第1540話、お互いに最後まで

「けほっ、げほっ・・・」


 女王の体は震え、むせながらも視線は俺から外れない。

 最後の最後まで下らない終りにならない様に、徹底的に戦うつもりだ。

 一撃勝負と彼女は言った。それは一撃を当て合おうという事じゃない。


 それは一撃で殺す。たった一撃で仕留める。それで決着をつけると言う意味だ。

 ただ正面からの力の試し合いをする訳じゃない。あくまで勝つ為の一撃。

 故に溜めた力を無暗に放つ事はしない。それで躱されたら全てが無駄だ。


「けほっ、一体どんな人生送れば、その歳でアタシの思考が理解出来るんだかね。普通なら正面から攻撃を受けて立つ流れだろうに。受ける気ねえだろ、お嬢ちゃん」


 そして彼女も俺がどんなつもりで構えているのか、それを良く解っている。

 これは『試合』じゃない。ましてや『力試し』でもない。

 お互いの信念を通す為の殺し合いだ。俺達は殺し合いをやっているんだ。


 ならば攻撃を正面から受けるはずがない。受ける意味がない。

 そんな傲慢と油断で負ける等、余りにも馬鹿馬鹿しいにも程がある。

 目の前の人間を強者だと理解しているからこそ、勝つ為に手段は択ばない。


 避けられるなら当然躱す。防げるなら当然防ぐ。食らってやる理由など無い。

 出来る全てを持って相手を殺し、勝利して生き残る。それが殺し合いだ。


「当たり前だ。お前だってそのつもりだろうが」


 咳き込みながら気軽な様子だが、それに油断すれば死ぬのは俺だろう。

 そして困った事に、こちらから踏み込む隙があるのかどうかも解らない。

 明らかに今の彼女は隙だらけだ。隙だらけだからこそ、誘いに見える。


 受けに回って躱す方が、現状では得策では有るだろう。

 この距離なら高速弾も砲撃も躱せるからな。

 とはいえ何か隠し玉を持っているなら、その限りでは無いだろうが。


「それが、俺達の戦い方だろう」


 それに奴は仕掛けざるを得ない。このまま待てば時間切れで当然俺が勝つ。

 だがそんな無様な決着が嫌だからこそ、奴は俺を殺して勝つつもりなんだ。

 そういう意味でも、先程の言葉もある意味罠だな。思い込ませる罠だ。


 若くて血気盛んな人間なら、馬鹿正直に正面から受けているだろうな。


「ははっ、なーんで嬢ちゃん、もうちょっと早く来てくれなかったかなぁ。あと数日早く来てくれてたら、もうちょっと長く戦えたのによ。げほっ・・・ホント、残念でならねえわ」


 更に言えば、俺は女王が素直にあの位置から攻撃を放つ、とも思っていない。

 ここまでで奴の戦い方は良く解った。絶対に素直な攻撃はして来ない。


 本来ならそういった駆け引きの果てに、生き残って勝つのが彼女の在り方だ。

 故にこの状況は不本意で仕方ないだろうが、それでも出来るのはたった一発。

 ならその一発を確実に当てる為に、何でもやるのがこの女だろうよ。


「俺が来なかったら娘は死ななかったがな」

「それに関してはさっき言った通りさ。きっと、どの道どちらか死んでただろうよ。げほっ」


 そうだな。あの姉妹の関係を考えると、最終的にはどちらかが死んだだろう。

 姉妹同士の争いによって、確実に息の根を断つ選択をされた事だろう。

 水晶の所持条件に『子を成した場合姉妹への譲渡が出来ない』という前提がある限りな。


 お前が生きている間はまだ兎も角、女王になった長女は確実に次女を始末する。

 それぐらい関係は悪化していたし、長女も妹が死んだ事に心を痛めていない。

 妹の方もそうだ。娘が死んで悲しんでいるのは、目の前の母親だけだ。


「本当に感謝してるんだぜ。娘二人の命を見逃してくれた事も、何だかんだこんな死にかけの女の命で事を済ませようとしてくれてる事も、こんな馬鹿な殺し合いに付き合ってくれる事もよ」

「そうか」


 別に感謝など要らないと、そんな事を答えても意味は無いのだろう。

 そして感謝しているからと言って、彼女の感情は変わらない。


「ああ、そうだ。感謝してる。けどな、やっぱ腹立つんだわ。娘が殺された事。それにさ、確かに自業自得で仕方ねえ娘だったけど、母親のアタシぐらいは味方で居てやんねえとな」


 そして感情は、理屈で抑え込めるものではない。そういうものだ。

 今の俺がそうなのだからな。お前がそうであっても何の文句も無い。


 だから貴様は最後まで我が儘を通せ。我が儘を通して死んで行け。

 俺がそう生きたい様に、死ぬ覚悟を通して我が儘に生きろ。

 お前は俺の未来だ。きっといつかの俺だ。だから―—————勝つぞ、俺が。


 貴様もそう思っているだろう。お互い負ける気なんかサラサラ無いよな・・・!

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