第1542話、羨ましい

「ああ、そうだ。楽しくは無かったが、気分は晴れた。全力で、ただ真剣に殺し合いをしていたおかげで、怒りも何も無くなってしまった。それだけは、礼を言う。久々に悪い気分ではない」

「あははっ、けほっ、それは良かった・・・娘達の事、出来れば優しくしてあげてね?」

「確約は出来んが、出来るだけな」

「ふふっ、ありがとう・・・けほっ」


 最後の最後まで、この女が気にかけるのは娘の事。本当に母親なのだと感じる。

 きっと娘が幸せでさえあれば、何も気にする事なく逝けるのだろう。

 全力で戦って負けた。戦場で死ねる。その心地良さもあるのかもしれんがな。


「お母様!」

「母上!」


 そこに娘達の声が響き、目を向けると走るヨイチに担がれている姿があった。

 女王との戦闘で街からそこそこ距離が離れたので、シオが気を利かせたんだろうな。

 娘達の為というよりも、きっと女王の為に。最後に娘達に会わせてやる為に。


 当然シオもヨイチの隣を走り、こちらに向かって来ている。


「ふふっ、貴女も、妹さんも、優しい子ね。なのに、本当に、ごめんなさいね」

「気にするな。最早貴様に謝られる筋合いは無い。全て、終わりだ」


 俺はこの国の王を殺し、シオはこの国の女王を恨んでいない。

 ならばもう、誰に謝られる必要が有るのか。

 何より俺の中には怒りが本当に無い。随分すっきりしてしまった。


 久々に、あれだけの怒りがあったのに、完全に消え去っている。

 それは目の前の女が居たからだ。我が儘で仕方ない女が。

 俺の未来で、俺が在りたい未来で、俺の在りたい終わり方をした女が居るからだ。


「最後の最後まで我が儘を通した気分はどうだ」

「ふふっ、負けた悔しさ以外は爽快かしら。あのまま床で朽ちて逝く口惜しさに比べれば、この終わり方は自分が望んだ最後に随分近いわ。戦場で、最後まで戦場で。ふふっ、馬鹿よね」

「そうだな。大馬鹿だ。お互いな」

「うふふっ、お嬢さんも、頑張ってね。応援しているわ」


 命が消えかけている。先程まで若々しかった姿が、老婆に戻っていっている。

 筋肉で張っていた手足には、今や骨と皮しかついていない。

 それでも苦しみを感じさせず、穏やかに笑う女王は、本当に我が儘に生きた結果だ。


 満足なのだろう。本当に、負けた事以外は、満足に死んで行くのだろう。


「母上!」

「お母様!」


 そこでヨイチ達が俺達の所に辿り着き、ヨイチから降りて母親の手を握る。

 片手ずつそれぞれに、目に涙を浮かべながら母を呼ぶ。


「ふふっ、どう? お母様は、強かったでしょう。あとちょっとで勝てたんだけど、残念だわ」

「はい、はい・・・! 母上は、誰よりも、強うございました・・・!」

「凄かったです・・・! お母様、本当に、凄かった・・・!」


 母親はもう未練が無いとばかりに、ただ穏やかに成果を告げる。

 そんな母に娘達はボロボロと涙を流し、だが死なないでくれとは言わない。

 元々覚悟は出来ていたんだ。あと数日もすれば死んでいたかもしれない身だ。


 だから、覚悟は出来ていた。出来てはいても、感情は別物だ。

 大事な身内が亡くなる事に悲しみは消えないし、涙も当然溢れるだろう。

 俺もそんな身内が居れば、彼女達と同じ様に泣けたのだろうな。


「ねえ、愛しているわ。本当に、愛しているの、貴女達の事を。心から愛しているの。貴女が生まれた時、私はこんなにも幸せな事が有るのかと思ったのよ。戦う事以上に、貴女が私の下に来てくれた事が幸せだった。私を母親にしてくれた貴女が、今もずっと、愛しいわ」

「母上・・・!」

「貴女が生まれた時も、変わらないぐらいに愛おしかったわ。今だって同じ気持ちよ。本当はもう少し貴女の成長を見て上げたかったけど、もう無理みたいなの。だから、最後に見せてあげたかったのよ。貴女のお母様の強い所を。貴女が良く知る私は、もう随分弱っていたから」

「お母様・・・!」


 娘達にも言いたい事は有るだろう。伝えたい事は有るだろう。

 だが母親の最後の言葉を邪魔せず、言いたい様に言わせている。

 涙を流しながらも、目は瞑らずに、しわくちゃで笑う母の顔を目に焼き付けながら。


「姉妹で、仲良くね。仲良くしてね、愛しい娘達。みんな、私の愛しい娘なの」

「はい、勿論です・・・!」

「お姉様を、支える所存です・・・!」

「ふふっ、本当に聞き分けの良い子達ね。こんな我が儘な母親なのに、不思議だわ。ごめんね、余り我が儘を言わせてあげられなくて。きっと全て、あの子が私の悪い所を持って行っちゃったのね・・・だから、恨まないで上げてね。妹の事を、姉の事を・・・お願い」


 妹で姉。それは間違いなく次女の事で、悪いのは自分だと言い出す女王。

 そんなはずはない事は誰もが解る。悪いのは本人だ。決断を下したのは本人だ。

 それでも自分の死と共に、その恨みを流して欲しいと願う。


「・・・はい。承知しました、母上」

「・・・はい、お母様」


 それは、本来なら受け入れるのが難しい言葉だろう。

 何せ相手は自分の命を狙った妹だ。自分を殺すつもりだった姉だ。

 それでも母にとっては、皆が等しく愛しい娘なのだと。


 最後の、本当に最後の我が儘を、姉妹は大人しく聞き入れた。

 全くもって最後の最後まで我が儘な女だ。我が儘な母親だ。


「ふふっ、ありがとう・・・愛しているわ。みんな・・・あい・・・」

「母上!」

「お母様!」


 国の事も、後の難事も、水晶の事も、何一つ語らずに女王は息絶えた。

 それは結局の所、本人の言う通り本当にどうでも良かったのだろう。

 戦う事が好きで、最後まで戦って、そして最愛の娘達の事だけを気にして逝った。


 実に我が儘な生き様で、実に我が儘な死に様だ。呆れる程に。


「羨ましい死に方だ」


 俺も何時かは、こう在りたい。こうやって死んで行きたい。出来るならば。

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