ユージと愉快な仲間たちのアパレルショップ編

第1話 「ユージの昼休み」

 世の中には、敷居の高い店というものが幾つか存在する。

 女性の下着を専門に扱う店、あとはスイーツ店や洒落たカフェとかがいい例だ。

 どれも、男性が苦手とする一般的な店だろう。

 だが、今回臨む店は、まったく違うものだ。


「アパレルショップで必要なマナー?」


 気の抜けた声を出したのは、同僚の土井 涼太つちい りょうただ。

 口の端にはパンくずがついている。


「うん。アパレルショップって言っても、ブランド店みたいな、洒落たところの話なんだけど」

「マナーなんか別にないだろ……もぐもぐ……」

「そう、なのか?」


 聞きながら、おにぎりを口に運ぶ。

 具はツナだ。

 以前、シオには流れでツナが食べれないと言ってしまったが、本当は、僕の1番好きな具なのだ。


 そこそこいい店に行くと、客を値踏みする店員がいる。

 ……とテレビで聞いたことがあるが、あれは作り話だったか。


「そんなに気になるんなら、西〇屋とか気軽に行ける場所に行ったらどうだ?」


 西〇屋か。

 確かに、敷居はぐっと低くなる。


 だけど、それでいいのだろうか。

 明後日はシオと2週間ぶりに会うというのに、大学生のような服装で、僕は後悔しないのだろうか。

 互いに概念でいることをやめ、個人として認識するようにはなったが、彼女の前では格好いい大人でありたい。

 おそらく、これは男のさがだ。


「お前ら、何の話をしているんだ?」


 声のした方を振り返ると、課長の藤原 勝ふじわら かつ先輩が興味深そうにこちらを見ていた。


「課長、お疲れ様です」

「おつかれっす」

「ああ、お疲れ。隣いいか?」

「え、あ、はい」


 断るわけにもいかず、土井と顔を見合わせて頷く。

 課長と昼食を共にしたのは、今日が初めてだ。

 周囲とは、仕事上の関係しか築こうとしていないと思っていたが……こうして話しかけてくれることもあるんだな。


「勝先輩、食堂使うんっすね」


 話題を振ったのは土井だった。


「職場の食堂なんだから、当たり前だろ?

 こいつはお気に入りメニューだ」


 そう言うと、課長は自身のトレイに乗ったかつ丼に視線を落とした。

 勝さんがかつ丼を……ここは笑うべきなのだろうか。


「雪路がですね、初めてアパレルショップに行くらしいんっすよ」

「ほう。彼女にでも会うのか?」


 かつ丼を口に入れながら、課長は言った。


「え、彼女……?」


 土井がゆっくりとこちらを見る。


「雪路、お前だけは……お前だけは俺の仲間だと思っていたのに……」


 黒縁眼鏡がずり落ちる。

 その表情には絶望が宿っていた。


「彼女なんていませんよ」


 苦笑しながら課長に答える。


「片思い中の相手がいるってことか!?」


 あえて無視したというのに、真っ先に土井が反応した。


「いや、相手が男だって可能性もあるぞ」


 と、課長がかつを頬張る。

 恋バナは飯が進むのだろうか。


「違いますよ」


 首を振って否定する。

 誰かと付き合ったことは、ただの1度もない。

 僕はモテる人間ではないのだ。


 それに、シオとはそういう関係じゃない。

 色恋だと形容するには、少し濃密過ぎる関係だ。

 どんな表現が適切かは……今はまだ、思いつかない。


「けっ、そういうことにしといてやるよ」


 疑いの目を自重することもなく、土井は口を尖らせて言った。

 続いて、「無闇に部下のプライベートを侵害するつもりはない。安心してくれ」と課長が微笑を浮かべる。


 課長は、仕事中は基本的に険しい顔をしているが、稀にこうして微笑むことがある。

 このギャップこそが、女性社員からモテる要因だ。

 彼が笑うだけで黄色い声が聞こえてくる。


 課長は、社内で1番の人気者だ。

 バレンタインでは、女性社員がこぞって本命チョコを渡しに行っている。

 彼は既婚者だからチョコを受け取ることはないのだが、それでも人気は落ちない。

 なんでも、“それがいい”らしい。

 乙女心に触れてこなかった僕には、よく分からない感覚だ。


「アパレルショップだが、それなりの私服で行けば問題ないはずだ。普段はどんな服を着てるんだ?」

「それが……まともな服は、このスーツしかないんです」

「どうやって生活してんの!?」


 驚きの声をあげたのは、言うまでもなく土井。

 オーバーリアクションは彼の持ち味だ。


 仕事が出来るということもあり、課長やその他の上司からも気に入られている彼だが、同僚や先輩、後輩からも広く愛されている。


 プライドは決して高くなく、親しみやすい面白い奴として職場を盛り上げているムードメーカーだ。

 会社の飲み会では勿論、個人的な飲み会や合コンまで、彼は盛り上げ役として必ず抜擢ばってきされている。


「ちなみに、どんな服を買おうと思ってるんだ?」


 課長が遠慮がちに尋ねてくる。

 なぜ1歩引いたような感じなのだろう。


「そうですね……とりあえず、目に入った物を買おうかと」


 店で飾られているマネキンと同じ物を買ってもいい。

 変な服じゃなければ、それでいいのだ。

 ちょっと格好がつくものなら、尚良し。


「勝先輩……」


 土井が課長に視線を送る。


「ちょうど、明日は祝日だ」


 ふっと笑う課長に、土井は「ってことは……!」と目を見開いた。

 祝日がどうしたのだろうか。


「明日の昼、すぐそこのアパレルショップで集合にしましょうか」

「ああ、俺は構わない」

「え、2人も服を買いに行くんですか?」


 不思議に思って聞いてみると、土井が呆れたようにため息を吐いた。

 何か失言をしてしまったのだろうか。


「お前の服を選びに行くんだろ!

 明日の昼、空いてるよな?」

「なっ、そこまでしてもらわなくても……」

「気にするな」


 課長が、僕の肩にぽんと手を置く。


高坂こうさか、最近のお前の仕事への姿勢を俺は評価している。……だから、このくらいは協力させてくれ」


 そう言うと、彼は優しく微笑んだ。

 口の端には米粒がついている。

 パンくずがついている土井とお揃いですね。

 あ……2人で和と洋が表現できましたね。


 脳内でからかってみるが、ここはいいシーンというやつだ。

 茶々を入れてはいけない。

 それに、僕はそういうキャラじゃない。

 普段はこんなこと思わないはずなんだけど……シオに影響されたかな。


 よし。

 気を取り直して、何も見なかったことにしよう。


 そうすれば――


「ぶはっ、先輩! 口に米粒ついてるっすよ」


 空気を読まず、土井が指摘してくれる。

 で、彼がそう言えば――


「うお、本当だ。……って、お前もパンくずがついてるぞ」

「え、マジっすか」


 ――と、課長が指摘する。

 思った通りの流れだ。


 仕事中に話しているところしか見てないが、課長と土井の仲は良好なのは確かだ。

 こういう会話は、そこそこ気を許した相手に任せた方が安全。

 つまり、僕は黙っていて正解だったというわけだ。


「あ、もう昼休みも終わりっすね」


 腕時計を見ながら、土井が言う。


「そうだな」


 課長が席を立つ。

 いつの間にか、かつ丼を食べ終わっていたらしい。


「この後の打ち合わせ、忘れるなよ」


 そう言い残して去っていった。


「明日の約束も忘れんなよ!」


 課長に続いて、土井も去っていった。


(男3人で、アパレルショップ……)


 あまり想像できないな。

 2人はどのくらいファッションに興味があるのだろうか。


 ……まあ、明日になれば分かるか。

 とりあえず、打ち合わせに行こう。

 立ち上がって、彼らの向かった方へと歩きだす。


 こうして、3人でアパレルショップに行くことになった。





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次回 2023年1月20日18:00更新

第2話 「男3人で行くアパレルショップ」


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