第1579話、俺は、やっと今、生きている
精霊の言葉を信じた訳では無いが、今日は一日ゆっくり休む事にした。
鍛錬に当てても良いかと思っていたが、どうせ明日にはこの国を出る。
その際は当然あの山の中を行くので、万が一という可能性も無くは無い。
何だかんだ辺境の魔獣には何度も苦戦しているからな。
最終的に俺が狩って来たが、結局そこは経験と運があっただけだ。
何時だって死ぬ可能性はあった。それこそ最初の吹雪の魔獣の時も。
まあ精霊が居た以上、最終的には助かったのかもしれないがな。
俺としてはそこだけが気に食わない点だ。殺し合いの舞台に立てていない様でな。
だが今回は良かった。女王との殺し合いは良かった。アレは本当の殺し合いだった。
同じ立ち位置で、同じ目線で、そして勝った。一歩間違えれば死んでいた勝負で。
アレが殺し合いだ。俺の覚悟していた世界だ。そして俺が通したかった事だ。
相手が誰であろうと、どんな強者であろうと、俺のやる事を曲げはしない。
殺すと決めたら殺す。強いから止める等と、そんなふざけた事は決して言わないと。
けじめを付けさせると決めた以上、相手の強弱でその判断を曲げはしないと。
「ああ、そうか。やっと、やっとか。だからこそ、すっきりしたんだろうな」
勿論今までも覚悟はあった。だが覚悟と口にしても、客観的に見れば滑稽だ。
結局は助かるんだからな。最終的に助かる以上は茶番と言われても仕方ない。
だが今回は、今回だけは、精霊が割って入る事すら無かった。
割って入る隙が無かったんだ。あの一瞬では。あの一瞬の一撃では。
俺の肩を貫いた一撃は、何時かの腹を貫かれた時の様に助けられなかった。
だから、ちゃんと殺し合いを出来た。そこに俺の満足がある。
「生き方を通せた。通せている。ああ、生きている。俺は、生きている」
当日は此処までの事は考えていなかった。昨日も調子を確かめる事が主だった。
だが女王の葬儀を見て、戦闘を思い返して、じんわりと実感が強くなる。
俺は生きられている。生き残っている。自分の生き方を通した上で死ななかった。
曲げたくない事を曲げずに済んだ。曲げないと決めた事を貫き通せた。
やっと、やっとだ。本当の意味で俺は俺の我が儘を貫けた。
「はっ、何で涙が出て来るんだか。そんなに嬉しかった?」
ジワリと瞳が滲み、温い物が頬を伝う。胸が苦しい。喉が苦しい。
声が若干かすれ、鼻につんとした者を感じる。
悲しい訳じゃない。嬉しいんだ。心の底から、本気で。
やっと生きられている事が。やっと自分になれた事が。
この世界で生まれて数年たって、やっと自分を自分として認められた事が。
生きている。俺は生きているんだ。生きたい様に生きられているんだ。
ああ、こんなにも嬉しいのは何時以来だろう。いや、初めてかもしれない。
もう擦り切れて思い出せない程の過去に、もしかしたら覚えは在るのかもしれない。
だがそれでも、この感動は、きっと初めてだと思いたい。初めての想いだと。
「ざまあみろ・・・!」
それは、色んな物に向けて出た言葉だ。思わず口にしてしまった言葉だ。
真面目に生きる俺を馬鹿にした者。俺を嵌めた者。俺を身代わりにした者。
俺を殺したあらゆる者と、そして何よりも余りにも馬鹿だった自分自身にだ。
ああ、俺を殺した連中を許しはしない。絶対に許せる訳が無い。
だが誰よりも許せなかったのは俺だ。俺という欠陥品だ。
何も成せない癖に、真っ当に生きる事に幻想を持っていた愚か者だ。
力も無く、夢想だけを持ち、ただ愚かだった、真面目の体現者だった俺だ。
「貴様の生き方は、やはり間違いだ・・・!」
その先に未来など無い。希望など無い。貴様の正しさは、ただ正しいだけだ。
それならば人である必要すら無い。機械で良いんだ。人間でなくて良いんだ。
だから、俺は、ようやく人間になった。化け物だが、それでも、生き物になれた。
「悪党に、そうだ、悪党になる事が、そう生きる事が、俺の生き方としてやはり正しかった」
ここまで生を実感できる日が過去に在っただろうか。ある訳が無い。絶対に無い。
俺は生きている。生きられている。俺になれた。ようやく、俺は俺になれたんだ。
今までも何度も生きている実感はあった。だが今日ほど強く感じた事は一度もない。
俺は生きている。生きているんだ。悪党として、自分の望む生き方を通しているんだ。
「感謝するぞ女王。この国にお前が居なければ、お前に出会わなければ、俺はまだ、俺を完全には認められなかった。俺を馬鹿に出来なかった。生きていると、本当の意味では言えなかった」
だから、その感謝分だけは、貴様の娘を気にかけよう。
俺を俺としてここに生み出した、貴様の娘の為なら。
この想いの分だけは、絶対に裏切らない。
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