第1555話、父親は
「さて、せっかくだ。朝食を一緒にしないか。妹も君に礼を言いたいと、昨日言っていてね」
「礼は要らん。だが朝食は別にどちらでも構わん」
『兄はもっとお礼を言われても良いよ。ついでにお菓子もいっぱいくれると尚良いよ!』
お前今回は何の役にも立ってないだろうが。
いや、一応ヨイチの命を救ったか。だがそれだけだ。
シオに感謝される事であって、王女達に感謝される事は何も無い。
「そう言うと思っていたが、私達が言いたいから言うだけだよ。貴殿に快い返事を貰いたいとは思っていない。唾を吐き捨てられようとも告げたい感謝がある。それだけさ」
「勝手にしろ。俺はどうでも良い」
『兄はどうでもよくないよ!? 菓子欲しいもん! キノコでも良いよ?』
別に言いたいなら言えば良い。俺はただ聞き流すだけだ。
不快になる事を言われるでも無し、朝の鳥のさえずりと何ら変わらん。
俺はこの国に対して利になる事はしていない以上、結果的に上手く行っただけの事だ。
改善してやる気など欠片も無かったし、俺のおかげなどと厚顔な事を言う気も無い。
勝手に上手く行っただけだ。あえて言うなら、女王が上手く行かせただけだ。
そしてお前が未熟なりに王女を張っていた事実が認められているだけだ。
例え女王が偉大であろうと、その後を継ぐお前が認められた理由が有る。
お前ならば女王で良いと、お前だから女王で良いと、そう思われたからこそだ。
確かに今までのお前は未熟だっただろうが、それでも責務を果たそうとした事は事実。
少なくとも前線に立って国を守ってきた事実を、同じく前線に出る兵士は知っている。
何より民が知っているはずだ。出撃していく王族の姿を。お前の姿を。
文官共が何を言おうが、貴様を立てる事をしなければ周囲の反感は必須だろうよ。
あれだけの晴れ姿を見せた英雄の娘を、母の散り様を誇りだと告げた娘を認めんなどと。
そんな馬鹿な事を言い出せばどうなる事やら。この国の在り方からすれば大事だ。
「お前達の努力の結果でしかない事だ。勝手に思っておけば良い」
だから、どうでも良い。どう考えようとコイツ等の勝手だ。
その事を指摘する気が無ければ、文句を言う気も無い。感謝も受け取りはしない。
勝手に努力して、勝手に救われて、勝手に上手くいっただけだ。
その結果に俺は関係無い。何一つな。だから、好きにすれば良い。
「母上も君ならそう言うと予想していたよ。けど、それでもさ。私も、妹も救われたんだ。特に妹は、母の記憶が少ない。母が居なくなった寂しさは、私よりも大きいだろう。だが貴殿のおかげで水晶の隙を付けたと言っていた。貴殿が煽りに煽ってくれたおかげでな」
「・・・成程?」
『敗北者め! やーい!』
どうやらあの女王は、全て自力で水晶を乗っ取った訳ではないらしい。
俺という存在が水晶へ敗北を叩きつけ、俺へ意識が向いた所で干渉した訳だ。
とはいえ完全に乗っ取ったという訳では無さそうだがな。
もしそうであれば、娘が使用する際に負担を強いる事はあるまい。
あくまである程度の力を使えるだけで、水晶の存在自体は変わっていない。
とはいえあの女王を思い出すと、そのうち何とかしそうに思えるのが怖いな。
アレは化け物だった。本当に、化け物だった。
水晶が強かったんじゃない。女王が強かったんだ。
「・・・そういえば物凄く今更な話なんだが、お前達父親はいないのか?」
ふと、母親の話ばかりで、父親の話が欠片も出て来ない事が気になった。
「ん、ああ・・・父は居ない。我々は父を持てないんだ。夫を持てないとも言うかな。英雄の夫なんて、色々と扱いが面倒だろう?」
「どういう事だ。それでは子供など生まれんだろう」
「産めるさ。別に父親など無くとも、子種さえあればな」
・・・成程、そういう文化か。まあ、否定はしない。その言葉は事実だろうからな。
英雄の夫。その肩書は、本人が無能でも強い力になるだろう。
むしろ無能が持ちかねないからこそ、夫という存在は邪魔なんだろうな。
「それに、過去に一番大きな問題が起きてな。水晶を娘に受け継がせたくないと、一人娘を連れて逃げた王配が居たんだ。それ以降、父親というか、王配は作らない様になった」
「成程、ありそうな話だ。そして確かに、この国には致命的な問題になる話だ」
王族の勤めを捨てて、娘の命を望んでしまう。人としては起こりえる話だろう。
特に命を懸けて戦っている女王と違い、父親は命を懸けていないからな。
だとしても何とも苛烈な女傑の一族だな。あんな化け物が生まれる訳だ。
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