第1556話、取りあえず先にしたい

 長女の言う通り、朝食を共にする事にした。

 既に食事の用意がされているらしく、その場所へと向かう。

 王女の案内で現場に向かうと、俺達を最初に迎えたのは三女だった。


「ミク様、先日は碌な挨拶もせずに失礼を致しました。ゼレヴァンエア・ゼラ・キリモルティと申します。どうか記憶の端にこの名を残して頂けると嬉しく存じ上げます」


 この国の公式の場の礼なのであろう動きをして、恭しく俺に告げる三女。

 それこそ長女が言った様に、恩人に対する礼儀を見せる姿の様だ。


「覚える気は無いぞ。俺はお前の姉の名も忘れている」

『妹って結構人の名を覚えてないよね?』


 覚えてないな。お前の名も大体忘れているぞ。お前が名乗った時に思い出すぐらいだ。

 俺が名をちゃんと覚えている人数は、出合った人数に対して随分少ない。


 メラネアとブッズや、ゲオルド達、辺境領主館の数人、サーラ、ぐらいか?

 ああ、ペイとシャシャも覚えているな。これはシオが良く口にするせいだが。


 ・・・何故かヤシ婆も覚えているな。たった一回しか会っていない老婆なのに。

 雨宿りをさせて貰ったんだったか。お人好しな婆さんだった。

 あの穏やかな時間が、想っていたよりも心地よかったのかもしれん。


 だが武王の名は覚えていない。武王で記憶してしまっている。

 純粋に名を覚えられなかった小娘も居たな・・・長かった事だけは覚えているが。


「構いません。私の様な娘が居たと、少しでも覚えて頂ければ。そしてその娘が、貴女様に感謝をしていた事を知って頂ければ。ただ、それだけで満足で御座います」


 少々昔御思い出しながらの冷たい言葉を聞いても、三女の態度は変わらなかった。

 これは所詮自己満足だと。覚えて貰えずとも、今この瞬間だけでも知って貰えれば。

 俺に感謝をしているのだと、その気持ちを知って貰えれば十分だと述べた。


 それは長女の言う通り、唾を吐かれようが気にしない感謝なのだと。

 この姉妹にとってはそれだけの意味が有る、大きな感謝だという事だろう。


「あの女王のせいでお前達の事を忘れる事は出来んだろうよ」

『濃かったもんねー、あのじょうおーさま。兄は妹が好きみたいだから嫌いじゃないって思いたいんだけど、妹の肩に穴開けちゃったからなー。兄として複雑な想いです。むーん』


 知るか。そもそも殺し合いでお互い本気だったんだ。恨む理由が無いだろうが。

 そもそも先に奴の腹に穴をあけたのは俺で、肩は反撃を喰らった結果でしかない。

 罠に嵌った俺が悪いだけだ。最後まで手を残していた女王が強いだけだ。


 そしてあんな化け物みたいに強い女を、どうやって忘れられるというのか。

 女王が記憶から消えない限り、それに娘が居た記憶も消える事は無い。

 お前達の事を覚えていたい訳では無いがな。


「―————、ありがとう、御座います。そのお言葉だけで、とても、嬉しいです。お母様もきっとお喜びになられると思います。本当に、心からの感謝を」


 だが俺の返答が琴線に触れたらしく、三女は感極まった声でそう告げた。

 そして長女迄その横に並んで礼を取り、更には傍に居た女中達も全員同じ様に礼を取る。

 まあ、理由は解る。俺の言葉を良い様に受け取れば、そういう態度にもなるだろう。


 英雄の女王の事は絶対に忘れんと。あの女王の偉大さを忘れる事など出来んと。

 彼女達はそう受け取ったんだ。ある意味で合ってはいるが、随分認識が間違っている。

 とはいえ指摘するつもりもない。さっき長女に言った通り、勝手にすれば良い事だ。


「解ったから、もう食って良いか。こちとら二日寝ていたせいか、馬鹿みたいに腹が減ってるんだよ。お前達もこの音が聞こえるだろう」

『妹の腹の虫が大合唱してるね! 兄も負けないぞ! ふんぎゃろぐりゅっが!』


 実際本当にどうでも良い。それよりも空腹感で気持ち悪い。

 この神妙な空気の中、ずっとぎゅるぎゅるなってるんだぞ。

 良く笑わないで居られるなお前等。

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