段は飄々とした雰囲気の彼女がずっと思い悩み、どう言葉にしようか深く考え込んでいるのを見てきたからだ。
だからこそ、どこにその闇が潜んでいても対応できるように強い気持ちを持つようにしている。
「あぁ、それでいい。あとはあれだな、その腕輪も大事にしてくれ」
カイルを見てふっと表情を和らげたミルナが指さした先にあるのは、彼女がカイルに修行の終わりを記念してプレゼントした一対の腕輪だった。
右と左で持つ意味あいが違うものだが、カイルはそれを大事そうになでながら見つめる。
二人だけの話が終了したため、ミルナが風魔法を解除していく。
「……ゴホン、師弟の挨拶も悪くないが、私たちのことも忘れないでもらいたいぞ」
「そうです、ミルナさんばかりいい感じになっていてずるいです!」
二人のやりとりを黙って優しく見守っていたカイルの両親だが、さすがに魔法学院に向かって旅立つ日とあって、二人も別れの声をかけたくて、思わず声をかけてしまった。
「はは、それはそうだな、すまんすまん。ほら、カイル。デミオとクレアにもちゃんと別れの挨拶をしてきなさい」
カラカラと笑ったミルナにそう言われると、頷いてカイルは二人のもとへと向かう。
「父さん、母さん……えっと、その……なんていうか……」
いざデミオとクレアを前に挨拶をするとなるとなんと言っていいのかわからなくなってしまったカイルは言葉が詰まる。
本当の両親に捨てられたカイルのことを、二人は気持ちよく受け入れて、今までずっと本当の子どものように深く溺愛し、ひたすらに可愛がってくれた。
どんな能力を持っていても自慢の息子だと胸を張って言ってくれる二人がいたからこそ、カイルはのびのび成長してこれた。
そんな二人にカイルは強い感謝の気持ちを持っている。それはどんな言葉をもってしても足りないほどだった。
だが、なんの恩返しもできないまま、自分は単身王立魔法学院へ入学してしまう。
王立魔法学院へは寮生活になるほど遠い。カイルが旅経てば、そんな優しい二人をここへ残していくことになる。
わかっていたことだが、改めてそのことを考えてしまったカイルはうまく言葉が出てこなかった。
「ふふっ、カイル。あなたは私たちの愛しい自慢の子どもよ。学院に行ってしまうことはもちろん寂しいけれど、それ以上にあなたが学院に入って、今まで以上に頑張る姿を想像するのはすごく楽しみなこと。きっとあなたならどこででもその才能を花開かせることでしょう、大丈夫」
母クレアは彼の心配を感じ取っており、両手を広げながら近づき、カイルの頭を優しく撫でながら抱き寄せて優しい言葉をかけていく。
「そうだ、カイルは私たちの最高の息子だ。学院で堂々と結果を残してくるといい。もし、困ったことや悩みがあればいつでも頼ってくれていいぞ。たとえ世界のすべてが敵に回っても私たちはいつでもカイルの味方だからな」
父デミオも柔らかく笑いながらカイルの肩に手を置いて声をかける。
「ふむ、二人とも嘘を言っている様子はないみたいだぞ。彼らはどっちも嘘をつくときはすぐに顔に出るからな」
ニヤリと笑うミルナが茶化すようにいうが、二人が心からそう思っているということを後押してくれていた。
「……ッ!父さん、母さん、師匠。たくさん伝えたい、言いたいことがあるはずだけど──これまで育ててくれてありがとうございます。しか思いつかないや。これからは一人で学院で頑張ることになるけど、三人が教えてくれたことや、僕に向けてくれた思いを忘れずに頑張ります!」
涙を目に浮かべながらも笑顔でよどみなく思いを口にするカイルを見て、決壊したようにデミオとクレアはカイルを抱きしめて大泣きしていた。
それを呆れた眼差しで笑いながら見るミルナの目にもうっすら涙が浮かんでいた。
こうして、三人に見送られ、馬車に乗り込んだカイルはまだ見ぬ王立魔法学院へと旅立っていった──。
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【あとがき】
原作の漫画は隔週『火曜日』に【異世界ヤンジャン様】にて更新されます。
詳細は下記近況ノートで!
https://kakuyomu.jp/users/katanakaji/news/16817330650935748777
※注意
こちらの内容は小説限定部分も含まれております。
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