第1578話、絶対に嫌だ

「では、妹さんと弟さんをお預かりいたします」

「いってきまーす!」

「きゅ、いてきます」

『行ってくるぜ! 兄は行って来るぜ! 盛大な見送りを頼むぜ!』

『いってらっしゃーい!』『わーわーどんどん!』『帰って来るなー!』『出て行けー!』『ゴミクズー!』『社会の不要物ー!』『精霊の面汚しー!』『えーとえーと・・・ばーか!』

『何だと貴様等ー!』


 精霊達が自分達で喧嘩をしているのを放置して、シオは妹の方と一緒に出て行った。

 向かう先は当然ネズミの居る厩舎だ。本当にアイツはモフモフした生き物が好きだな。

 俺も別に嫌いな訳じゃないが、アイツの様な執着は特にない。


 衣服に合う動物かという点は興味があるがな。着心地の良い毛皮は好きだ。

 まあ俺達は基本的に、下着以外は殆ど同じ服では有るが。

 装備が優秀だからな。着替える意味を見出せない。


 あと現状は敵地なのも大きい。肌着だけだと少々頼りない。

 本当は脱ぎたいんだがな。少し暑いし。


「それで、何でお前は残っているんだ」

「いや、何でも何も、私は本来部屋で休む為に自室に居たんだが。貴殿等と込み入った話するのに都合が良い事も理由だが、一番の理由はそこだぞ。私は、ここで、寝る」


 ああ、そういえばそうだったな。俺が床をぶち抜いたんだった。

 因みにその時結構な音がしたので、様子を見に来た女中が居た。

 なので床が悪くなっていた事にしたら、そんな部屋を女王様の部屋になど出来ないと。


 移動したのはそのせいだ。壊した負い目も若干あったので素直に移動した。


「ここまでやせ我慢をしていたがもう限界だ。母上も本当に無茶を言う。前日に突然、出来る出来ると軽く言い出して、実際にやるのは私なんだが。本当に母上と私では感覚が違い過ぎる」

「ああ、言いそうだな、あいつなら」


 アイツは自分の事を、母親より才能が無いと言っていた。

 だがそれは恐らく、武器無しで戦った場合の才能の話だろう。

 アイツは間違いなく才能が有った。水晶の力を引き出す才能が。


 でなければ娘がここまで消耗するはずもない。もう一人の娘が雑魚な訳が無い。

 どう考えても異常な出力。それを当然のように出せる能力が間違いなく有った。

 その基準で物を言われてしまえば、凡人としては勘弁して欲しい話しだろうよ。


 そんな風に考えながら、ベッドに倒れる新女王に同意を返す。


「持っていかれてはいけない何かをごっそり持っていかれた気分だ。母上が言うには、そんな事は無いという事だが・・・私が今まで使って来た力は何だったのかと感じるよ」

「そんなに違うのか?」

「自分の意思で引き出せた力は、明らかにこれより低い。それでも多少の疲れがあったのに、今は母上が無理矢理引き出すから胃がひっくり返るかと何度も思った。その上で今までよりも操作がし易いから余計に始末に困る。自分の実力では無い事が余計に解るのが辛い所だ」


 つまり現状水晶の力を引き出しているのは、使い手本人では無く中の女王か。

 だが実際に力を使う為には、使い手が居なければどうしようもない。

 そして力を使う以上消耗は避けられず、耐えきれずに倒れる程になる訳だ。


 ただし、操作の必要性が無くなっている。自力での制御が必要無くなっている。

 その点を考えれば、どう考えても利点しかない状態になっているな。


「だが、いずれは使いこなして見せる。貴殿が危機感を覚える程度には」

「言っておくが、俺は本当に、二度とやらんぞ」

「ふふっ、どうかな。案外付き合いの良い人間の様だからな、貴殿は」

「馬鹿か。死ぬ様な戦いなど、俺はしたくないんだよ。絶対にやらんぞ」

「母上は貴殿との再戦を楽しみにしているぞ?」


 そうだろうよ。奴はその気だろうよ。だが俺に利点が無いんだよ。

 アイツとの殺し合いをした所で、楽しいのは奴だけだろうが。


「そもそもアイツと戦うという事は、貴様と殺し合いをするという事だぞ」

「私はしない。母上を顕現して、母上好きにして貰うだけだよ。貴殿と殺し合いなど絶対にしたくもない。恩人である事を差し引いてもごめんだ」

「ふざけるな。それこそ俺もごめんだ。アイツはどうせもう、殺しても死なん存在になっているだろうが。俺だって絶対に、本気で、心の底から嫌だ。絶対にやらんぞ」


 また穴を開けられるのは御免だ。俺だけ一方的に死ぬリスクなど要らん。

 それはもう殺し合いじゃなくて、単純に女王が楽しみたいだけだろうが。

 俺は一切楽しくないんだよ。お前らバトルジャンキーと一緒にするな。


 国さえ近ければ武王を連れて来てやるんだが・・・流石にあの爺さんは無理か。

 相手は空を飛ぶ敵だ。強力な遠距離攻撃手段が無いとどうにもならん。


「じゃあ、もう話は終わりの様だし俺は行くぞ」

「ああ。お休み、ミク殿」


 言いながら既にウトウトしている新女王に返事をせず、精霊も放置して部屋を去った。

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