第1554話、国のあるべき姿
「それで、一体何を血迷えば俺が恩人などという結論になる。何も知らん国民は貴様の言葉を信じているかもしれんが、貴様自身は俺が居たせいで苦労した身だろうが。それを悪いなどとは一切思っていないが、礼を言われる様な事をした覚えも無いぞ」
何故か俺に礼を告げてきた王女に対し、当然ながら冷たく答える。
文句を言われる筋合いは無いが、だからと言って礼を言われる筋合いも無い。
コイツが苦労したのは自業自得だし、良い事が有っても本人の行動の結果だ。
俺は何一つ関係無い。俺は俺のやりたい様に行動しただけだからな。
「・・・」
ただ俺の返答を聞いた王女は、困った表情で俺を見詰め返して来た。
「何だ、何か言いたい事が有るならハッキリ言え」
「じゃあ言わせて貰うが・・・つい先ほどまでうにゃうにゃ言ってたのに、良くそこまで突然切り替えられるな。驚きで直ぐには言葉が出て来なかった」
違う。そうじゃない。お前は何の話をしているんだ。
それに別にうにゃうにゃ言った覚えはない。
少し寝ぼけていた事は確かだが、受け答えはしていただろうが。
『妹は何時だって可愛い。それが世界の真理。兄は世界の真理に到達してしまった・・・』
何処の怪しい世界に接続しているんだ貴様は。
ついさっきまで寝ていたのに、起きて突然意味の解らん事を言い出すな。
良いから寝てろ。お前が会話に挟まると、いちいち変な間が出来るんだよ。
「下らん事を言いに来たなら聞く気は無いぞ」
「いや、今のは一応口にせず黙っておこうと思ったのに、貴殿が言えというから素直に話しただけなんだが・・・変に黙っておくのも機嫌を損ねそうで怖いし」
それは・・・そう、だが。確かに言えとは言った。そういった。
王女の言う通り変に黙ってしまえば、俺が不審に思う可能性もあるか。
だがそれでも若干納得がいかん。本題を話せという意味でしか無いだろうが。
「私なら少し恥ずかしいだろうなと、そうも思ったな」
「・・・もういい。解った。その事についてはもう喋るな」
『兄はもっと妹の可愛さについて語れるよ!?』
コイツ、少々図太くなってないか。昨日とは随分態度が違うぞ。
危険物に対する態度では無い。それにシオも随分態度が軟化している様に見える。
いや、昨日じゃないのか。俺が寝ていたから、三日前の話になるのか。
「ふふっ、こうやって話してみれば、随分普通だな、貴殿も」
『ふっ、お前も妹の可愛さに気が付いたか・・・ようこそ、こちら側へ』
ただ俺が頭を抱えていると、クスクスとおかしそうに王女が笑う。
その顔は随分と、若返った時の女王に似ていた。
顔立ちだけではなく、何となく雰囲気も。本当にこの二日で何が有ったのか。
「随分雰囲気が変わったな、お前」
俺が知る王女は、何処か気を張っている気配が有った。
常に背を伸ばして、自分が王族であるのだと周囲に見せている様に。
期待を背負う立場なのだと、そういう気負いの様な物が見え隠れしていたと思う。
勿論水晶の事を知り、女王の事を知り、今になって思えばという話ではあるが。
だがそんな俺の言葉を聞いた王女は、随分と穏やかで優しい笑みを見せる。
「一晩休んで、気持ちの整理と、落ち着いた頭での状況の整理、そして後始末に多少追われはしたものの、心の内は随分と軽かった。軽くして貰ったんだ。他の誰でも無い貴殿に」
とても穏やかな、見ている此方が感心する程に穏やかな笑みで、王女はそう告げる。
余りにも母親に似たその笑みは、まるで女王が乗り移ったのかとすら錯覚した。
女王が常に纏っていた余裕。それが今の王女には存在している。
「俺は何もしていないぞ」
「ああ、解っている。解っているさ。貴殿は貴殿の生き方を通した。ただそれだけだ。だがその姿を見れた事で、母も貴殿と同じであった事を思い出せた。いや、本当の意味で理解出来たというべきか。母の強さを知っていた故にあった焦りは、そのおかげで今は露ほども無い」
『うんうん、妹の可愛さの前には皆が心を入れ替えるね』
偉大な母の背中を見ていた王女は、長女故にその強さを知っていたのだろう。
実際に戦う姿も見て来たに違いなく、だからこそ自らの力の無さも知っていた。
自分が水晶を使いこなせていない事も。それが焦りになっていたか。
「シオ殿がこの国に残ってくれたらと、そう思ったのも、その焦りから来る物ではあった」
力の無さを自覚するが故に焦り、自分以外の力を求めた。
精霊の脅威を知ったが故に、そしてシオの人間性の穏やかさを見てしまったが故に。
とはいえその全てが悪いかと言えば、そうでもないというしか無いんだがな。
力が無い自覚は必要だ。無いなら次善策が必要だ。判断としては間違っていない。
だが、違うんだ。この国はそれではいけない。いけないんだ。この国である為には。
「今は一切そんなつもりは無い。この国は・・・私が守らねば意味が無い。貴殿はその事に気が付かせてくれた。女王が英雄である事が、この国の光なのだと。本当に、感謝している」
水晶を持つ女王こそが、王族こそが守護者だからこそ、この国は在るのだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます