幕間 現在

現在――二〇二一年 十二月二十二日 水曜日

 あれから二ヵ月の、。十二月二十二日 水曜日。十八時四十一分。

 

 花火が打ちあがったかのような派手な音を立てながら、地下展示室の木製の扉が微かにたわんだ。


 キャスター付きショーケース六つと、ソファ型ベンチひとつでこしらえたバリケードがまた少し押されて、薄くあいていたドアの隙間がじょじょに広がっていく。


 それだけではない。スレッジハンマーがとうとう分厚いドアの一部を貫通した。ドアのはしっこ、上下ふたつある蝶番の上のほう、そのすぐ近くに穴があいている。

 パシィッと木材が引き裂かれる嫌な音に、杏奈のこわばった息づかいが重なった。


 最初はひと筋の薄い亀裂だった割れ目が、スレッジハンマーの連打を受け、十秒とかからずに拡大していく。ハンマーヘッドの形に縁取られた丸い穴ができていた。外縁がプツプツとささくれ立っている拳サイズの穴の奥に、ぬぅぅぅっと鳩の顔が現れた。バリケードにしているショーケースのガラス越しに、赤い目をした鳩の顔がはっきりと見える。


 杏奈は縮みあがった。

 鳩の顔は穴の枠から外れて、すぐに見えなくなる。

 だが、ほっとひと息つく暇もなく、スレッジハンマーの打撃が再開した。

 そのうち赤ずきんが蝶番を破壊して、ドアを外し、バリケードを乗りこえてくるだろう。

 もうそれ以上は後退できないのに、杏奈は荒い息づかいで壁に背中を押しつけていた。


 赤ずきんの正体は、誰――? 


 うちの寮生。そう、そこまではわかっている。

 第四女子寮の寮生は、瀬戸杏奈、宮野若葉、黒島佐絵、武藤モナカの四人だけ。ただし自分――瀬戸杏奈は、襲撃されている被害者だから赤ずきんではない。


 若葉、佐絵、モナカ。上背に多少のちがいこそあれ、三人とも細身で体型は似通っていた。あまつさえ、ゆったりとした赤ずきんの衣装のせいで体つきがわかりづらい。頭と顔は、フードと鳩マスクで隠されている。抜かりなく手袋もしている。ネイルの色で犯人を特定することは不可能だ。


 それでも、杏奈は断言できた。若葉、佐絵、モナカ。このうちの誰かが、鳩の顔の赤ずきんなのだと。あまりにも絶望的な事実だが、それだけは絶対に、まちがいない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る