第1582話、海の魔獣

「海を行くと方向を間違えそうだ。陸沿いに行くぞ」

「まっすぐとばないの?」

『迷子にならない?』

「真っ直ぐ飛べれば良いが、飛べていない場合があるんだよ」


 どうも広範囲に天気が悪いのか、この辺りも今日は曇りの様だ。

 となると日の光での方向確認がし難いし、出来たとしても確実ではない。

 現在地からの方向確認ならばともかく、移動し続けての方向の調整だからな。


 真っ直ぐ飛んでいるつもりでも、やはりズレる可能性は高い。

 実際その結果、関係の無い国に辿り着いたわけだからな。

 なら陸沿いに向かっても辿り着く事が解っている以上、無理に海を進む理由は無い。


「ただそうなると、少し奥に食い込む形になる。戦闘準備はしておけ」

「うっ! きをつける!」

「きゅっ、わかた」

『兄に任せとけー!』


 それぞれの返答を聞いてから方向を変え、山手の方へと向かっていく。

 そのまま陸沿いに飛んで行き、暫くすると渓谷になっている場所に辿り着いた。

 波によって陸地が削られたのか、随分と断崖絶壁になっている。


「ふむ、結構奥の方まで海なんだな」

『谷だー!』

「ばっしゃーん、ってなってるー。すごーい」

「すごいおと・・・」


 V字の渓谷になっている場所には、強い波がずっと押し寄せ跳ねている。

 たいした風もないのに随分と波が荒い。何か理由が有るんだろうか。

 山と森が魔獣の巣窟になっている、良く解らん雪山な時点で何かありそうではある。


 とはいえその調査は特に目的では無いし、降りる理由も無いのでまた陸沿いに進む。

 またそのまま暫く飛び続け、何となく海の方を暫く眺めていた。


「近くに船は無いな。やはりこの辺りは危険なんだろうな」


 危険な海域という物は、どの世界にでも存在する。

 船の技術が上がるまでは特にだ。いろんな理由で通れない海域という物がある。

 危険な生き物がいる事は当然、そもそも海の流れに逆らえないとかな。


 この辺りはやけに波が強いので、両方の意味で船が避けている様に感じる。

 本来は陸沿いに行く方が安全なんだがな。まあ、それも必ずという訳でも無いが。


「でっかいさかながみえたよ? あれのせいかなー」

「すごく、おおきい」

『この岩より大きかったね!』


 シオが指をさすので一旦止まって確認すると、確かに大きな魚影の様な物が見える。

 というか、凄く綺麗だなこの海。いや、綺麗すぎるのか?

 随分良く見える。透明度が高すぎる。こういう海は生き物が生き難い事が多い。


 とはいえ多いだけで、無い訳じゃないし、その常識が通じるとも限らん訳だが。


「確かにデカいな」


 綺麗なおかげで良く見え、特段にデカい魚以外もそこそこ大きいのが解る。

 一番大きいのはクジラぐらいはある。確かにアレならこの岩などひとのみ―————。


「っ!」

「みーちゃ!」

「ぎっ!?」

『うおー! でっかい口ー!』


 結構な高さを飛んでいるはずなのに、水の中からその魚が飛んで来た。

 非常識な。その巨体の海の生物が、これだけの高度まで飛び上がって来るな。


 普通は重力が邪魔をして、せいぜい十メートルも飛べれば上等だろうが。

 高層ビルよりも高い位置まで飛ぶなど、本当に魔獣は常軌を逸している。

 普段もこうやって、空を飛ぶ生き物を喰らっているのだろうか。


「だが、まあ、所詮魚か。自由移動は出来んだろう」


 巨大な魚の魔獣の出現自体には少々驚いたが、その軌道は大した物じゃ無い。

 跳ねて飛び上がり、俺達を前方から食う様な動きで飛び掛かって来ているだけだ。

 

 なのでそのまま打ち上げてやった。土の魔術で下から打ち付けて。

 陸沿いに移動してたのはこの為でもある。万が一海で魔獣に遭遇した時の為に。

 ただ想定していたのは魚じゃなくて、鳥の類だったんだがな。


「―————!」


 魚だからか特に鳴き声は上げず、だが苦しげな様子で更に空へ吹き飛んで行く。

 そうして暫く空をくるくると舞い、当然ながら海に落ちて行った。

 凄まじい巨体が高所から落ちた事により、衝撃で起きた高い波が崖を打ち付ける。


「・・・波が凄い勢いで広がっていくな・・・まあ、良いか」


 何処まで被害が出るかは解らんが、あんなのが居る海の近くなんだ。

 どうせ酷い波は何時も通りだろうし、船乗りだって慣れているはず。


 落ちた魚は余程ダメージが大きかったのか、気絶した様子で浮かび上がっていた。

 周囲の魔獣はその無防備な姿に容赦なく食らいつき、野生の非情さが垣間見える。

 出来れば魔核の回収をしたくは有るが、アレを拾いに行くのは少々面倒だな。


 土の魔術を使えば出来なくは無いが・・・そこまでの手間をかける獲物では無いか。

 図体こそでかかったが、魔力量はそこまで多く感じなかったしな。


「ま、良いか」


 魚の回収は諦め、血が広がっていく海を見ながら移動を再開した。

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